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第四話 幽霊の出る砦②

 幽霊は真夜中に出る。

 そう言われているので、皆で広間に集まって頃合いまで待つ事にした。


「出る場所は決まってるの?」

「決まっとる。海の近くに塔があるだろう。昼間登ったあそこだ」


 ベアトリクスが聞くと、ヘンリー様が窓から見える塔を指差した。


 真夜中に正門の上の櫓から塔を見ると、塔の上に立ってこちらを見ているそうだ。人が登って行くと、決まって海の方に移動し海を見ているらしい。

 不思議なもので、正門上の櫓からしか見えないらしい。

 季節を問わず白い服一枚で出るようだ。真冬の荒れた海の冷たい風に当たっていては寒いだろうに。


「いつも出るの?」

「決まって月の無い夜に出る。満月や半月はおろか、細い三日月でも出んな」


 てことは、一か月に一回見るチャンスがあるのだな。今日は新月だ。

 王都で二泊もした理由がそこだな。

 お陰で演劇やら観光やら宴会やら色々楽しめた。

 しかし、随分と規則正しいな。


「攻め落としたのが新月の夜だったのですか?」


 流石は専門家。直ぐに分かったようで、ヘンリー様が頷いている。


「そうじゃ。相手が逃げやすい様に、あえて月の無い夜に総攻撃をかけた。それから、一月後の新月の夜から出る様になった」


 以来、神官が呼び出さなくても、毎月律義に姿を現しているらしい。

 どうやら、几帳面な幽霊らしい。

 今夜もきっと出るだろう。


「なんなら、ここで待っておって、見張りの者に出たのを確認させても良いが……」

「それは勿体ないですね。折角来たのですから、最初から見させて下さい」


 何が勿体ないのかは良く分からないが、マルセロさんの言うように、夜半近くに皆で正門上の櫓に移動する事になった。



 櫓は石造りで、門の上に人が配置出来るように広くなっていた。門の上の二階部分は部屋になっている。足元には目の細かい鉄格子になっている部分があって、門に攻め込んだ敵の姿が見えるようになっていた。

 梯子を登って、上に上がると外壁より一段高く、三階建て程度だ。外側が胸壁になっているから、戦闘になったら弓兵や魔法兵が配置されるのだろう。


 砦側の窓から覗くと、中央の館越しに塔が見える。要所に松明を掲げてきたので、闇夜に浮かび上がっているようだ。雰囲気満点である。

 櫓は屋上で三階建ての高さ、塔は四階建ての高さになる。幽霊に見下ろされるわけだ。


「まずは何を見ているか、ですね」


 マルセロさんが言うには、幽霊がこの世にとどまるのは、目的があるらしい。その目的を達成すると安心して昇天していく。


 神官は人の死に立ち会う時、死にゆく者の心の苦痛を取り除く事が務めの一つになる。

 死んで後、幽霊となった者のこの世にとどまる目的、つまり未練を解消させるのも含まれる。


 私の母は私を身ごもっていた時に、戦争が原因で大怪我をし、避難先の孤児院で、その命と引き換えに私を生んだ。

 その時に、私を育て無事に成人させる事を院長先生とジェニファー先生に誓約していただいたそうだ。その言葉を信じて亡くなった。だから母は幽霊にならなかったのかも知れない。




「最初は、ここ以外では見る事が出来ないのでしょうか?」


 こういった役割は、本来神官の私がしなければいけない事なのだが、経験年数自体はマルセロさんの方が遥かに長い大先輩なので、お任せする。


「そのようだの。いきなり塔に行ってもおらんし。他の場所で見えなくても、ここでは見える。ここの窓で見て、それから塔に登るのが順序になっとる」


 正門上から見ないといけないとは、ここに何かあるのだろうか?


「始めにここを閉めておいて、誰かが先に塔に登ってて、それから、ここを開けたりしたら、駄目かなあ?」


 怖いもの知らずの魔法使いが恐ろしい事を言う。

 呪われても知らないぞ。


「やって見たが、結果は同じだ。先に塔に登っておった者には見えんかったようだ」


 やってるんかい!


「ここの窓を開けずに隙間からこっそり覗いても、駄目でしたね。明け方近くまで粘ったのですが、開けるまで見えませんでした」


 エレノア様も同類だった事を忘れていた。


「この国の王族はどうかしてるの?」

「だから俺が就職出来たんだよ」


 メルとウィルソンさんがこっそりやりとりしているのは、聞こえなかった事にした。




「この窓はいつも開け放っているのですか?」


 幽霊の呪いをものともしそうにない三人の言動は兎も角も、マルセロさんの調査は続く。


「雨が降らんかったら開けとるはずだ。監視も出来んし、カビが生えるからな」

「こちら側もですね」


 砦の外側の窓を指差して聞くと、そうだ、と返って来た。こちらの窓からは、村の家並みが見える。月のない真夜中だから何も見えない。真っ暗闇だ。




 そういったやり取りを幾つかした後、門番の兵士にも聞き取りをする。 皆見ているのだが、ただこちらを見ているだけなので、あまり気にしていないらしい。流石は日頃から魔王軍を相手にしている王国軍兵士だ。肝がすわっている。ただし、新月の夜は塔の巡回は途中までにしているようだ。


 では待ちましょう、という事になり、ワインを飲みながら皆で待つ事にした。




「儂とエレノア以外で幽霊を見た者はおるか?」


 マルセロさんとパウルさんとメルとフローラが手を上げる。

 マルセロさんと精霊二人は兎も角も、パウルさんは意外だった。

 戦場跡で見たらしい。

 戦場で死んだ者の幽霊は、そのほとんどが人に危害を加える。三人が見たのもその類で、派遣された神官に退治されたようだ。


「私が見た範囲では、無害なのは一体だけですね。寝ている内に、不意の事故で亡くなった方だったんですが、自分が死んでいる事に気付いていないようでした」

「どういう風に対応したんですか?」

「ご家族の方と一緒にお墓を暴いて、本人に見せたら納得したのか昇天しました」


 本人にとっては衝撃的な結末だろう。

 出来れば、自分の腐乱死体は見たくないものだ。死ぬ時は、しっかりと死なないといけないな。




「そろそろ出る頃だな」


 ワインが二本ほど空いた頃、蝋燭が一本消えた。真夜中だ。

 新しい蝋燭に火を灯していると、ベアトリクスの声が聞こえた。


「出た! きっとあれよ」


 皆で一斉に窓から覗く。


 いた!

 白い服を着ている。髪が長いから女の人だ。

 真っ暗闇の中に、ぼおっと白く浮かび上がっている。

 しかし、やっぱり夜だけあって、表情までは良く分からない。


「フローラ。どうです? こちらを見ていますか?」


 フローラは夜目が効く。精霊だから遠目もすこぶるつきだ。教会神官の持たない秘密兵器と言って良い。


「いえ、違うわね。少し上を見ているわ」


 ならば、と屋上に上がる。


「きっと、ここね。ここを見ているわ」


 フローラが左右に動いて位置を特定した。真後ろは胸壁の狭間になる。

 幽霊は、塔から正門上の胸壁の狭間を通し町の方を見ているわけだ。


 幽霊の見ているらしい狭間に印をして、いざ会いに行く事になった。




 塔に登ると、幽霊は既に移動していて海を見ている。

 白い服から、服の色と同じくらい白い手首と足首が出ている。

 この寒いのに裸足だ。

 手の指も足も綺麗だ。お貴族様かも知れない。 


「フローラ、お願いします」

「分かった」


 フローラには幽霊が見ていた場所の特定をお願いした。

 このままでは、何もしなくても夜明けとともに幽霊は消えてしまう。来月の新月まで、可能な限りの情報を集めておかないといけない。


 しばし、フローラを待つ。その間、幽霊はただ海を眺めている。


 海のどの辺りを見ているのか。

 マルセロさんは、それを調べたい、と言っている。


 声を掛けたら、声の主の方に向いて来るらしいので、皆黙っている。


 目線の上下については、離れているところに立ったマルセロさんが、板にくっ付けた糸の先に石を吊るした物で横顔を測って角度を調べている。

 幽霊の目が正面を見ている事が前提になるが、横目で何かを見ていたら仕方が無い。


 ヘンリー様の話では、海の中は人を潜らせて捜索済みだそうだが、改めて捜索したところで問題は無い。


 マルセロさんが角度を確認できた頃、メルがOKを出した。視線の先の風景を見極めたのだろう。




 ここからは、私の担当だ。


「あの、ちょっと、よろしいですか?」


 横から声をかけると、幽霊は体の向きを変えて私を見た。幽霊の方が背は高いから見下ろされている。

 青白い顔をしているが、整った顔立ちの美少女だ。

 髪の毛も見た目は白いのだが、生前は恐らく金髪だ。

 なんとなくそう思った。

 気品の様なものを感じる。お貴族様確定だな。


「助けて欲しいの」


 幽霊が呟いた。あたりをはばかるかの様な、か細い声だ。

 寒い中、吐く息は白くない。


「誰を助けるのですか?」


 こちらの目を見つめてくる幽霊に聞く。


「助けてくれたら、教えてあげる」


 これが秘密と言う奴だな。


 ジッと見つめてくる。


「私にあなたの手助けをさせて下さい。誰を助けるのですか?」


 やや、沈黙が続く。


「助けて欲しいの」


 頷いてあげる。


「助けてくれたら、教えてあげる」


 なるほど、なるほど。

 まだ私を信用していないのかも知れない。


「あなたの助けたい方のお名前を私に教えて下さい」


 助ける対象が分かれば、なんとかなるかも知れない。


「助けて欲しいの」


 なるほど。


「助けてくれたら、教えてあげる」




「もういいんじゃないの? 祈祷して昇天させちゃおうよ」


 二十回ほど繰り返したところで、気の短い魔法使いが焦れて来た。

 きっと、院長先生も同じ様に焦れたのだろう。


 一旦、幽霊から離れてマルセロさんに相談する事にした。


「このままでは、埒があきません」


 繰り返しでしかない。一夜、二夜では片が付くとは思えない。


「助けて欲しいの」

「うわあ!」


 いつの間にか真後ろに立っている。

 思わず後ずさりすると、ついて来る。


「助けてくれたら、教えてあげる」


 にっこり、笑った。

 綺麗な顔だけに、少々怖い。


「どうやら、気に入って貰えたようですね」


 人の気も知らないで、マルセロさんがニコニコしている。

 まさか初見の幽霊に祟られたのか?


 物は試しに、歩いて場所を変えると、ついて来た。

 ニコニコ笑っている。


「あの、なんで私について来るんですか? お腹が空いているんですか?」

「助けて欲しいの。助けてくれたら、教えてあげる」


 それしか言わない。

 ひたすら人の後をつけて来る。

 走ったら、向こうも走り出した。


「助けて欲しいの。助けてくれたら、教えてあげる」


 逃げたら恐怖心が増す、と分かっているのだが、もう駄目だ。怖い。

 心臓の鼓動が激しくなった。


「ジャンヌ。そのまま走って逃げて! 塔の外へ出て下さい」


 逃げろって、マルセロさん。助けて下さい!


「助けて欲しいの。助けてくれたら、教えてあげる」


 塔の階段を駆け下りると、相手も音もなく駆け下りて来た。

 後ろを振り返る必要はない。すぐ近くで声が聞こえるからだ。


「あんた、幾つか喋ったら消えるんじゃなかったの?」

「助けて欲しいの。助けてくれたら、教えてあげる」




「ジャンヌ~! 頑張れ~!」

「転ぶな~! 走れ~!」


 塔から外に出ると、頭の上から妙な声援が聞こえて来る。

 一体何を頑張れと言うのか。


 メルが飛んできてくれた。


「ジャンヌ。頑張って。マルセロさんが、正門の櫓に行けって言ってるわよ」


 正門か。何か判ったのか……。


 頑張れ、頑張れ、とメルに応援される中、背後で繰り返される幽霊の声を聞きながら、ライトの光で足元を照らしつつ正門まで走る。

 光を幽霊に向けたい衝動に何度もかられたが、なんとか我慢して走った。




 正門に行くと、門番の王国兵が、びっくりしてこっちを見ている。

 そうりゃあ、そうだろう。

 血相を変えた神官が、精霊に応援されながら幽霊から必死になって逃げているのだ。


 揃って、白銀の剣を抜いた。




「大丈夫です。このままにしておいて下さい。幽霊には手を出さないで下さい」


 とりあえず道を開けてくれ、と叫ぶと避けてくれた。

 その間も、すぐ真後ろから幽霊の声が聞こえて来る。

 やたらとハッキリ、しかも何故か楽しそうだ。


 階段を駆け上がり、梯子をよじ登り、印をつけた狭間まで来た。

 ここが幽霊の見ていた場所のはずだ。


 振り返ると、幽霊がニコニコ笑いながら、こっちを見ている。

 繰り言を止めてくれただけでもありがたい。

 こちらは、完全に息が切れて肩で息をしているのだが、幽霊は全く変わっていない。裸足で走って来たくせに足元も平気な様だ。


「ジャンヌ。印から外を照らして。なるべく遠くまで届く様に」


 フワフワとこちら向きになって、私の前に浮かんでいるメルに言われるがままに、村の方へ向けて光を放つ。


「も少し上。ちょい、左。あんた邪魔よ。ちょっとどきなさい」


 メルが両手で犬を追い払うような仕草をしながら指示を出してくれる。

 流石は風の精霊、幽霊なんかに遠慮をしない。

 後ろを振り返ると、伝わったのか幽霊は大人しく離れた場所に移動していた。


 塔の幽霊がいた辺りに炎が灯っている。

 松明ではなさそうだ。ベアトリクスだろうか?

 メルは上下左右に動くその炎を見ながら、こちらの光を調節しているようだ。


「ちょい上。そうそう、そこよ。強くして」


 両手を使った目一杯にした。遠くまで届く様に細く絞る。


 光の先に何があるのか……。


「そのまま照らしててね」


 メルが光に沿って飛んで行った。


「ねえ、何があるの?」


 光を維持しないといけないので、振り返れない。

 黙っているので、いるのかどうかも分からない。


「ねえ、何か言ってよ」


 こうなると黙っていられる方が怖くなってきた。


「助けて欲しいの。助けてくれたら、教えてあげる」


 まあ、そうだな。やっぱり黙っていて貰おうか。

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