Backyard of 野良神官⑥
1章と2章の間の話になります。
設定説明になるので、投稿せずにお蔵入りさせた部分の改変版です。
ベアトリクスと一緒に出勤する。
マルセロ魔道具店がマルセロ商会になってからというもの、まずは商会の事務所に顔を出す事になっている。
朝とは言え、既に暑い。
木の葉っぱも色濃く硬くなり、これ見よがしに夏をアピールして来る。
流石のベアトリクスも、暑さのせいでしっかりと目を覚ましていて、いつもの様に半分寝ながら歩いてはいない。
「暑いわね」
鳥のさえずりが聞こえて来るたんびに、我儘な魔法使いが文句を言っている。
鳥に文句を言っても仕方あるまい。
「そう思うなら、早く氷の魔法で氷室作ってよ」
「あれは中級魔法覚えなきゃ無理よ」
お金持ちは庭に特別な小屋を作り、お抱えの魔法使いに壁や天井を氷の魔法で作った氷で覆わせた氷室で過ごすらしい。
氷室があれば、最低でも二時間は涼しいのだ。
溶けた水は、床下に貯まる様になっていて、クランプ・ウォーターで排水すれば、再利用できる。
私達はそれが出来ないので、軽く湿らせたタオルをベアトリクスにフリーズで凍らせて貰い、首に巻いている。
これだけでも大分違う。値段が安い事もあって、夏に土木工事をする人達なんかにはベアトリクスの魔力が尽きるほどの需要がある。
無論、夏限定なのだが、マルセロ商会の売れ筋の一つでもある。
マルセロ商会には、上級魔法を解禁したアンジェリカさんがいるのだ。
近所で土木工事を請け負っている所に売り込んで、お昼時に作業員の休憩所用の氷室を作りにいっているくらいだ。
エプロン姿で大きな穴を掘って、皆が交代で休める氷室を作っているらしい。なにせ、上級魔法使いが作るのだ。お昼前に作ったら、夕方まで冷えているそうだ。
ついでに、サービスでオッサン達の飲む水を冷やし、事前に渡して貰ったタオルを綺麗に洗って、現場に行く時に冷やして渡しているそうだ。
最近は、ベアトリクスも一緒に行って洗ったタオルを冷やしているのだが、なにせ店のオッサンたらしが二枚も揃っている。随分と評判が良いらしい
仕事を請け負う日は、人数が少ないから毎日は無理だ。なので、日を決めて申込者のくじ引きで決めている。
いつだったか、くじ引きで当たりを引いたオッサンが飛び跳ねて喜んでいた。
アンジェリカさんとベアトリクスが来るか来ないかで、作業員のやる気が変わってくるらしい。雇い主も大変だ。
元はベアトリクスの作ってくれた冷やしたタオルを、オッサン達に自慢したのがきっかけだったり。
それが、商売のタネになるのだから、ベアトリクスも大したものだ。
「おはようございます」
「よう、一七五の会。おはよう。今日はネズミ退治かい?」
「はい。後で鶏ガラを貰いに行きますからよろしくお願いします」
途中で、オーウェンさんがお弁当を売っている所を通ると、真っ黒に日焼けした作業員のオッサン達が列を作っていた。
お昼御飯用のお弁当を買うのだろう。
「おはよう。今日も暑いから気をつけてね」
「よう。ベアトリクス。おはよう。お前達も気をつけるんだぞ。待ってるからな」
ベアトリクスの知り合いらしい。
きっと、タオルを冷やしてあげるのだろう。
商会事務所に行くと、黒い指輪の代わりに、青い石の指輪をしているアンジェリカさんが、いつもの様にエプロン姿で履き掃除をしていた。
「アンジェリカさん。おはようございます」
「ベアトリクス、ジャンヌ。おはよう」
「アンジェリカさん。その指輪は?」
早速、ベアトリクスが聞いている。
「うふふ。アルベルトの形見よ。魔法防御が気持ち上がるらしいわ」
ニコニコと指輪を見ている。
お兄さんの名前が言えるようになったのが、嬉しいのだろう。
「てことは、マルセロさんも?」
「そう。お揃いよ」
はいはい、朝からご馳走様でした。
事務所に入ると、新しく商会長になったマルセロさんがパウルさんと何やら相談していた。
「おはようございます」
「おお、お前達来たか。ちょっと、相談がある」
何かと思っていたら、巻物談義を凝らしていたらしい。
「今度からイノシシ退治を請け負うだろう。しかし、イノシシは重い。なので、テレポートの巻物を使おうと思っとるんだ」
「テレポートの巻物って高くない?」
確か、金貨一枚のはずだ。
「それが安く作れるんだ」
売り物が高いのは相場というもので、自分で作る分にはタダらしい。それはそうだろう。自分で作った物に自分に金を払う必要はない。
「テレポートの巻物は、特殊なので色々手続きがあるのですが、それさえ通れば自作したものはただで使えます。今回マルセロ商会で魔物退治を請け負う事が承認されましたから、我々が請け負う仕事の範囲は、必要経費扱いに出来ます」
お揃いの指輪をしているマルセロさんが言う。
それはありがたい。色々な魔法が使えるようになる。
「無論。巻物には材料費が掛かっている。なので、その質を落とすことにする」
「大丈夫なの? それ」
ベアトリクスが眉間に皺を寄せた。
最悪暴発するらしい。
「そこはそれ、腕じゃよ」
マルセロさんとアンジェリカさんなら大丈夫らしい。
「ただし、回復魔法だけは、売り物を渡します。僕の使える中級のヒールを渡しますから、ジャンヌの魔法で間に合わない場合は遠慮なく使って下さい」
ありがたい話だ。寄らば大樹の陰と言うが、マルセロ商会の話に乗っかって良かった。
ところで、巻物については以前から疑問がある。
「あの。同じ初級魔法でも、初級魔法使いと中級魔法使いでは効果が違いますよね? なのに値段が同じなのはどうしてですか?」
効果が違うなら、値段が変わってもおかしくは無いはずだ。
「巻物の効果は変わりません。初級ホーリーの巻物は、中級魔法使いが作っても初級です」
違うのは術者の出力であって、効果は同じらしい。
「例えば、体調の悪いジャンヌと体調の良いジャンヌでは、魔法の効果は違いますよね? でも魔法で使う魔力そのものは同じなのですよ。上手くコントロールされた魔力とそうでない魔力とでは威力が違いますが、魔法陣に体調は関係ありませんから」
フーン。そういう物か。
術者の魔法を蓄えるのではなく、魔法の発動のきっかけを与えるものらしい。
品質が安定している、という意味では良いのだろう。
「例外もあります。レヴァナントや悪霊を浄化するピュリフィケイションは、初級魔法なのですが、中級魔法使いが使うと威力が上がります。本来はホーリーの様に分けるべきなのですが、昔から呼び名が変わっていません。ヒールもそうですね。そう言った巻物は値段が変わってきます」
初級と中級で値段が違うらしい。
「神聖魔法系はそう言うのが多いかもしれんな」
パウルさんが言うには、属性魔法は全部名前が違うそうだ。
「何か理由があるんでしょうか?」
皆首を捻っている。
「最も歴史が古いのが神聖魔法と言われています。魔法は女神様に授かるものですが、名前や体系は人間が勝手に決めたのですよ。勿論、主に教会が主導した長年の研究の末なのですが、最初の頃は上手くまとまらなかったのかもしれませんね」
神聖魔法、属性魔法、その他魔法と分けられているらしい。
その他魔法は比較的新しい魔法だが、新しすぎて良く分からない魔法は全部そこに分類してあるそうだ。
「神官だけが使える魔法や神官には使えない魔法がありますよね? 神聖魔法という名前も、神官が使えるかどうかで決まったようです」
大まかに分けて、神聖魔法とそれ以外、という事になるのか?
「基本はそうなのでしょうが、所詮は人間が後付けでルール化しているだけですから、例外があちこちにあります」
良く分からないので難しい話はその位にして、実際に安物の材料を使って実験する事になった。
「まずは、意図的に暴発させましょう」
え? まじですか?
「大丈夫ですよ。ホーリーを使いますから、暴発しても被害は出ません」
魔法陣作成の練習は全て神聖魔法らしい。
「本来の巻物はきちんと広げないと発動しません。でも、ちょっと悪戯すると、勝手に発動します」
巻物を一本作って手に持たされる。
「実験開始!」
マルセロさんが発動の合言葉を唱える。
巻物を持った手に魔力が集まる感覚がある。
あれ? と思っていたら、いきなり巻物が光った。
「今の感覚が分かりましたか?」
「なんだか、魔法を唱える時のような魔力の集中を感じました」
「そうです。普通の巻物はそういった感覚はありません」
暴発する時はいくつかの前兆があるらしい。
その感覚を覚えておいて、巻物を発動する時に同じ感覚があったら、直ぐに手を離せ、と言われた。
「使うのはテレポートですからね。巻物を持った人間まで跳ばされかねません」
「跳ばされたらどうなるんですか?」
「融合するかも知れませんね」
「融合?」
「ええ。ジャンヌが巻物人間になってしまい、巻物を開いたらそこにジャンヌがいたり……」
「え!」
「……したら、面白いかもしれませんね。なりませんけど」
テレポートで跳ぶだけです、と悪戯っぽく笑っている。
全然面白くなんかないですよ。
その後、色々と安い材料…白く塗った使い回しの羊皮紙を二重にして表紙は無しとか、ごく普通のインクとかを使った巻物が作られた。兎に角テレポートは、一番の粗悪品になる予定だ。
暴発して跳ばされても、出口の魔法陣に行くだけだから、神聖魔法の次に安心らしい。通常は安全な時にしか使わないし、不発でも問題ない。例えばファイアー・ボールが暴発したら火だるまになってしまう。
「安くて質が低いですからすぐに伸びてしまうかも知れませんが、なるべく短期間で使ってしまえば大丈夫でしょう」
売り物は防水加工をするのだが、しないから水に濡らすな、と言われた。
「使った後も、不発の奴も全部持って帰って来て下さいね。使える物は心棒も含めて、全部再利用しますから」
いらなくなった羊皮紙があればほぼタダで出来るそうな。
ニコニコ笑ってはいるのだが……。
ホントに大丈夫なんだろうな。
しかしだ、せいぜいキツネの毛皮くらいしか持てなかったのが、イノシシを丸ごと運べるのだ。
討伐報酬は変わらないが、イノシシの肉は良い値段で売れるらしい。実入りが良くなるのは歓迎だ。
猟師のパウルさんが顧問になってくれるし、魔物退治屋の生活も充実するだろう。
マルセロさんにお礼を言う。
「頑張って討伐報酬を稼いで下さいね。その分で巻物を作って魔物退治部門で使う事にしましょう。そうですね、古い羊皮紙の購入に月に銀貨二枚あてるとして、ネズミを四十匹倒して頂いたら損はしません」
先月は、始めたばかりだと言うのに、七十四匹倒している。
なるほど。流石は商売人。
損はしないわけだな。




