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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第一部 第一章

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孤児院裏の戦闘②

 教会の裏庭で一人の神官がレヴァナントを発見した頃、孤児院のキャサリンは自室のベッドの中で東へ向かった騎乗のカトリーヌを思い出していた。


 レヴァナント退治に行くと聞いて驚いていると、ちょっと行って来るから後はお願いね、と簡単にキャサリン達三人に言ってのけた。一緒に行くと言ったのだが、ここに残るように言われて渋々従ったのだった。


 大丈夫でしょうか、とキャサリンがジェニファーに聞くと、魔王退治に行くと言い出すよりはいいでしょう、と返され拍子抜けがした。




 キャサリンが初めてカトリーヌと出会ったのは六年前になる。先の戦争で彼女がエングリオ王国で傭兵をやっていた時だった。十九歳の時だ。ある作戦で、比較的小規模の部隊で国境の森を抜けセルトリアのとある村を襲ったのだが、村に到着するのとほぼ同時にあっさり包囲されてしまった。


 その時の部隊長は貴族様の三男坊で血筋だけで部隊長に任命された男だった。

 その部隊長がとった行動が、村人を人質に取ることだった。包囲を解いて遠くへ行かなければ村人を皆殺しにすると言うのだ。


 成功するわけがないと思った。村人なんかいつも貴族に見捨てられているのだ。しかし、信じられないことに敵は条件をのんで本当に撤退していった。


 問題はその後だ。部隊長は集めた村人を自らの剣で切り殺し始めた。


 キャサリンはエングリオ王国南部にある貧しい村の生まれで、戦争孤児だった。九歳の時、目の前で両親を嬲り殺しにされたのだ。

 良くあることではある。いや、そんな事はしょっちゅうだ。しかし、戦いのさなかに殺されるなら兎も角も、敵が安全を保障した中で自分の失敗の腹いせに殺すのは見るに堪えなかった。


 夫婦らしい二人が殺されたときに二人の子供が大泣きした。その子供にまで剣を突き立てようとした部隊長を、我慢出来なくなったキャサリンが手に持った槍で突き殺してしまった。奪われる者から奪う者になったつもりが甘かった。彼女は徹しきれなかった。

 すぐさま取り押さえられた。殺すなら殺せと思っていたが、部隊は彼女を門に縛り付けると撤収していった。彼女を連れて帰らなかったのは部隊の皆の温情だろう。貴族を殺した以上帰ったところで死罪は免れない。


 その後戻ってきたセルトリア軍に捕縛されたが、村人のとりなしもあって彼女は解放された。槍も返してくれた。

 傭兵の口を探しにセルトリア王都へでも行こうかと思っていたのだが、親の敵討ちをしてくれたのだから信用できるとでも思われたのか、二人の子供が一緒について行くと言って聞かなかった。


 敵の隊長は話のわかる男で馬車を一台貸してくれた。近くに中の原という町があるから子供を連れてそこまで行け、と言うのだ。早馬で使者も出しておいたと。そして、馬で駆けつけてきたのがカトリーヌだった。


 そのカトリーヌは槍を担いだ傭兵の彼女に対し、気軽に言ってのけた。


「あなた、神官になりなさい。この子達の面倒を一緒に見ましょう」


 まるで顔馴染みに一緒に食事でもしようと言うように。

 自分は傭兵で何人も人を殺してきたと話したが、それがどうしたの? と笑いながら言われた。


 どうせ行く当ても無い。エングリオ軍に見つかったら助けてくれた傭兵達も罪に問われるだろう。隠れ家に潜むつもりで、半ばやけっぱちで承諾した。ほとぼりが冷めたら逃げ出せば良いだけだ。


 以来、キャサリンはカトリーヌとともに孤児院で暮らしている。子供達は無事成人して中の原で職を得た。戦争が終わってからは毎年二人の両親の命日に一緒に墓参りに行っている。




 キャサリンの回想は、ドアをノックする音で突然破られた。


「キャサリン先生、起きて下さい」


 ジェニファーだ。


 ドアを開けると、普段穏やかなジェニファーとは思えないことを言ってきた。


「レヴァナントの群れが襲ってきたそうです。教会の裏庭の門で食い止めているのですけど、いつ破られるか分かりません。知ってのとおり、教会の裏庭とこの孤児院は繋がっていますから、ここもそのうち襲われるでしょう。エミリー先生に子供達を避難させてもらいます。私達で迎え撃つ準備をしますよ」




 教会の裏庭で一人の神官が殺される少し前、キャサリンは孤児院の自室でチェインメイルを身に着け、槍を持って部屋を出た。傭兵時代の装備だが、カトリーヌが持っていろ、と言うので大事に保管してあった。槍は穂先がほの白く輝く白銀製で、傭兵時代に付き合っていた男の形見だ。手に取るのはここに来て以来になる。


 外に出ると、ジェニファーがなにやら大量の瓶を入れた箱を教会の裏庭へ続く門へ運んでいた。門の周辺には既に三箱置いてある。


「あら、キャサリン。勇ましい恰好ね。頼もしいですわ」


 キャサリンに気づいて声をかけてくる。

 神官が金属製の鎧を着けて槍を担ぐなんて、普通なら除籍されてしまう。しかし、カトリーヌと一緒にいる者はどこか並みの神官とは違うのか、褒めてきた。


「何すか? それ?」


 キャサリンは箱を指さして聞いてみた。


「聖水よ。こういうこともあろうかと思って沢山作っておいたの。これを投げてレヴァナントにぶつけるのよ。上手く当たれば一個で一体くらいは浄化出来るわ」


 瓶は時々奉仕活動で町の清掃をする時に拾ったものを綺麗に洗ってとっておいた物らしい。


 門を見ると、なにやら椅子を幾つか並べてある。椅子で足止めしている間に聖水入りの瓶をぶつけて浄化するつもりらしい。ここの門には最初から門扉が無い。子供達が自由に裏庭で遊べるようしているからだ。


「これじゃあ、すぐに突破されちまいますよ」


 思わず本音を言ってしまったが、思わぬ答えが返ってきた。


「あら、それでいいのよ。相手は簡単に越えられそうな所に集まってくるでしょ? 万が一塀を一斉によじ登って来られたらとても迎え撃てやしないわ」


 この人はどこでそういうことを覚えたんだろうか。




 子供達の避難が終わりました、とエミリーが両手で水を入れた桶を運んできた。聖水らしい。

 彼女は肩に弓と矢筒二つをぶら下げていて、重さでふらふらしている。矢は五十本ほどだろうか。

 聖水に浸した鏃を使えばレヴァナントを倒せるそうだ。

 エミリーは猟師の出で、彼女自身も弓が使えた。


 それにしても、と思う。

 この人達はレヴァナントの群れを相手に本気で三人で戦うつもりなのだ。


 ジェニファーと足場にするテーブルを運んでいると、衛兵隊が五人駆けつけてきた。装備は鉄の槍と弓矢だ。

 キャサリンは彼女の格好を見て驚く五人に、死にたくなかったら槍を置いて鏃を聖水に漬けろ、と怒鳴った。


 傭兵時代にレヴァナントと戦った経験があり、かつ白銀の槍を持つキャサリンが志願して、バリケード前での足止め役になった。

 そして、エミリーを含めた弓を持つ四人と自分で投げると言い張ったジェニファーを含めた二人の衛兵が塀の後ろに置いたテーブルに立ち、左右から瓶と矢でそれぞれ攻撃することになった。




 共同墓地へ続く門は、意図的に設けられたこじんまりとした林のせいでこちらからは見えない。

 なにやら物を壊す音が聞こえていたが、遂に止んだ。裏庭の扉が破られたのだろう。鐘楼の鐘が鳴っていたが、いまや教会は静まり返っている。


 そのうちに神官が二人逃げて来た。教会の扉は閉じられているからこちらに来たらしい。キャサリンの姿を見て驚いていたが、そんなのは無視して塀の中に引き入れた。

 聖水の瓶を投げつける役割を衛兵から二人の男性神官に交代した。聖水の効果は信仰心がものを言うからだ。二人の衛兵には鏃を聖水に浸した矢を射手の矢筒に入れる役目にした。




 さらに待つと、人影がボツボツと見え出し、そのうちに裏庭の半分を埋め尽くすのではないかと思うくらいに増えてきた。


 キャサリンは月明かりの中うごめく影を見た。


 ざっと、千てとこか。


 空を見上げると、雲一つない。満月は真南にある。

 明日にはカトリーヌが帰ってくる。魔王を討伐したあのカトリーヌがだ。彼女達の役目は少しでもいいから時間を稼ぐことだった。


 キャサリンの後ろでは篝火が焚かれている。長く伸びる自分の影を見ているうちに、かつての自分を思い出した。傭兵時代は随分と修羅場をくぐったものだ。


 ふと、難戦にぶちあたった時に、傭兵仲間で良く言われていた言葉が脳裏をよぎる。


「今日は死ぬにはいい日だ」


 へっ、とキャサリンは口をゆがめて笑った。


 てめえが死ぬ日がいい日なわけがねえや。そんなセリフは無責任でカッコつけの男達が言っていればいい。こちとら孤児院の女神官だ。明日の朝にゃ腹をすかせた子供達に飯を食わせてやらなきゃならねえ。 そのためには、腕を落とされようが、足を食いちぎられようが生き延びてやる。

 戦は数じゃねえ。根性と気合いだ。


 べっ、と右手に唾を吐いて、槍を握り直す。左足を前に出して腰を沈める。ゆっくりと進んでくるレヴァナントの群れに向かって、ほの白く破邪の光に輝く穂先を向けた。


「天空に在りし我らを見守る至栄の母よ

 我ここに専心の祈りを捧げ奉る

 天妃の産みたる大地を清めたまへ

 定めたる理を守りたまえ」


 ジェニファーがよく通る声で朗々と祈りを捧げ始めた。

 残りの者も続いて唱和する。


「悪しき者に立ち向かう勇気を与え給へ

 邪悪な者の力を抑え給へ」


 退魔の唱と呼ばれている。

 魔王軍との戦いに出征する軍の出陣式でも詠われた。

 戦場においても、セルトリア王国軍はこの祈りの言葉を唱えながら突撃を開始したことが中の原にも伝わっていた。




 一体のレヴァナントにエミリーの放った矢が突き立った。矢が刺さったところがグズグズと土の様に崩れて行く。唱和しながら、手渡された次の矢をつがえ放った、一の矢で胸の半分を土くれに変えられたレヴァナントは、胴体を失いバラバラになって転がった。


 キャサリンは正面の一体の胸を貫いた。貫くと同時に槍を手元に手繰り寄せ、飛び下がった。


 傭兵時代の身体の動きは衰えていない。今までの人生を否定してはいけない、とカトリーヌに言われ、わずかな時間とは言え日々槍の訓練怠らなかった。


 ジェニファーが、祈りの言葉を捧げながら聖水の入った瓶を投げつけると、見事に一体に命中した。割れた瓶から聖水がほとばしり、まともに聖水を浴びたレヴァナントの身体が崩れていく。


 キャサリンは左右を後方の射手と投擲手に任せながら、正面の敵を巧みにいなしてその身体を崩していった。信仰心の違いからか、神官と衛兵では聖水の効果に大きな隔たりがあった。しかし、衛兵隊は腰から下を狙っているから、足止めには十分だった。


 鎧冑を装備したレヴァナントには槍を振り回し何度も殴りつけてから、態勢が崩れたところで、狙いすました一撃を送り込んだ。

 

 次から次へと倒していった。崩しきれなかった身体の一部が蠢いているが、いちいち構っている暇は無かった。




 キャサリンが一歩も引かないので、レヴァナント達の群れは停滞し、個体同士の距離が近くなってきた。おかげで、聖水の瓶を投げても外れることがなくなり、一瓶で複数のレヴァナントに相応のダメージを与えることが出来るようになってきた。


 キャサリンに向かって斧を投げつけようとしたレヴァナントが、放たれた矢で身体を崩された。

 弓を持つ者は武装したレヴァナントを優先的に狙ってくれている。


 キャサリンの立つ門の前には、崩されたレヴァナントの残骸が半円状の畦の様に盛り上がり、レヴァナントはそれを乗り越えなければ進めない様になった。その畔を防壁代わりに槍を振るった。




「聖水の瓶がなくなってきたぞ!」


 衛兵隊の一人が叫ぶ。

 八十個ほど用意していた聖水の瓶が尽きたのだ。

 キャサリンが後ろに声を掛けると、残りの矢も少ないと返事がきた。


「キャサリン先生、後退します。一旦門の中に入って下さい」


 ジェニファーの指示に振り向きざまにバリケードの椅子を飛び越えて門の中に転がり込んだ。

 聖水はあるのかと聞くと、念のため浴槽に貯めた水を成聖しておいたと返ってきた。

 レヴァナントが襲ってこなければ、明日子供達は聖水風呂に入っていたわけだ。


 それならばと、咄嗟に思いついた作戦をジェニファーに伝えた。

 作戦は了承され、エミリーと衛兵隊の一人が通りの方へ走った。

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