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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第一部 第一章

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北の森の水源地

 山小屋からの道中は、とにかく山道を上ることに一生懸命だった。

 キツネ退治を諦め、狼のおしっこを麻袋に染み込ませて引きずった。そして目指す場所に辿り着いた。


 そこには大きな池に流れ落ちる滝があった。


 滝というものを絵でしか見たことのなかった。

 森に囲まれた灰色の断崖の縁から水の帯が滔々と流れ落ち、立て続けに起きる水しぶきの中で轟音を上げ続けている。

 思わず見とれてしまう。




 岸辺に行くと四角に囲ったところが幾つかあって、そこが水道管の始まりらしかった。中の原の町で水がふんだんに使えるのも、この施設があってのことだ。

 この施設は、現在の中の原の建設以来六十余年間に渡って、清涼な水を町に提供し続けてきているのだ。


 すぐ近くにレンガ造りの建物があり、そこが目当ての上水道管理事務所だった。


 中に入ると、一人の男の人がいる。パウルさんという主任技師だ。

 驚いた事に毎日歩いて通っているらしい。


 挨拶すると、話は町長から聞いておるよ、と応接室らしい部屋に通された。

 椅子を勧められ、良く冷えたサイダーを出してくれる。滝つぼの水で冷やしたのだそうだ。


 キツネは出なかったか、と聞かれたので、道中の顛末をかいつまんで話す。


「それは良く決断したの。勝手が分からん状態で無理をするのは失敗の元だからな」


 褒めてくれた。

 正直もうすでに負けた気分になっていたので、ホッとした。


 そのパウルさんの右手には黒い石の指輪が光っている。


 なんだろう、どこかで見たような気がするんだけど。


 指輪を見ながら思い出そうとしていると、私の視線に気づいたようだ。


「この指輪が気になるかな?」


 聞かれてしまった。どう考えても、こちらが失礼だ。


「あっ、いえ、そういうわけでは。黒い石なんて珍しいなあと…」


 しどろもどろになってしまったが、パウルさんは気にもしていないようだ。


「魔封じの指輪だ。儂は一度闇落ちしたんだよ」


 突然、衝撃的な言葉が返ってきた。




 パウルさんの家は、王都からやって来たお爺さん以来三代続く上下水道の技師の家系とのこと。中の原の上下水道はパウルさんのお爺さんが主任技師となって作り上げたのだそうだ。


 作るだけではなく補修や改修も必要だ。配管が地下にあるだけに穴を掘ったり埋めたりの土属性と、水道だけに水属性の、両方の上級魔法を使える人間が主任技師になるのが通例になっているとのこと。


 パウルさんのお父さんも両属性の上級魔法の使い手で、その能力を存分に発揮したのだそうだ。

 パウルさんが最も得意としたのは風属性の魔法だが、そういった事は良くあるらしい。パウルさん自身も家族の人達も全く気にせず、新しくお弟子さんをとって家業を継いでもらうつもりだったらしい。


 状況が変わった原因は戦争だった。

 戦争になれば何千人と人が動く。水は兎も角も、下水は簡単ではない。その辺りに放置すればそれが原因で病気が蔓延したりもする。上下水道管理事務所の職員は、戦争時には後方部隊要員として出征する。


 通常はそういった技師が直接戦場で戦う事はない。しかし、運悪く濃い霧の中の遭遇戦に巻き込まれ、お父さんとお弟子さんが戦死してしまった。残っていた他の職員が新たに出征していくなか、やむを得ず引退していたお爺さんが町の上下水道管理の代理を引き受けた。しかし、無理が祟ったのか体調を崩して病気になってしまったらしい。


 パウルさんは斥候として従軍していたのだが、土、風共に中級魔法なら使えるから引き継ぐ破目になってしまったのだと言う。




「しかし、やっぱり勝手が分からなかったな。実際にやってみるとどうも親父や爺さんとは結果が違う。どうしても納得できなかった」


 得意な風の魔法を試してみようと思い立った。風の魔法の研究を進めていくうちに、風の上級魔法をさんざん使ったおかげで、おかしくなってしまったらしい。


「とにかく魔法を使わないといけないと思い詰めていたようでな、あたりをつけていた風魔法をひたすらに使っていた。魔法を使うのではなく、魔法に使われていたような感覚だったな」


 魔法を使いすぎて精根尽き果てたのだろう。下水処理場に一人倒れているのを見つけてもらって治療院に運びこまれた。

 精魂込めた状態で上級魔法を使い続けると、精神をやられて廃人になる場合もあると聞く。パウルさんは運が良かったのかも知れない。

 再発防止に魔封じの指輪をつけたのは教会の若い神官だったそうだ。


 パウルさんによれば、魔封じの魔法は上級神聖魔法になる。

 その威力を込めた指輪は、魔封じの魔法の効果を装着した者に発動する。パウルさんの場合は、上級魔法を使えなくなするものらしい。


「中級魔法までは使えるから、この仕事を続けることが出来た。中級魔法で闇落ちした記録は無いみたいだよ」


 そう言ってパウルさんは明るく笑った。かつて闇落ちしたとは思えない。


「何事も度を越して突き詰めちゃ駄目ってことね」

「気をつけないといかんよ」


 ベアトリクスが、話してくれてありがとう、と頭を下げた。


 魔法使いの彼女にとって、闇落ちは他人事ではないのだろう。

 ベアトリクスの失礼にあたるような質問に、パウルさんが丁寧に答えていたのは、先輩魔法使いとしての助言の一つなのかもしれない。

 因みに、例の小部屋の件については、詳しい過程は知らないようだった。




 話に区切りがついたところで、ここにたどり着いた時から気になっていたことを聞いてみた。


「滝の上はどうなってるんですか?」

「この上は少しばかり川が続いていて、その川を上って行くと湖があるよ」

「もしかして、見に行けますか?」


 湖があるというのは以前から聞いていた。湖というものを見てみたかった。

 なにせ、中の原の町から遠くへ出たことがない。今回の巡回が最長移動記録になる。


「見たいか? 案内しても良いぞ」


 見透かしたようにニヤニヤしているパウルさんに全力で頷く。


 滝に続いて湖だ。頑張って登ってきた甲斐があった。

 少々目的が変わったような気もするが、止むを得まい。

 ベイオウルフがため息をついたような気がしたが、気にしないことにした。 




 滝の上まで登るとなると大変な道中だろうと覚悟していたのだが、パウルさんは案外簡単に行けると言う。


 事務所を出て池の縁を滝に向かって歩いて行くと、灰色の岩肌の崖に行き当る。その崖に設置してある両開きの扉を開けて中に入った。床が綺麗に磨かれていて、奥から水が流れている。

 大きなそりが一つ置いてある。


 そりに乗って行くらしい。そして、何故だか乗る順番が決まっている。先頭が私とベアトリクス、その次がベイオウルフ、最後尾にパウルさんの順になった。


「この柱を立てるから手伝ってくれないか」


 パウルさんがベイオウルフの座ったところの後ろにある丸い穴に、丸太のような柱を差し込んだ。綱を引くと布が下りてきて………………。


「しっかり掴まっているんだよ」


 ベイオウルフが言ってくる。


 待って、待って、なんか、嫌な予感しかしないんですけど。


「行くぞ! ひゃっはああああ!」


 パウルさんが雄たけびを上げた。人が変わったようだ。


「フェイヴァラヴル・ウィンド!」


 柱から降りて来た布はそりの帆だった。パウルさんの魔法で起こされた風を一杯に受け帆が膨らむ。そりは前に進み始めると、急に上に角度を変え、斜め上に向けて加速を始め、穴の先に見える光に向かって、ま、ま、まるで、と、飛んでいるかの……ように………………。


「ぎぃゃああああああああああああああ! 止めてええええええええええええ! 死ぬうううううううううう! 降ろして、降ろしてええええええええええええええええええ!」




 そして、気が付くと辺りが明るくなっていた。

 どうやら、頂上に着いた。


「どうだ、面白かっただろう?」


 もう答える気力も尽き果てた。

 どうして、この町は心臓に悪いオッサンが多いんだろう……。




 飛び上がってきた先には、神秘的な光景が広がっていた。

 森に囲まれた湖は、時折受ける風でキラキラと光っている、滝の音がはるか遠く別の世界から聞こえてくるかのようだ。はるか北の山脈の頂が、陽の光を受けて白く輝いている。


「美しいだろう? 儂は闇落ちから回復した後でこの風景を見て気づいたのさ。魔法は万能じゃあないってね」

「この景色は魔法じゃ作れないって事?」


 頭の良いベアトリクスはパウルさんの言葉の意味を即座に理解したようだ。


「そうだ。出来ないことは沢山ある。むしろ、出来ないことがほとんどだ」


 パウルさんは続ける。


「その時に全力を尽くして出来たことが自分にとって最高の結果なのだから、他の者との優劣にこだわる必要は無かった」

「失敗しても?」

「失敗は冷静に反省すればいい。間違えても仕方ないし、悩む必要は無い。次を目指せば良いだけだ。よしんば何かに成功したとして、その時の最高が今後も最高とは限らんだろう? 常に先を目指すのであれば、全ての結果に不足したところがある。出来ることをやるのは簡単なようで難しい。そして、時には休養も必要さ」

「この風景を見て、気分を変えて?」

「気分が休まるだろう?」

「気分が休まるわね」


 二人して声を上げて笑っている。


 うーむ、魔法使いの話ってどうしてこう難しいのかしら?




「あの霧が見えるかな?」


 パウルさんは湖の真ん中辺を指差した。霧だろうか、なにやら白いものがかかっていて向こう側が見えない。


「あれは、この湖の中の島の中の湖の中の島だよ」

「ちょっと待って、ちょっと待って、湖の中の島の中の湖?」

「いや、一つ足りないな」

「分かんない、分かんない、どういうこと?」


 流石のベアトリクスも混乱している。


 実際、何を言っているのか……、あれ? もしかして聞いた覚えがある?


「もしかして、原初の遺跡ですか?」

「ほう、知っていたか。流石は神官だな」




 原初の遺跡とは、我々の先祖が初めて女神さまと邂逅した地と言われている。

 元々はただの湖の中の島だったのだが、女神様と出会った場所を魔物から守りたいとの祈りが聞き届けられた結果、水と土の二重の結界に守られた不思議な地形が島の中に出来上がった。それが、湖の中の島の中の湖の中の島だ。


 真ん中の小さな島に神殿を作ったという伝説があるのだが、全てを拒む水と風の結界、すなわち霧に覆われていて、今や誰も近づけないようになっている。霧の中に入っていった者の船はいつの間にか反対側を向いてしまい、霧の外に向かうらしい。


 まさか、ここにあったなんて。


「本物なの?」


 こういう時に罰当たりな事を言うのは魔法使いと相場は決まっている。


「さあな。いくつかある偽物の一つかも知れない」


 こういう時に罰当たりな事を言うのは魔法使いと相場は、って、ええっ!


「原初の遺跡には偽物があるんですか?」


 そうだ、とあっさりパウルさんに返された。驚きだ。


「儂の聞いた話では全部で四か所あるらしい。原初の遺跡という以上、本物は一つだろうさ」


 どう言えばいいのだろうか。何故に偽物が。


「嘘か本当かは知らないけどな。あの遺跡と中の原の教会は地下通路で繋がっていると言う噂がある」

「それがもし本当なら、どう考えても偽物よね」


 ベアトリクスの言う通りだ。女神さまがお創りになった結界で守られた神殿に、地下通路を掘って入るなんて……墓荒らしじゃあるまいし……。


「まあ、噂だからな。さて、そろそろ降りるとするか」




 下りは後ろに座れと言われた。

 先頭ではなくなって、まだましかと思っていたら、後ろ向きに滑り降りて行った。

 三人そろって絶叫したのは言うまでもない。

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