第ニ話 計画の始まり
私達が住む孤児院は中の原と呼ばれる町にある。
今年一月時点での人口は五千人ほどらしい。王都で任された人が赴任してきて町長になっている。
元々商業の町として結構栄えており、セルトリア王国の中でも地方都市としては、まあまあ重要視されているそうだ。
人々の脅威となっていた魔王は三十年前に討伐されており、平穏な日々が続いていたはずだったのだが。
平穏を打ち壊したのは魔物ではなく人だった。
十五年前に島全体を巻き込む戦争が始まったらしい。丁度、私が生まれた年になる。私の両親が亡くなったのもその戦争が原因と聞いている。
孤児院にいた私は小さかった事もあり、詳しい事は知らなかったのだが、南の森で国境を接しているエングリオ王国と激しく戦っている事は何となく分かった。
戦争は十年間続いてようやく終わった。
そして、一年前に魔王が復活したのだ。
よりにもよって、わがセルトリア王国領内に。
魔物の王を名乗る魔王は、討伐しても何十年か何百年かしたら復活すると言われている。教会の記録に残っている範囲でさえ、もう何千年も繰り返しているらしい。
同じ魔物なのか別の魔物なのかはよくわかっていない。
しかし、同じ国に二代続けて出現することは記録に無いようだ。
新しく即位した国王は、魔王復活と魔王軍再編成の報告に即座に反応した。
農繁期が終わると同時に、王国常設軍のみならず、予備役はおろかセルトリア全土に志願する六十歳以下の健康な成人男子を追加徴募し、さらに、町や村の衛兵隊の半数を動員したのだ。
国同士の戦争が長引いたから皆戦い方は知っている。後は物量という事だろう。
目論見は見事成功し、各地の魔王軍幹部軍を撃破。ついに魔王がこもる森近くに兵を進めることが出来た。
そうしておいて、各国応援兵力を加え野戦で決戦し勝利したのだ。
魔王を棲み処のある森に押し込めたのはいいが、ここからが大変だった。森のあちこちに砦をつくり、森の中心部を要塞化した魔王が、森の外延部で小部隊による消耗戦をしかけてきたからだった。
そして。もうひとつ、国土の北東部にひろがる広大な原生林地帯に、逃げ散った幹部軍が気勢を上げて牽制してきた。どうやら、最初からここに逃げ込む算段だったようだ。
決戦以来、戦線が膠着状態に陥って既に二か月近く経った。そして、国内軍の出征は半年近くになる。
町や村の治安維持が難しくなってきていた。
「衛兵の定員は隊長と副隊長を除いて百人なんだけど、魔王討伐軍に半分出征したから、今は五十人しか残っていない。隊長も副隊長もいないから、残った十人いる班長のうち年長のハンスさんが隊長代理を務めている。なにかあった時は町長の指揮下に入るから、日常業務の班編成のやりくりをしているみたいだ。正直言って人手が足りてないから、大変だと思う」
衛兵隊のベイオウルフの言葉だ、真実味がある。
「最近、すりや泥棒が増えたって言うじゃない」
ベアトリクスは魔道具屋で店員をやっているだけあって、そういう話には敏感なんだろう。
「そうなんだ。街中を巡回する衛兵隊の数が減ったからだろうね」
「この町って、外国から来てる人も多いよね。町を歩いていても知らない人が多いから、誰がすりなのか分からないわよ」
「それもそうだし、なにより行商の人が乗る町と町を繋ぐ馬車の護衛が不足していているんだ。峠道で盗賊の類の被害が出ているらしく、このままでは食料品まで値上がりするかもしれないとかいう噂もあるよ」
それは大変だ。ただでさえ野良扱いされて先行きを心配されているのに、食料品まで値上がりされては途端に生活が出来なくなってしまうかもしれない。
「今日、お店に来たお客さんに聞いたんだけどさ。集合墓地があるじゃない。時々、夜中にそこに変なのがいるらしいわよ」
「何だそれは、聞いてないぞ」
ベイオウルフが身を乗り出す。衛兵隊としてはほっとけないのだろう。
「なんでも、顔が見えないほどに目深にローブを被った老人で姿を見た人ははその瞬間に気絶するらしいわよ」
「はあ? なんだそれ?」
流石のベイオウルフも呆れている。
「まるで出来の悪い怪談だな。それじゃあ、気絶させられたのか、勝手に気絶したのか、分からないじゃないか。姿を見た瞬間に気絶するならなぜ夜中に顔も見えないのに老人と分かったんだい?」
「まあ、そういう噂が立つほど治安が悪くなっているという事みたいね」
「悪いがそれだけじゃあ、夜中に人を配置できないかもしれないな」
一応上の人には言っとくよ、とベイオウルフが言うが、ただでさえ人手が足りないのなら、巡回まではしないかも知れない。
「それよりも、魔物退治の方はどうなの?」
私としてはそちらの方が心配だ。
「正直、衛兵隊では魔物退治はあまり人気がないよ。私達が参加しても報奨金は貰えないし、下手をしたら怪我をする。倒した数は成績になって来年の給料の評価対象にはなるそうだけど緊急通報があった時の方が評価は高い。それに町や街道沿いの犯罪者を取り締まるのが大変になってきているしね」
「そこで、私の出番よね!」
私より背が低いベアトリクスが、私のものとは比較にならないものを揺らしながら胸を張った。
「町長と話をつけてきたわよ」
ベアトリクスが町長に提案した内容はこうだ。
衛兵の任務のうち、魔物退治を代行することを正式に認めてもらい、かつ、監督官の名目で衛兵のベイオウルフに参加してもらう。
魔物を退治した場合は、それ相応の報酬を出してもらう。
そして、そのことを正式に契約として取り交わすこと。
ベイオウルフが大きく頷いている。当面の目標とはいえ、町の衛兵から王国軍に選抜されることを狙っている彼女にとって、身分の保証は大事だ。
町が報酬を出すことを約束するのも大切だ。魔物退治を生業にする人達が数少ないのも、お金を出す人がいないからだ。
凄腕の魔物狩りは、ほとんどがお金持ちに雇われた警備員で、元王国軍兵士出身だったりする。今の私達なんか誰も雇ってくれないだろう。
私達は衛兵業務の代行を監督官付きでやることで、町の予算の範囲でやろうとしているのだ。そうする事で、衛兵隊の負担も減るはずだから町の巡回や荷馬車の護衛にも人手を回すことが出来るだろう。
町長はベアトリクスに手紙で回答してくれた。
・魔物退治の契約は、個人ではなく団体に対して取り交わす。契約を希望する団体は、団体名とその団体に所属する者の名簿を町長あて提出しなければならない。問題がないと判断された場合、町長はその団体を承認し魔物退治を許可する。
・魔物退治に赴く際は、事前に届け出を衛兵隊に提出する。衛兵隊からの監督官を要請する場合は、事前に衛兵隊長もしくはその代行者の許可を得る。
・魔物退治に成功した場合、中の原町はその魔物に応じた報酬を出す。報酬の支払いは、報告を受けた衛兵隊長もしくはその代行者が支払い、後日町へ請求するものとする。
ベアトリクスが得意げに懐から出してきた手紙の概要はこんなところだ。一番下には町長のサインが読み取れた。
「問題がないってどういうことなの?」
「身元の保証があれば大丈夫だってさ」
随分もやっとしている。元々孤児院出身の私達に身元の保証なんてあるのだろうか?
いぶかしむ私の表情を見てとったのかベアトリクスが笑いながら言う。
「まず、私はうちの店長さんに手紙を書いてもらったわ。週に五日の仕事のうち、日を分けて半日を三回程度なら魔物退治に参加しても構わないって言ってもらえた。その代わりその分のお給料は減っちゃうから、稼がなきゃね」
「それって、大丈夫って言うの?」
「大丈夫よ。それに店長にも奥さんや子供さんがいるから、町の近くに魔物が湧いたら心配じゃない。その心配の元を退治してくれるのだったらって応援してくれているのよ。今日だって、お昼休みの後に町役場に寄ってきても良いからって言って貰ってるのよ」
ベアトリクスは気楽そうに笑っている。
「私はハンスさんが賛成してくれたから問題ない。身元保証人にもなってくれた」
「そりゃあ、まあ、そうよね。身元が保証できない衛兵はいないわよね」
となると、残りは私だけか。なにせ野良扱いされているからなあ。
「ジャンヌは一番安全よね。なにせ神官だもの。ただの店員の私が一番危なかったわ」
「そうなのかな。先生達には野良扱いされてるんだけど」
「教会が身元を保証しているのよ。破門にさえならなきゃ、どこに行っても大丈夫よ。神官の任命証書はあるんでしょ。」
そう言えば貰った。
「大丈夫よ、大丈夫。任命書のサインは院長先生でしょ。英雄カトリーヌのサインなんだから、国王様のサインより安心よ」
「あんた、そのうち連れてかれるよ」
いずれにせよ、今更どうこう言ったところで仕方ないのだけど。
私は今までに幾度となくやってきた皮算用をしてみた。
衛兵隊のベイオウルフは報酬が貰えないが、私達的には人数として計算するから、私が貰えるのは三分の一になる。
週三回魔物退治をするとして、三人分の報酬なので三分割する。
一日の生活費に銅貨十枚が必要として、一週間で七十枚。その三倍は二百十枚だ。この辺りの魔物は一匹銅貨十枚らしいから、二十二匹倒せばいいのか。つまり、一回で七、八匹倒せば生活出来るのだな。
ベイオウルフによると、よく出るところを半日巡回すると十匹ちかく遭遇するとのこと。
後は倒すだけだ。なんとかなる……だろう。いや、何とかしよう。
「よし、頑張ろう!」
二人が安心したように微笑んでくれた。
休み時間が終わるからと衛兵の仕事に戻ったベイオウルフを見送った後、パブを出た私とベアトリクスは、町長に会いに町の大通りにある町役場へ向かった。
魔物退治の許可をもらうためだ。
愛想のいい受付のお姉さんに事情を話し、町長の時間が空くまでの間、ロビーの長椅子に腰をかけた私達は、ベアトリクスの書いた申請書の中身を確認した。
「ねえ、団体名が一七五の会になっているけど大丈夫かな?」
「大丈夫よ。私達といえば一七五の会じゃない」
一七五の会とは、年内に孤児院を卒業する同い年の子八人で結成された会のことだ。
セルトリア王国歴一七五年に生まれたからそのまま採用した。
全員女の子である。
結束は固く、卒業した後も仲間でいようと誓い合ったのだ。
「でも、お役所って堅苦しいイメージがあるじゃない。ふざけているって思われないかな」
「心配しなくても大丈夫よ。名前に禁止事項があるなんて、町長言ってなかったし。なんでもいいみたいよ」
そんな話をしていると、町長の時間がとれたようだ。
受付のお姉さんに案内されて町長室に通された。
「こんにちは。って、ええええ!」
そこには見知った顔があった。
ベアトリクスがニヤついている。
こいつ知っていて黙っていたな。
孤児院ではケーキなんか滅多にお目にかかれない。
しかし、十年前から年二回必ず全員がケーキを食べられる日が出来た。国王様の誕生日と女神様の祭日である。その日に必ずケーキの差し入れをしてくれる人がいるからだ。
それがアドルフさんだ。
アドルフさんは、ケーキ以外にも月に一回はなにがしかの差し入れを持ってきてくれた。
その優しい人柄と相まって、ケーキのアドルフさんと人気なのだ。
親切なお金持ちのおじさんだと思っていたのだけれど、まさかこの町で一番偉い人だったなんて。そういえば、ついこの間、町長就任十周年と誰かが言っていたような気がする。
「おお、こんにちは。ベアトリクスにジャンヌ。ジャンヌ、任命式は無事に終わったかい?」
「あっ、はい。おかげさまで、何とか無事に……」
しどろもどろで答える私に、アドルフさん、いや町長は、それは良かったと返してくれた。
後で聞いたのだが、アドルフさん=町長というのは、孤児院卒業生の公然の秘密だったらしい。どういう意図で秘密にしていたのかは、わからないが。
ベアトリクスのにやけ顔がちょっと悔しいので、仕返しに現役孤児院生には黙っておくことにする。
アドルフ町長に勧められて高級そうなソファーに座ると、蜂蜜酒とお菓子が出てきた。
ベアトリクスが、ありがとう! と遠慮なくお菓子をつまんでいる。
妙に慣れている感じが何となく怖いのだけど。
「さて、今日は魔物退治の申請だね」
「うん。言われたとおりに書いてきたわよ」
ベアトリクスがパブで書き上げたばっかりの申請書をテーブルに置いた。
アドルフ町長は、ベアトリクスの随分と砕けた物言いを気にも留めず、簡単に目を通すとにこりと笑った。
「なるほど、一七五の会か。ということは今後人数が増えるのかな?」
町長は一七五の会のことを知っている。
去年の女神様の祭日にケーキを持ってきてくれた時に、院長先生に話を振られた私が説明しているからだ。
「増えるかも。人数が増えたときは名簿を新しくすればいいわよね」
ベアトリクスはさも当たり前といった顔だ。
「そうだね。そうしてくれるかな」
町長は簡単に答えると、条件を二つ出して、私達が二つとも了解すると、あっさり申請を承認してくれた。
町長がベアトリクスに一枚の紙を渡した。
ベアトリクスは中身を確認している。
「前見せてもらった下書きと変わってないわよね?」
「そうだな。儂のサインが加わったくらいだな。それと、日付だ」
多分、魔物退治を正式に承認した事を書いた証書だろう。
確認し終わったベアトリクスが、いいわよ、と言うと町長が私に向き直った。
「そう言えば、遅くなったな。お誕生日おめでとうジャンヌ。ここでは公人だから、言葉だけで申し訳ないが」
私達の記念すべき第一歩の証よ、とベアトリクスが許可証と書かれた紙を渡してくれると同時に町長がお祝いの言葉を言ってくれた。
日付は今日になっている。私の誕生日だ。
「あんたが持っててよ、私は失くしちゃうかもしれないから」
町長にお礼を言う前にベアトリクスがニヤニヤ笑いながら言ってきた。
あっ、これって、もしかして誕生日プレゼントの代わりなのかな。
ちょっと、嬉しいかも。
「ジャンヌ。遠慮せずにお菓子を食べなさい」
「あっ、はい。色々ありがとうございます。いただきます」
「儂にとって、お前さんらは孫みたいなものなのだ。もうちょっと砕けた物言いをしてくれたほうが、爺としてはうれしいのだがなあ」
「そうよ、ジャンヌ。あんたも爺孝行しなさい」
言うに事欠いてあんたねえ。
町長は、ただただ、笑っていた。
ともあれ、私達の目論見の第一段階はクリアしたようだ。
貨幣の設定について説明します。
金貨1枚(10万円程度)=銀貨20枚(1枚5千円程度)=銅貨400枚(1枚250円程度)
他に、中銅貨(1枚125円程度)、小銅貨(1枚62.5円程度)としてあります。
価格設定について、異論は認めます。