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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第二部 第六章

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第四話 事前調査④

 ヘビはズルズルと穴から体を出しているようで、段々長い全身が見えて来た。確かにフェンリルでも巻き付かれそうだ。


「あんな化け物どうやって倒すの?」

「猟兵隊ではどうやってるんですか?」

「俺の知る限り、ヘビは記録が無いと思うぞ」


 ルイスさんの答えにもう一人の猟兵も頷いている。

 銀の矢をつがえてはいるが、ためらっているようだ。

 体が長い分、矢が何本か刺さったところで影響ないんじゃなかろうか。かえって、こちらの居場所を悟られて反撃されるかもしれない。

 ヘビは見かけによらず動きが早いと聞く。あんな大きいのに噛まれたら間違いなく死んでしまう。


「ホーリーを頭に何発か当てれば大丈夫でしょう」


 マルセロさんでも一発では無理なのか。


「穴に逃げ込まれたらやっかいですね」


 逃げてくれた方がいいかも……。




「穴に戻る時を狙うのよ」


 また、声が聞こえて来た。

 辺りを見廻しても誰も居ない。

 私以外は聞こえていないようで、息をひそめてヘビを見ている。

 ヘビはうねうねと穴から出て来てとぐろを巻いている。


「穴に戻る時を狙いましょう」


 誰だか知らないが助けてくれたのは間違いない。信じる事にした。あんなのが足元からいきなり襲ってきていたら避けられなかった。一人は死んでいたはずだ。


「ふむ。頭から穴に戻るだろうから、相手は無防備になるな。しかし、どこを狙う?」


 ルイスさんに聞かれて詰まってしまった。

 頭が穴の中なら心臓を狙うのがセオリーなのだが、あの長い体のどこに心臓があるのか分からない。


「この辺りのヘビの心臓は体の前半部分、おそらく頭からそう遠くない部分にあるはずです。正確な場所は分かりませんが、数を放って何とか当てましょう。僕とジャンヌはホーリーを、ベアトリクスはエナジー・ボルトを放って下さい」


 流石は死体の専門家。ヘビの内臓にも詳しいようだ。


「我らはどうすれば良い?」

「猟兵隊は、ヘビが頭を出して来た時に矢を放って注意を逸らしてください。その場合は、我々が頭を集中的に狙います」

「うん。分かった。ならば、我らは東から近づくことにしよう」


 穴はやや東に向いて口を開けていた。東から近づいた方が穴に頭を突っ込んだヘビには気付かれにくいだろう。


「お願いします。我々は蛇が穴に戻り始めたらテレポートで岩の上に移動します」




 ルイスさん達が移動を開始すると、ヘビがこちらを向いた。

 猟兵が森に入って移動しているのだから、気付かれないと思うのだが……。


 ヘビが丘を降りて来た。

 いかん、気付かれた。ルイスさんも立ち止まって姿勢を低くしているが、そっちに向かっている。


「止むを得ません。移動しますよ」


 マルセロさんが私とベアトリクスの手首を持って、テレポートを唱えると、一瞬目の前が真っ暗になって、気が付くと石の上からヘビを見下ろしていた。


「ホーリー! ホーリー! ホーリー!」


 狙いは頭だ。ヘビは頭を低くしているから狙いにくいが、とりあえず目一杯で三発放った。マルセロさんとベアトリクスもそれぞれに魔法を放っている。

 何発か当たっているはずだが、ヘビはこちらを向いて鎌首をもたげてきた。ピルピルと動く長い二股の舌が見える。

 ジリジリと近づいて来た。

 効いていないのか……。


 マルセロさんが魔法を放っても、首をひょいひょいと動かし避けている。私やベアトリクスの魔法は避けもしない。

 ルイスさん達が矢を放ってくれていて刺さってはいるが、とても深手とは思えない。鱗が固いようだ。


 いよいよ、頭が私達の近くまで来ると、顎が外れるんじゃないか、というくらい大きく口を開けた。

 湾曲した剣としかいいようのない長い牙が二本見える。胸を反らす様に頭を後ろに下げた。


「テレポート!」


 瞬間移動で、ルイスさん達の後ろに移動した。

 ヘビは噛みつくつもりだったのだろう、岩に頭をぶつけている。


「すまない。我らが気付かれた」

「そんな事よりも近づいてきますよ」


 ヘビは首をもたげてあちこちを見ていたが、草地に伏せているだけでは身を隠せない。あっさり見つけた様で、意外に早い速度で丘を下って来た。


「我らが左右に散ってヘビの注意を逸らす。なんとか魔法で仕留めてくれ」


 止める間もなく、二人共白銀の剣を抜いてヘビの左右へ走っていった。

 ヘビがどちらか一方に狙いを定めて、一対一になったら勝てる訳が無い。




「氷の魔法よ」


 また声が聞こえて来た。


「ベアトリクス。氷の魔法目一杯で撃ち尽くして」


 撃ち尽くすと、魔法が使えなくなる。初級魔法だから闇落ちは無いだろうが、継戦能力は失う。それでも、今はやらないといけない。


 マルセロさんと私が滅多やたらにホーリーを連発する。躱されているが目くらましくらいにはなるだろう。猟兵隊の二人が斬りかかるまでには動きを止めないといけない。


「フリーズ!」


 発動まで時間をかけた分、範囲を広げて来た。頭の辺り全体に霜が降った様に白くなった。


 連発している内にヘビの前進が止まった。嫌がっているのか首をこっちに向けたままズルズルと後退している。


「今です。至近距離から叩きましょう」

「分かりました。下から上を狙いますよ」


 マルセロさんの手首を持つと、分かってくれたようで、テレポートで飛ばされた。

 鎌首の真下だ。

 顎の下からホーリーで頭を狙う。

 マルセロさんも中級ホーリーを連発した。


 流石にこれは堪えたようで、もたげた首がバタンと地面に倒れてきた。頭が麻痺したのかも知れない。

 体はうねうねと動いている。

 ぶつかってきたらそれだけで弾き飛ばされそうだ。

 慌てて逃げる。


「任せろ!」


 走り寄って来たルイスさん達が、白銀の剣を首のあたりに何度も叩きつけ、最後には強引に切り落としてしまった。




 やっと倒した。


 猟兵隊の二人は返り血を浴びて、魔物一歩手前のようになっていたので、クリーン・アップをかけてあげた。マルセロさんが、念のためとアンチ・ポイズンの魔法を二人にかけていた。

 全ての毒に効くわけでは無いが。魔物の毒なら効果があるはずだ。


 ベアトリクスを見ると、草地の中でしゃがんでいる。

 駆け寄って水筒を出すと、ニッコリ笑ってくれた。


「ごめんね、無理言って。大丈夫?」


 額に汗がにじみ、肩で息をしている。


「倒せたから良かったわ。ちょっと、無理をしたわね」


 広範囲に魔法の効果を及ぼそうとすれば消耗も激しい。

 後で聞いたのだが、分裂魔法よりも厳しかったらしい。中級魔法使いでなければ、ぶっ倒れていただろう。


「よく、あんな事が出来たわね」


 普通のフリーズは対象を凍らせる。

 今回のベアトリクスの魔法は頭を含めた空間を凍らせた。


「デューネが雪を降らせたでしょ? あの時の事を思い出したのよ。あと、ジェームズ様のブリザード。何も無いところに魔法をかけていたわ。出力は違うけど出来ると思ったの。それまでの魔法は全然効いてなかったしね」

「でも、お陰で助かったわ。ありがとう」

「あんたの指示で勝てたのよ。あれは一体、何がどうしたのよ」


 そう言えばそうだ。助けてくれた声の主が誰だったのか、未だにわかっていない。




 マルセロさんにベアトリクスを預けて、森の方へ行って見た。確か女の子の声だ。

 ヘビから隠れて潜んでいた辺りを探すが、それらしいものは何もいない。


「良かったら姿を見せて。助けてくれたお礼が言いたいの」


 しばらく待つと、ここよ、と声が聞こえて来た。

 誰もいない……。


「どこなの?」

「ここよ。樫の木の下よ」


 樫の木……。

 潜んでいたのは樫の木の下の藪の中だ。あそこにいたと言うのか?

 幽霊? いや、助けてくれた。それに、まだ日は高い。


「どこ?」

「ここよ。ここ」


 声のした方を見ると、赤い花が一つ咲いているだけだ。向こう脛程度の高さで、ヒラヒラと波打ったような五枚の花びらがふんわりと開いている。今まで見た事ない綺麗な花だ。


「花が咲いているでしょ。それが私よ」


 よく見ると、花の中から小指くらいのちいさな女の子の顔が覗いている。

 びっくりした。花の精霊か何かだろうか。

 驚いてばかりもいられない。まずはお礼を言わないといけない。


「あなたが助けてくれたのね。ありがとう」

「いいのよ。あのヘビが居ない方がいいから。お互い様よ」

「あなたは精霊?」

「一応ね」


 一応とはどういう事だろう?


「普段は魔物扱いされているわ」


 花の魔物……聞いたことがある。


「アルラウネ?」

「そうよ。知っているのね。嬉しいわ」


 確か男性をたぶらかして血を吸って殺すんだっけ? どうしよう? 助けてくれたとは言え魔物だ。


「殺さないわよ! ちょっと血を貰う時があるだけよ。人間って、すぐ大袈裟に言うんだから」


 そう言えば、デューネにも文句を言われたな。


「ごめんなさい。でも、なんで血を吸うの?」

「種を作る時に動物の血が必要なのよ。一番美味しいのが人間の血なの」

「どのくらい吸うの?」

「ちょっとだけよ。蚊の十匹分くらい」


 ほんのわずかだ。でも、それだけで魔物扱いされるのだろうか。


「回数が必要なの。十日間くらい連続で。だから、仲良くなった人が毎日来てくれると嬉しいのだけど、良く思わない人もいるのよ」


 なるほど。毎日足繁く森に通って血を吸われていたら、誰だって心配するだろう。


「その人は体調を崩したりするの?」

「しないわよ! なんだと思っているのよ!」

「ごめん、ごめん」


 そうこうしている内に、マルセロさんがベアトリクスを連れてやって来た。


「どうかしたんですか?」

「アルラウネがいたんです」

「アルラウネと言うと、花の精霊ですね」

「あら、嬉しいわ。ちゃんと分かってくれている人がいるのね」


 ホントにいますね、とマルセロさんがしゃがんで挨拶をしている。

 今度は皆にも声が聞こえるようだ。




 アルラウネが言うには、ヘビのせいで動物があまり近づかなくなっていたらしい。おまけにあの図体で何体かいた仲間を潰してしまって、彼女だけがここでヘビ退治をしてくれる人を待っていたのだそうだ。


「あのヘビは悪いヘビなのよ。周りの動物どんどん食べちゃって、私達が種を作ろうとしても邪魔ばっかりして。挙句に仲間をみんな踏みつぶしちゃって」

「だから助けてくれたのね」

「そうよ。あなた達にとっても敵だったでしょ?」


 まあ、そうだ。あんなのがいたら開拓なんて出来やしない。


「なんで、ジャンヌにだけ声が聞こえたの?」


 普通はアルラウネを目視しないと声が聞こえないらしい。しかし、私には声が聞こえた。


「あなた、木の精霊の指輪か何か身に付けているでしょ? だからよ。それを通して声を掛けていたのよ」


 そう言えば、紐を通した木の精のお守りを首にかけている。


「あと一つ。決め手があるでしょ? 松ぼっくりよ」

「松ぼっくり?」


 そう言えば、不埒者を追って渓流の北に行った時に、松ぼっくりを採った。一つだけ他と比べて小さいのがあったので、記念に物入袋に入れて、そのまんまだ。


「あれは木の精霊の松ぼっくりよ。大事に持ち歩いている人なんてなかなかいないわ」


 知らなかった。

 思わずベアトリクスと顔を見合わせる。

 普通の松ぼっくりは、あんなに大きくはならないらしい。


 あの、あれは空中戦でガーゴイルにぶつけていたのですが……。


「あら、そうなの? 茶色い奴? 緑の固い奴?」


 緑色や茶色でも傘が開いていないのは、パウルさんが取るな、と言ったので取らなかった。まだ未熟なものらしい。


「じゃあ、大丈夫よ。茶色で傘が開いているのは、種を飛ばした後だから、木の精も怒らないはずよ」


 そうなのか。パウルさんは、きっと知っていたんだろうな。取らないで良かった。

 しかし、たまたま一個残してあった奴で花の精霊に信頼されるとは、偶然とは恐ろしいものだ。

 木の精霊は、花の精霊の上位の精霊になるらしく、木の精霊と仲が良い人は信用出来るらしい。


「でも、よく私の言葉を信じたわね」

「何となくかな。私を騙している様には聞こえなかったの」

「幽霊とか魔物とか思わなかったの?」

「助けてくれるなら、幽霊でも魔物でも関係ないかも」

「あなた面白いわね。だから精霊に好かれるのね」


 良く分からないが、気に入って貰えるのなら良いのだろう。


「ところで、これからどうするの?」

「穴の調査に来たのよ。ここには人間の砦を作る予定なの」

「あら、また開拓? 折角ヘビが居なくなったのに」

「ごめんね。何なら、偉い人に事情を話してみようか? 約束は出来ないけど、この森は守って貰えるかも知れないわ」


 ヘビを検分しているルイスさん達を見る。

 助けてくれた恩人なのだから、アルラウネの事も考えてくれるかも知れない。


「いいわ。どうせ仲間もいないし、どこかに引っ越すわ」

「引っ越し出来るの?」


 驚きだ。普通植物は動かない。


「出来るわよ」


 いきなり、ズボズボと根っこを地面から引き抜いてチマチマと歩き始めた。


 そう言えば、デューネの家にも似たようなのがいたな。もしかして、あれも精霊なのか? しょっちゅう虫に食われているようだが。


「種を作るために動物がいた方がいいの?」

「種は作らないわ。雄花がいないもの。雄花の花粉が無いと種は作れないのよ」

「じゃあ、血は吸わないの?」

「そうね。どこかで雄花に出会うまではね。それまでは日にあてた水があれば大丈夫よ」


 あと森の養分が一杯の土があればもっといいかな、と付け加えた。


「行く当てはあるの?」

「無いわ。でも精霊ってそういうものよ。一人になったら一人になったで、生きていくわ」


 言われてみればデューネもメルも基本一人だな。

 でも、開拓予定地に、魔物扱いされているのが一人でいたら退治されてしまうかもしれない。

 歩幅が小さいから、そう遠くへは行けないだろう。

 何とかしてあげたい。


 マルセロさんとベアトリクスを呼んで相談する。


「ねえ、ベアトリクス。いい?」

「仕方ないわね。リュドミラに任せっぱなしにするんじゃないわよ」

「うん。分かった」


 マルセロさんを見ると、ニコニコしている。

 大丈夫そうだ。本人に聞くだけ聞いてみよう。


「ねえ、アルラウネ。もし良かったら、しばらくの間うちに来ない? 雄花が見つかるまで一緒に暮らそう」


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