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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第一部 第一章

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アドルフと大司教②

 中の原教区の大司教が行動を開始したのは、教会の裏庭にレヴァナントの群れが襲い掛かってきたという報告を受けた直後だった。


 二階の回廊から裏門に出た三人の様子を伺っていた秘書は、裏門付近でカンテラの光が大きく円を描くのを確認した。裏門のバリケードが完成したとの合図だった。

 同じように手に持ったカンテラで大きく円を描き返信を送った後、鐘を鳴らしていた男に手を止めさせた。そして、二人で最後に残してあった北側の一階の扉に閂を掛け、東の祭壇の裏にある大司教の部屋へと向かう。

 丁度、大司教が神官服から一般人が着る平服に着替え終わったところだった。


「外に出た三人はどうなりましたか?」

「何とか門を塞いだようですが、恐らく一時しのぎでしょう」

「無理をせず、無事に孤児院の方へ向かってくれれば良いのですが」

「ある程度は戦うのではありませんか」


 大司教はため息をつきながら、三人のために祈りましょう、と跪き胸の前に手を組んで祈りの言葉を呟いた。


 祈りが終わると、三人で大司教の事務机を下に敷いてある絨毯ごと滑らせた。絨毯の下には一枚の鉄板があり、持ち上げるとそこには地下室へ続く狭く急な螺旋階段があった。


 大司教は階段を下りる前に鐘を鳴らしていた男に向き直って聞いた。


「あなたはどうされるのですか?」

「一旦衛兵隊詰所に戻ります」


 その言葉を聞くと、大司教はクスクスと笑った。


「あなたの考案したネックガードのおかげで、随分と女性兵士達からの評判が良くなったようですね」


 男は、やや引きつったような表情で、痛み入ります、と答えた。


「ご無事で」

「あなたに女神様のご加護がありますように」


 大司教は、男に祝福を与えると、秘書の持つカンテラで足元を照らされながら地下へ降りていった。


 残された男は、苦労して一人で部屋を元に戻した後で回廊に出て事務室の鍵を掛けた。そして、二階に上がると、教会の正面玄関の柱の脇にある隠し扉から外に出た。

 周囲の様子を伺い誰にも見られる恐れが無いことを確認し、柱の陰に隠れる様に音もなく飛び降りる。そのまま、闇に紛れて衛兵隊の詰所へ走った。


◆◆◆◆


 中の原の共同墓地の東の端には、参拝者のための休息所を兼ねた小さい石造りの礼拝所がある。礼拝所の奥には女神像があり、左右に銘文を刻んだ石碑が立っている。その石碑があるせいで、女神像の後ろには回り込めない様になっていた。

 参拝者は皆女神像の後ろはすぐ壁になっているのだと思っているようだが、実は丁度床石一枚分の狭い空間があった。


 その空間の床石が突然蓋を開ける様に持ち上がると、中から中の原教会の大司教とその秘書が出て来た。

 不敬にも石碑を跨ぐように乗り越えた二人は、辺りに誰もいないことを確認し、女神像の前に跪いて祈りを捧げた。


 二人が礼拝所から外へ出て、左側、つまり南の方角に中の原の町が見える。満月に照らされた教会の輪郭が黒々と影の様に確認できた。


「意外と時間がかかりましたね」


 既に月の位置は真南を過ぎている。


「ミュート!」


 秘書が魔法を唱えると、二人の周囲の音が消えた。


 本来は猟師が自分の気配を周囲の動物に悟られないための魔法だ。自分の周囲の音がかき消され外へ伝わらなくなる。外部からの音は遮断されずに聞こえるから、隠密行動向きの魔法だ。


「では行きましょうか」

「どちらへ?」

「まずは北ですね」


 二人とも教会への侵入者を惑わす迷路のような地下道を通って墓地を縦断したのだった。

 あちこちに仕掛けてある罠を、発動させずに回避しなければならなかったので随分と時間が掛かってしまった。




 大司教は、何年か前に教会の地下で魔法を使って暴れまわっていた者……正確にはその者を操っていたであろう者の目的が、自分が今しがた通り抜けてきた地下道の入り口を探していたのことに気づいていた。で、あるならば、中の原を襲ったレヴァナント使い達の目的も同じであろう。放っておくわけにはいかなかった。


 教会の地下道は大司教と大司教候補の秘書だけが代々口伝として伝えられているもので、教会最大の秘密の一つであった。

 



 二人の手にはカンテラは無く、代わりに地下に置いてあった棒を一本ずつ持っている。

 暗い足元に時折つまずきながら、二人は歩き出した。


 しばらく歩くと、大司教が右手を周囲にかざす。

 そして、そのまま手を下した。


「もう少し近づきましょうか」


 二人は再び歩き出した。


 何度か同じことを繰り返しているうちに、墓地の端まで来ていた。

 目の前には教会裏へ上がって行ける階段がある。

 二人は、その階段を上っていった。階段の途中には、斧や弓が落ちていた。真新しい武器は死者の副葬品ではあるまい。


「どうやら三人いるようですね」


 そのままゆっくりと上まで登ると、様子を伺うように門の中を見る。

 周囲に手をかざすと、西の方に反応があった。

 そこは木が植えてあって、ちょっとした林のようになっている。

 勢隠しだ。この林に魔法使いや弓隊を中心とした兵を伏せることによって、門から侵入してきた敵を一方的に攻撃しようと目論んで意図的に作られたものだ。

 

 早朝、林の中で、キャサリンが槍の練習を、エミリーが弓の練習をしているのを二人は知っていた。

 刃物を使うのは神官にあるまじき行為で、やめさせるべきではないか、と言ってくる者もいたが、カトリーヌの名を出すと皆黙った。

 刃物を使う事が教義に反するなどとはどこにも書かれていない。無駄な殺生をするな、ということだけだ。

 人間とは愚かなもので武器を手に入れると使いたくなる。その誘惑に打ち勝つことが出来るのであれば、刃物を持ったところで問題はない。第一、満足に料理すら出来なくなる。要は争わなければ良い。大司教はそう考えていた。


 林は普段は孤児院の子供達の良い遊び場になっている。

 今はその聖域に悪しき者達が潜んでいるのだ。




 大司教は生きている者を感知する魔法を使う。影響の及ぶ範囲であれば、例え水や土の中であれ、その位置と数と生き物の種類とを把握することが出来た。災害に見舞われた土地で生き残っている者を探すための魔法で、彼は今までに多くの人命を救ってきた。

 初級神聖魔法のヒールやホーリーさえも使えない男は、人命救助の功績を評価されて大司教に推薦されたのだった。


 その魔法……センス・ライビングは死者であるレヴァナントを探知出来ない。それを利用してレヴァナントを操っている者達を探知し、手に持った棒で急襲するつもりだった。

 今、大司教は三人の人間の生命反応を林の中に確認していた。レヴァナントを操っている者達に違いなかった。


「我が身を敵から隠しなさい」


 大司教が懐から取り出した魔法の巻物の合言葉を唱えると、消音の結界に守られた二人の姿が周囲の風景と同化した。カモフラージュの魔法だ。

 これで、容易には気付かれないだろう。

 門をくぐり抜け裏庭に入った二人は、ゆっくりと林の中へ分け入った。

 下草が次々と音も無く根元から不自然に地面にへばりついていった。




 三人の侵入者が林の中に潜んでいる。

 一人は恐らく今もレヴァナントを操っているのだろう。真っ直ぐ孤児院の方角を向いて時々手をその方向にかざしている。後の二人は役割を終えたのか、辺りを警戒するかのようにあちこちを見ていた。


 恐らく一人が斧を持つレヴァナントを、もう一人が弓矢を持つレヴァナントをそれぞれ操っていたのだろうと、二人は考えていた。彼らの知る範囲では、レヴァナントに異なる複数の作業を行わせる場合、その作業毎に操る者が必要だからだ。


 二人はゆっくりと、まずは今や役割を終えた二人の侵入者に近づくと、手に持った棒で殴りかかった。


 まさか物音を立てず姿も見せない者達が近づいて来ているとは思ってもみなかったのだろう。侵入者二人はその頭に鈍い音を響かせると、あっさりと地面に倒れ伏した。

 残った一人は、突然の出来事に狼狽し、何者かに襲われたかと、慌てて後ろを振り返った。

 しかし、敵の姿も気配も無い……と思った瞬間、頭に衝撃を受け意識を失った。


 ようやく事をなし終えて緊張が解けた大司教と秘書は、先ほどから盛大に唱が聞こえてくる孤児院を、初めて余裕を持って見た。なにせ二人とも実際に人に襲い掛かるのは初めてだった。




 孤児院では大勢が列を作り、退魔の唱を詠いながらレヴァナントに桶で水を掛けている。ジェニファーとエミリーが先頭に立っている。扉を封鎖するために外に出た神官の姿も見える。槍を振るっているのはキャサリンだろう。


「大司教、あれは一体……」

「聖水でしょうか。随分と大量に成聖したようですね」

「レヴァナントの動きは止まったようですね」

「ここは我々が無理をしなくても撃退出来たかもしれませんね」

「流石はカトリーヌ司教の鍛えし者達と言ったところですか」


 二人して苦笑を浮かべた。




 二人は気絶している侵入者達にさるぐつわをかませ厳重に木に縛り付けると、大声で詠われている退魔の唱を聞きながらその場を後にした。

 町の者に知らせなかったのは、町に入り込んでいるかも知れない間諜に自分達の行動を知られたくなかったからだ。

 町の正門側にはまだレヴァナントを操る者が残っているはずで、二人はそちらも排除するつもりだった。


 二人は、昇って来た階段を降りて正門前に向かった。

 そして、アドルフ達との合流を果たすのである。

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