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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第二部 第七章

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第十一話 王家の依頼 

 金曜日になって、マルセロさんが王都から帰って来た。

 同時に、ゴブリンを除くマルセロ商会の全員が招集された。


「実は、王都で新しい仕事の依頼がありました」


 いつものニコニコ顔ではない。


「場合によっては断らなければなりません」


 王都の依頼なのに慎重な態度だ。アンジェリカさんも、真顔の鬼モードに入った。


「王都の依頼って、国王様から?」

「そうです。ヘンリー様を含め、皆さんお揃いでした」


 となると、お歴々が揃った事になる。それどころか、ロバーツ様までいたらしい。


「断れるの?」

「無理なら断っても良い、と言われました」


 人選を含めて、マルセロ商会で出来るかどうかの検討も依頼されたらしい。


「何をやればいいんじゃ?」


 パウルさんに促されて、説明が始まった。


「今年の頭にプライモルディアとエングリオで諍いがありましたよね? そのうち、国境の山地の砦がエングリオに攻略されました。その砦の奪取を試みる作戦に参加して欲しい、との依頼です」


 戦争だ……。


「儂らは傭兵ではないぞ。戦争はやれん」


 パウルさんの言う通りだ。戦争は嫌だ。


「それが、魔物退治なんです」

「?」




 マルセロさんの話では、エングリオは魔物を操る術を身につけたらしい。どうやら、滅びの町が絡んでいる、との事。


「つまり、サボーディネイションを使うやつらが、ガーゴイルを操って砦を落としたと言うのか」


 以来、ガーゴイルが砦を占拠しているらしい。

 なにせ、食料が要らない。操っている者がレヴァントなら、そいつを滅ぼさない限り動き続けるだろう。


 パウルさんによれば、砦は険しい山の中で冬になれば雪に降り込められるとの事。

 エングリオとプライモルディアを結ぶ唯一の街道が通っているところにあるから、そこを抑えた者が国境を制する事になるようだ。勿論、海路での輸送も可能だが、一年前に逆戻りする事にはなる。

 最初の雪が積もった時に相手を全滅させれば、春まで気付かれないだろう。


 パウルさんが、信じられん、と呟いた。


「王宮警護官が保証しました。間違いないでしょう」


 ヒューズ様の事らしい。今まで知らなかったが、斥候の元締めだった。つまり、ボニーの目標になる。


「でも、本来は、王国軍の仕事でしょう。どうして、うちに依頼が来たの?」


 アンジェリカさんの言う通りだ。従軍経験者がいるとはいえ、砦の攻略は軍隊の仕事だ。


「エングリオの目を逸らすためだそうです。セルトリアが絡んだ事を気付かれてはいけないと。王都域では冬季攻勢を仕掛け、ロバーツ様が北東の森の魔物に攻撃を仕掛けます。その間に砦を奪取し、セルトリアの仕業では無いと思わせるようです」

「儂らだけでやるのか?」

「いえ、王都域猟兵隊が参加するそうです。指揮官はウィルソンさんです。彼の存在は外には出ていませんからね」


 そう言えばそうだ。ヘンリー様お気に入りの国家戦略研究所の所長で詠唱した後なら飛行術のお椀が使える、と言うだけで、普段は碌に魔法を使わない。魔法を使ったのを見たのはゴブリン救出作戦とタコ退治くらいで、あれは流石に他国の斥候も知らないだろう。特に今は、国内の地図の作成と、フローラに教えて貰った畑地の改良に取り組んでいると聞いた。見た目も普通の男性だ。


「ヘンリー様達は行かないの?」

「王族の方々は、年末年始は王都で宰相と共に他国の使節相手に接待です」


 つまり、国の上層部は全員、何らかの形で公務を遂行中という事か。しかし、ウィルソンさんと猟兵隊だけでやれんのか?


「プライモルディア軍は参加せんのか? 元の砦の領主だろう?」

「参加しません。プライモルディアにはエングリオ軍が駐留しています。相手の王族は兎も角も、エングリオに通じている貴族から漏れたら事なので、セルトリアだけでやるようです」

「攻略した後はどうするのだ?」

「わが国の斥候が、プライモルディアの斥候に何者かに奪取された事だけを伝えるようです。その後は、プライモルディア次第だと」


 これは……果たして、やっても良い事なのか?

 下手をすれば、プライモルディアとの同盟が切れないかな。


 パウルさんが腕組みをして考え始めた。

 しばらく、天井を向いていたが、ついに、その方が良いの、と言った。




 パウルさんの言葉を受けてマルセロさんが説明を続ける。


「相手が相手だけに、回復を含めた神聖魔法が必要です。そして、飛行術が使える事。テレポートの魔法陣が扱える事。そして、これが大きいのですが、サボーディネイションが使える事。以上が、ウィルソンさんが出した条件です」


 この三つの条件を満たす集団は、マルセロ商会しかないそうだ。

 そりゃあ、そうだろう。サボーディネイションはロビンソンさんにしか扱えない。


「作戦の詳細は、依頼を受けてからだそうです。もし受ける場合は、ゴブリン斥候隊にも参加して欲しい、との事でした」


 これを聞いたパウルさんとロビンソンさんが頷き合った。受ける気だ。


「商会長さえ良ければ、受けたいところだな」

「作戦期間にもよりますが、斥候隊は六名の内、二名なら出せます。新たに参加した群れにはまだ任せられませんから。ただし、長期間になった場合は、町との連絡役として、フローラが通訳として必要になりますよ」


 期間は、年末年始を挟んだ一週間ほどらしい。

 それならば、と通訳不要となった。

 しかし、もう来週の半ばには出ないといけない。フィオナの部屋は完成したが、調度が揃っていない。少々忙しいのだが。

 それに、戦争のきっかけになるかも知れない。


「その通りです。それに、途中でバレた場合は、国家反逆罪が適応されかねません。もし、そうなれば、一族皆殺しです」

「国家反逆罪!」


 ベアトリクスが声を上げた。


「そうです。今、セルトリアが最優先に片づけなければならないのは、魔王の討伐です。エングリオと事を構える訳には行きません。死体は必ず持ち帰る事になっていますが、全ては非正規の活動です。万が一、死体がエングリオの手に渡り、身元がバレた場合は、犯罪者集団に個人的に参加した事になります」

「そんなので、胡麻化せるの?」

「他に方法が思いつかないそうです」


 普段来ている緑マーブルは厳禁だそうだ。なにせ名前入りの刺繍が入っている。幸いな事に、秋冬用の予備があるので、用意は出来るが……。


 これは私の推測ですが、と前置きしてマルセロさんが解説を始めた。


「今回の作戦が成功した場合、エングリオがプライモルディアを制圧する事を先延ばしに出来ます。今、セルトリアは魔王軍と戦っています。この状況でエングリオが理由も無く攻め込んで来ても、他国は我が国に援軍を送ってくるでしょう」


 確かにそうだろう。去年までは皆で一緒に戦ったのだ。


「エングリオは先の戦争で、セルトリアを攻略出来ませんでした。次に打ってくる手は、セルトリアが動けない間に、メディオランドが簡単に援軍を送れない同盟国の攻略だと思われます。プライモルディアとレグネンテスです。この二国がエングリオの手に落ちた場合、セルトリアは南と西と海の三方向からの進軍に晒されます」


 腕組みしたパウルさんが頷いている、同じことを考えているようだ。


「一時的ではありますが、依頼された砦の奪取は、国土防衛の手段とも言えるでしょう」


 自警団は防衛戦にのみ参加する。マルセロさんとしても、納得できる理由が欲しいのだろう。


「行ってもいいわよ。報酬次第だけどね」


 ベアトリクスが賛成に回った。


「ただし、相手が魔物だけの場合に限るわよ。もし、エングリオ兵が砦を守っていたら、途中棄権してもいい?」

「その条件は、この話があった時に伝達済みです。その場合は、作戦そのものを中止するとの約束を頂きました。エングリオ国内への内偵の結果は、国王直属の特別編成された部隊のみが砦に派遣されているという事だそうです。そして、監視している斥候の偵察の結果、正規、非正規を問わず、人間のエングリオ軍はいない、との事だった様です」

「なるほど、空から急襲されたのか。ガーゴイルなら食料もいらないし、勝手に動く。最初に砦の攻略と維持の指示を与えておけば、術者も後から行けば良いしな」


 パウルさんが呟いた。

 そういえば、砦が落とされた理由が分からない、と言っていたな。


「報酬は商会全体で金貨二百枚です。手数料を差し引いて参加者で頭割りします。どうでしょうか?」

「行くわ」


 ベアトリクスが即答した。

 マルセロ商会八人とゴブリン二人一組が参加したとしても、手数料を差し引いて、一人金貨二十枚になる。簡単に稼げる額では無い。贅沢を言わなければ、一家族二年分の生活費になる。




「まず、他の事情があって、年末年始は中の原に残らなければならない人はいますか?」


 誰も手を上げない。


「リュドミラ。あんたは大丈夫なの?」

「一週間なら大丈夫」


 試験場の蕪を植わったまま山羊に食わせるだけらしい。その位なら、誰でも出来る。平坦地の土地は、今年の冬は何もしなくて良い。

 年末年始は、例年、雪に覆われるから石塀も作らないだろう。皆、お酒を飲むから、周囲には魔物退治で忙しいとでも言えば良い。

 実際、帰ってきたらすぐに渓流の南へ行き、クマやオオカミを相手にしなければならない。


「では、全員参加可能と言う事で良いですね。では、参加しても良いと言う方は……」


 全員が手を上げた。私が手を上げるのを見て、フローラやフィオナまで手を上げている。


「あなた達は無理に来なくてもいいのよ」


 アンジェリカさんが言うが、行きたいと言う。


「私は夜目が効くし、ガーゴイルの言葉も分かるのよ。連れていって損はないと思うけどなあ」


 確かにその通りかも知れない。


「私も夜は平気です。それに、相手が神聖魔法さえ使わなければ、少なくとも負けませんよ」


 フィオナには物理攻撃も魔法攻撃も通用しない。ある意味、魔物相手には最強かもしれない。どちらかと言うと、あっちの側だし。


「アンジェリカさんは子供の面倒は大丈夫なの?」

「テレポートの魔法陣が使えるなら、通勤可能でしょ?」


 この人は戦場に通勤する気だ。

 マルセロさんが何も言わない所を見ると、そのつもりなのかもしれない。王都と中の原は繋がっている。後は現地と繋げば良いわけだ。国王様の許可が必要だが、その国王様の依頼だ。


 結局、通勤前提が一人いるが、八人の全員参加が決まった。

 年末年始は店を閉めても問題ない。

 金貨二十枚か。フィオナの調度と、春になったら子豚を買えるな。




 マルセロさんはトンボ返りで、王都に行ってしまった。もう引き返せないので、皆で相談する。


「ホントに退治出来るの?」


 ベアトリクスが聞いて来る。

 受けておいてこれだ。


「要はガーゴイルをサボーディネイションで手懐けて、順に壊せば良いのだろう?」

「どう考えても、はじめにガーゴイルが襲って来るわよね」

「そこは頑張って退治するしか無いな。猟兵隊もおるし大丈夫だろう」


 パウルさんは楽観的だ。それとも、私達を安心させようとしているのだろうか?


「ガーゴイル以外の魔物はいないのでしょうか?」

「仮におったとしても、生きとるのは維持するのが大変だぞ。飯は食わさなきゃならんし、寒さに強ければ良いが、そうでなければ、暖房まで考えなければならん。攻略した後、ほったらかしにするのも、それが理由だろう。どうせ雪に塞がれる。エングリオが陸路を攻めて来る事は出来ん」

「また、ガーゴイルが飛んで来ないかな」

「結界でも張れば良いが、教会は噛んでおらんじゃろうな。要は、術者を倒す事だろう。恐らく禁呪を使うレヴァナントだろうが、一人でも多く減らせば大いなる成果になる。それに、一度ガーゴイルに襲われた経験があれば警戒も対策も出来とるだろう。平坦地の北の砦の対空バリスタを見たか? 聖水を運び込んで、ああいうのを仕掛けておけば、そう簡単にはやられんぞ」


 プライモルディアが占領し直した場合、エングリオより平地が近いので、春に兵を派遣したら早く着くらしい。上手く攻略出来たら、雪融け早々に兵を派遣して欲しいものだ。




 マルセロさんが帰ってきた。

 夜更け近いが皆で待っていたのだ。


「皆さん。待っていてくれたのですか? 遅くなって申し訳ありませんでした」

「話はついたの?」


 ベアトリクスがせっつくが、まずは一休みだろう。

 アンジェリカさんがワインを出してくれた。

 最近は、羽振りが良いせいか、大陸産だ。

 皆で、軽く乾杯する。


「作戦案が王陛下の承認を頂いたそうです。私達以外の参加兵力は、猟兵隊三十。この度発足した降下猟兵と呼ばれる選抜された猟兵です」

「降下猟兵? なんじゃそれは?」


 パウルさんも知らない様だ。


「お椀……超上級魔法使いが使える大型のお椀に乗って、空から敵地へ侵入し戦闘行動を行う事を専門にするそうです。現時点では公にはしないそうです」


 特別に教えて貰いました、とニコニコしている。


 どうやら、ゴブリン脱出作戦の様な事を専門にやるらしい。弓兵、魔法兵、軽装歩兵の混成部隊で、各地の猟兵隊から選抜して作ったようだ。

 あの作戦の時は、訓練中だったようだが、上手くいった。いわばあれが試金石で、その結果を受けて正式に発足が決まったようだ。


「儂らの役割は何だ?」

「先発です。西の原から出発します。既に潜入している斥候と合流し、テレポートの魔法陣で西の原王国軍と繋ぎ、兵力を移動させることが最初の役割です。その後は、降下猟兵と共に砦に攻めて行き、サボーディネイションでガーゴイルを操り返している間に、ウィルソンさん率いる降下猟兵が、ガーゴイルを操っている者を強襲滅殺、砦を奪取。ついで撤収となります」


 そう上手くいくのだろうか。第一、操っている者がどこに居るのか分からない様に思うが。


「相手は、やはり禁呪を使ってサボーディネイションを使っている可能性が高いそうです。それならば、本家のロビンソンが操り返す事は可能だ、とウィルソンさんが言っていました。ロビンソンが操ったガーゴイルから情報を得て、敵の術者の位置を特定します。恐らく、大丈夫でしょう」


 禁呪を使えば、託宣師の宣託無しでも新しく魔法を覚える事が出来る、と聞いた。

 しかし、所詮は真似事で、本家には敵わないとの事。

 もし出来なければ即時撤退のようだ。


「出発はいつだ?」

「私とパウルさんは先発として斥候に合流する必要があります。なので、木曜には出発します。他の皆さんは、テレポートが繋がった時点で、本隊と一緒に来て下さい。私達が出発してから偵察に一週間を見込んでいます。その後本隊が到着したら、一気呵成に奪取します。上手くいけば、一月最初の週末は中の原で過ごせますよ」


 皆が了承したかと思ったが、待ったを掛けた者がいる。ベアトリクスだ。


「ちょっと、待って。私とジャンヌも先発に参加するわよ」


 どうして、私の名前が出てくる?


「構いませんが危険ですよ」

「大丈夫よ。フローラとフィオナがいるのよ。夜目が効くわ。その方が安全よ」


 まあ、確かにそうだ。


 フローラもフィオナもやる気の様だ。


「フローラ、寒さは大丈夫なの?」


 年中花を咲かせているようだが、枯れないだろうか。


「大丈夫よ。こう見えても精霊よ。ゴブリン達もそうだけど、凍死はそうそうないわ」


 なるほど。

 しかし、そうなるとだ……。


 案の定、リュドミラとボニーが行く、と言い出した。


「駄目よ。そんなに大勢で行ったら目立っちゃうでしょ」

「行くもん」

「私は斥候目指してんだよお。先発がいいよお」


 リュドミラは兎も角も、ボニーの言い分は妥当だろう。これにはベアトリクスも言葉に詰まった。自分の方が行く必要がないからだ。


「じゃ、じゃあ、一七五の会は、皆で行くという事で……」


 マルセロさんが苦笑し、パウルさんがため息をつく。


「アンジェリカ。ネズミ退治はよろしく頼むよ」


 マルセロさんがニコニコと言い、六人揃っての参加が決まった。

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