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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第一部 第一章

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孤児院裏の戦闘➂

 門の中に後退したものの、キャサリン達は苦戦を強いられた。


 門は荷車が余裕を持って通れるだけの幅があり、一度に二,三体が侵入しようとして来る。レヴァナントが門をくぐって来たところを左右から槍で抑えて動きを止めるつもりだったが、そう簡単には止まらなかった。鋼の槍が刺さろうとも前に進んでくる分、穂先がズブズブと飲み込まれるように腐った身体に深く刺さり抜けなくなるだけだった。

 槍が刺さったレヴァナントは暴れながら前に進んで来るため、既に手持ちの槍は折られていた。


 キャサリンが白銀の槍を振るい、一体、一体、身体を崩してはいるものの、後続に後ろから押されるかのように門の中に侵入しようとするレヴァナントの勢いに押されて、ジリジリと後退を余儀なくされた。


 左右の衛兵がそれぞれ二人がかりでなんとか動きを止めているが、彼らの獲物は既に槍ではなくバリケードに使っていた椅子に変わっている。

 椅子の方が身体に埋まっていかないので足止めの効果はあったが、素材が脆い分押し負けており、いずれ突破されるのは明白だった。


 教会から逃げて来た神官の一人が風呂場から桶に汲んだ聖水は、窓の外で待ち構えているもう一人の神官によりジェニファーの元に運び込まれる。それをジェニファーと二人でぶっかけることで一度に数体を崩すことが出来たのだが、どうしても間隔が空いてしまい劣勢を覆す事は出来なかった。


 レヴァナントが崩れて出来た土の塊も、徐々に門内に出来始めている。

 そのうちにキャサリン一人では対処しきれないくらい大勢に入り込まれるかもしれなかった。彼女の息は既に上がっていた。




 ふいに、ジェニファーの祈祷の声が途絶えた。


「止むを得ません。魔法を使います」


 キャサリンは、ジェニファーが魔法を使うのを見たことがない。なので使えないと思っていた。

 実際キャサリン自身が使えないし、魔法の使えない神官は数が少ないにしろ他にもいる。


 ジェニファーが背後で詠唱を始める。

 キャサリンは、低い姿勢を保ったままでいたせいで悲鳴をあげていた太ももを右手で叩くと、槍を構え直して衛兵隊がやっとのことで抑え込んでいるレヴァナント二体をなんとか土に戻した。


「キャサリンしゃがんで! 目を閉じて!」


 言われるがままに片膝をつくと両目を閉じた。


「ストップ!」


 瞬間、突き出された手から光がほとばしり辺りを照らす。




「もう丈夫ですよ」


 ふう、とジェニファーがため息をつく。


 キャサリンが目を開けると、目の前には両手を彼女に向けて突き出したレヴァナントが襲い掛かって……来ない?


「とりあえず、相手の動きを止めました。いまのうちに態勢を立て直しましょう」


 はい? 


 キャサリンは今聞いた事が理解出来なかった。

 確かにレヴァナントは止まっている。しかも、前に進む体勢のまま片足を地から浮かせている個体も多い。


「あらいけない。衛兵隊まで止めてしまったわ」


 見ると、衛兵隊の四人が、門の両脇で椅子を構えてレヴァナントと対峙したままで、石像のように固まっている。


 えいっとばかりに体当たりして、ジェニファーが正面のレヴァナントを倒すと、後ろにいたレヴァナントにぶつかり、そのレヴァナントもそのまた後ろのレヴァナントにぶつかり、と次々に倒れていく。


「キャサリン先生。見てないで手伝ってください。五十数えるくらいの間しか止められないのですから」

「あ、はい……」


 とりあえず、衛兵隊と向き合っているレヴァナント二体を槍で突いて崩すと、レヴァナントの後ろの方で物音がする。

 ざっと見る限り止まったレヴァナントは四分の一程度のようで、どうやら止まったレヴァナントに止まらなかったレヴァナントがぶつかって渋滞が起きているらしい。


 ジェニファーがキャサリンの後ろに立った。


「そろそろ動き出しますよ。あと二回くらいしか使えませんから気を抜かないで下さいね」

「あ、はい……」


 ジェニファーが再び退魔の唱の詠唱を始める。


 反則だろう、これは……。


 槍を構え直したキャサリンは、唱和しながら思った。




 まるで止まった時が動き出したかのようにレヴァナントが動き出した。

 転がされた個体は折り重なるように倒れているので、なかなか起き上がれない。

 動き続けている後ろの個体が、止まって転がっている個体を跨いでいるときに急に動き出し起き上がろうとするし、起き上がった個体も見当違いの方向に進もうとする。

 その結果、あちこちでぶつかり合って混乱を極めている。


 門脇に立った衛兵隊は、急に目の前にいたレヴァナントがいなくなったものだから、目を丸くして首を傾げていたが、キャサリンが仕留めたと思ったのか礼を言ってきた。

 思わず吹き出しそうになりながらも、なんとか我慢して唱和を続けながら槍を振るい、ようやくの態でたどり着いたレヴァナントを、あっさりと突き崩す。


 どうやら、ジェニファーの唱えた魔法は、仕掛けられた本人達にとっては本当に時が止まったようなものらしい。




 五十数えるほどの短い時間とは言え、キャサリンは息を整えることが出来た。

 転がって蠢いているレヴァナントを土に返すと、門際まで前進し当たれば幸いとばかりにめちゃくちゃに槍を突き入れた。


 片足を吹っ飛ばされた何体かのレヴァナントが、均衡を崩して前のめりに倒れた。踏み越えるようにして後続の個体が続くが、片足だけしか失っていない個体は起き上がろうとするから、後続をひっくり返してしまい再び混乱し始めている。そこに聖水を浴びせかけると、絡まったままで崩れていった。


 恐らくレヴァナントは非常に単純な指示により操られている。


 今まで戦ってきて、キャサリンはそう思った。

 レヴァナントの行動が単調なのだ。かつてキャサリンが対戦したレヴァナントは、いわば魔物の様な存在で、もっと臨機応変に動いていた。動きが早くこちらの攻撃をかわし逆襲してきた。目の前の敵は操られているだけだろう。

 過去に対戦した相手と同様に考えていて、一体相手に時間を使いすぎていた。


 とにかく、門内に入ろうとした個体に穂先を突き刺すことを考えて槍を振るうことにしよう。


 そう決めてかかると、気持ちが楽になり焦りもなくなった。

 なにせ、窮地に陥ったら反則まがいの魔法が使われるのだ。


 自分の役割は止めを刺すことではなく足止めすることだ。止めは風呂場から汲んでくる聖水で刺せば良い。穂先さえ相手の腰から下のどこかに当たりさえすれば良いだろう。


 キャサリンは良い意味でたかをくくり始めた。




 キャサリンが余裕をもって槍を振るえるようになった頃、お待たせしました、とエミリーの声がした。

 援軍が来たのだ。


「一度死んだ分際で先生方に手え出すとはふてえ野郎だ!」


 なんだか筋違いの事を言っているのは、エミリーの連れてきた自警団の男だろう。

 遊び人が町で声を掛けてきたのでもあるまいに、とキャサリンは可笑しかった。


 町の人達は孤児院で働く神官達を先生と呼ぶ。

 卒業生達がいつまでたっても先生と呼ぶので、広まったらしい。


「皆さん、ここから二列に並んで下さい」


 どやどやと人の言い騒ぐ気配に混じって、エミリーがなにやら指示を出している。


 キャサリンがなおもレヴァナント相手に奮闘している間に、どうやら準備が出来たようだ。


「では、ジェニファー先生お願いします」


 ジェニファーが、エミリーが帰って来た頃から止めていた詠唱を最初から始める。

 キャサリンの後ろで自警団の連中が大声で唱和する。

 門脇で構えた衛兵の顔に喜色が浮かぶ。無論、彼らも大声で唱和している。




 エミリーの唱和の声が徐々に近づいてきたかと思ったら、キャサリン先生伏せて、とエミリーに言われた。


 言われるがままに地に伏せると、エミリーが彼女の横に立つや、桶が頭の上を通り過ぎて行く。

 門内に進んで来たレヴァナントに向かって聖水がぶっかけられた。

 キャサリンは槍を抱えたままで横に転がると、立ち上がって後ろを振り返った。


 孤児院の浴室から自警団の者達が二列になって門まで並び、次々に桶に汲んだ聖水を手渡しで繋げている。最後にエミリーがレヴァナントにぶっかけている。

 空になった桶は、そのまま隣の列を作った者達の手によって浴室まで運ばれて行く。そしてまた、聖水が汲まれてエミリーの手元まで運ばれて来る。


 要は火事場の火消しだ。火勢を静めるだけの水を絶え間なく運び込めば良い。

 人数とそれに見合う桶の数が揃えば出来る。桶はどの家にもあった。


 桶に入った聖水を神官のエミリーにぶっかけられたレヴァナントは、あっさりと身体を崩された。

 桶には三分の一程度しか聖水が入っていないが十分だ。




 列に入れなかった者は、別動隊よろしくそれぞれ手に桶を持つと、エミリー達が矢を放っていたテーブルに上がり、塀の向こう側へ向けて聖水をぶちまけている。信仰心が足りないのか、エミリーのかける聖水に比べると効果が低い。それでも押し寄せる群れへの牽制にはなった。


 始めは教会の裏門から逃げてきた二人の神官が浴槽から聖水を汲んでは窓の外の自警団に渡していた。いまや汲み出す者も三人四人と数が増え、次から次へと汲み出しては自警団の手によって運でいる。手が空いた教会の神官は前列に進出し、レヴァナントに聖水をかける役に回っている。その方が聖水の威力を遺憾なく発揮できるし、最前列がエミリーとジェニファーでは体力が持たない。


 決められた時間に子供達が一斉に入るのだ。浴槽は十分に大きく、桶に三分の一程度なら二千杯分にはなろう。いくらでも供給できる。

 桶に鏃を浸して矢を射る者もいる。

 二百人近い男女交えた自警団員が、大声でジェニファーの詠唱に唱和し、退魔の唱を詠いながらレヴァナントを浄化していった。


 鐘の音に呼び集められたものの、相手がレヴァナントとあって、なすすべも無く避難民の警護と町の巡回警備をしていた。レヴァナントを倒すから手伝ってくれとエミリーに頼まれたのだ。

 手に桶を持った者が続々とやってきて、それまでのうっぷんを晴らすかのように嬉々として手伝っている。




 遂に門の内側に聖水入りの桶が並ぶようになった。

 そして、複数の人間が門の外へ進出してぶちまけはじめた頃には、十人以上の弓隊が塀の上から矢を放ち始め、凡そ目途がたってきた。

 なかには調子にのって浴びせに行ったものの、信仰心が足りなかったのか、ほとんど効果が無く慌てて逃げ帰って来る者もいる。しかし、危ないときはキャサリンが手助けするので、怪我人一人でない。


 そのうち、術者が諦めたのかレヴァナントの動きに統一性が無くなり、闇雲に近くの者に向かって来るようになった。ブラブラと歩くだけの個体もいる。そうなると、門の前に集まっていたのがばらけてきて、一体一体を確実に浄化出来るようになってきた。


 ジェニファーが祈祷し、皆が大声で唱和する。

 キャサリンはその光景を見て、いい町だな、と思った。




「先生、そろそろ休んでください」


 自警団の一人に声を掛けられた。

 見ると、キャサリンと一緒にこの町に来た子供の年長のほうだった。


「この格好で、先生もなにもないけどね」

「俺達兄妹にとって、キャサリン先生と言えばその恰好ですよ」


 言われてキャサリンは微笑んだ。

 日頃からカトリーヌが言っていたことは正しかったようだ。

 妹はどうした、と聞くと、避難場所で子供達の面倒を見てくれているらしい。


 既にそれほどの脅威では無くなったレヴァナントはほぼ制圧されつつある。

 キャサリンは礼を言うと、槍を抱えて門の近くで腰を下ろした。

 それを見ると、それでは、と男は立ち去った。聖水を撒きに行ったのだろう。


 共に戦った獲物の穂先を見る。破魔の刃は刃こぼれ一つ無い。


「どうだ。凄いだろう。今のあたいは先生って呼ばれてんだぜ」


 ほの白く輝く穂先を見つめながら微笑むと、一人呟いた。

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[一言] こんな地道に削る展開が大好き!
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