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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第一部 第一章

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キツネ退治

 三日後、いよいよ北の森の水源地へ行く時が来た。


 黒紫に身を包み、ネックレス……もとい、ネックガードを装着し、楯を左腕にはめ込む。

 なんとなく戦闘態勢に入った気分になる。




 出発前に意気揚々とハンスさんに挨拶に行くと、こいつを頭に被っておけ、と分厚く綿を入れた頭巾を渡された。転んだ時に頭を守ってくれるらしい。


「悪くないじゃない!」


 ベアトリクスも上機嫌だ。

 なかなか具合が良さそうなので、しっかりとお礼を言っておいた。


 後で黒紫に染めて刺繍を入れておこう。

 なんでも、北の森に行く許可が出た時点で探しておいてくれたみたいだ。


 あら、優しい。一体どうしたのかしら? 


「墓地の死体からはぎ取った物だ」


 頭の中が木端微塵になる。


 よりにもよって、神官の私に、墓地の死体からはぎ取ったような冒涜的な物を装備しろと? 

 こ、この背教者め!


 ベアトリクスが何やら詠唱を始めたが、冗談だ、と言うので放つのは止めたようだ。


 後でベイオウルフに教わったのだが、新人兵士に対して言う定番のジョークらしい。

 この町のオッサン達はどうしてこうなんだろう。




 既に暗澹とした気分にされたが、それでも出発した。


 衛兵隊訓練所を東に見ながら細い道を行くと、街壁に突き当たったところに北門がある。鍵が掛かっているのだが、北の森に用がある者は通してくれる。


 門の脇に立っている番兵小屋に行くと、年配の衛兵が一人いて簡単に開けてくれた。


「一七五の会だね。キツネに気をつけるんだよ」


 ニコニコと気軽に声をかけてくれたが、門の外に出ると同時に、ガタンと閂を掛けられた。


 否が応でも緊張感が高まる。

 姿勢を低くし楯を構える。睨みつけるように周囲を警戒する。


「町の近くは大丈夫だよ」


 嫌ねえ、ベイオウルフったら、練習よ、練習。ちょっと、気分出しただけ。




 町の上水道の配管は、町の西にある三つある塔のようなの貯水槽からレンガ造りの水道橋を通って北の山へ延びている。

 街壁に沿って西へ進み、その水道橋までたどり着いた。そこからは、橋の下の石畳の小道を歩いて行く。小道の周囲は荒れ地だ。行く手には森が見える。


 しばらく草や灌木しか生えていない所を歩いていたのだが、木が増えてきたあたりから緩やかな登りになった。水道橋は未だ頭の上を走っている。この辺りからは、キツネを警戒しなければいけないらしい。


 だいぶ森の中へ分け入ったかなと思う頃、地図を見ながらベイオウルフが前を指さした。


「すぐそこだ。あの岩だよ」


 ベイオウルフが指さす先には、大きな岩がある。一番目の目印だ。


 早速準備に取り掛かる。

 いつもならなにかと話しかけてくるベアトリクスも森に入ってからは黙っている。


 岩を背にし背後の安全を確保する。片膝立ちになり、真ん中にベイオウルフ、左右にベアトリクスと私がそれぞれ反対の方向を向いている。

 そのまま三人でひたすら見張る。


 と、しばらく待っているうちに香ばしい臭いのする麻袋が、十歩ほどの距離まで近づいて来た。


「かからなかったな」


 麻袋に結び付けたロープを手繰り寄せていたベイオウルフがため息をついた。


 森の入口からは、炙った鶏ガラを乗せた麻袋を長いロープの先に括りつけて、引っ張ってきた。

 襲われないように香ばしい香りを放つ鶏ガラを囮に使ったのだが、そう甘くは無かった。

 




 突然、何かが岩の上から降ってきた。

 鶏ガラに飛び掛かったのは……キツネだ!

 普通の狐の二倍の大きさはある。


 キツネは鶏ガラを咥えるとそのままどこかへ持っていこうとする。

 鶏ガラはそり代わりに使った麻袋に括りつけてあるから、そう簡単には離れない。麻袋の先に着けたロープを持ったベイオウルフと引っ張り合いになった。


 私とベアトリクスは魔法の詠唱を開始する。

 鶏ガラを咥えたキツネは獲物を諦めきれないのか、唸り声をあげながら引っ張っている。ベイオウルフはキツネが諦めて逃げないように少しずつロープを延ばしていく。


「ハール・ストーン!」


 ベアトリクスの魔法が完成した。

 握りこぶし大の石が次々にキツネの頭めがけてぶつかっていき……遂にキツネは倒れた。


「ホーリー!」


 追撃を受けたキツネは身じろぎもしなくなる。

 更にベイオウルフが突撃し、剣で喉を突き止めを刺した。


 無事に一匹退治出来た!


 ベアトリクスとハイタッチし、獲物を吟味しているベイオウルフに向かって走った。




 ベイオウルフがキツネを木に吊るして毛皮を剥いでいる間、背負ってきた薪に油を掛けて焚火をする。別のキツネに襲われないようにするのと、鶏ガラを炙り直すためだ。


「まさか上からくるとは思わなかったわね」


 ベアトリクスが興奮気味に戦闘を振り返るのは、初めてネズミ退治をやった時以来だ。


「もしかして、待ち伏せしていたのかな」


 それはヤバい。先行きが不安になるな。




「毛皮が取れたよ。売れば銀貨二枚にはなるだろうね」


 ベイオウルフが毛皮を持って来た。


 今回ファイアー・ボールを使わなかったのは、毛皮を手に入れるためだ。山火事防止でもある。

 ベイオウルフによると、程度の良い毛皮は売れば銀貨二枚にはなり、手に入ったお金は衛兵隊でも自分のものにしても良いそうだ。実入りが無いネズミ退治の人気が無いわけだ。


 死体は斜面に穴を掘って埋葬した。


「幸先が良いわね。もう一匹くらいいけるかな」

「一匹と言わず何匹も獲って稼ごうよ」


 私とベアトリクスの契機の良い言葉にバイオウルフが、アハハと笑った。




 そこから先は徐々に勾配が急になってきた。水道菅も途中から地面に潜っている。道が一直線ではなくなってきた。


 道幅は十分にあるのだが、曲がるたびに手繰り寄せていては、いちいち立ち止まることになる。止むを得ず、鶏ガラをガサガサとすぐ近くで引きずっている。当然、いきなり襲われる危険も増すので今までにも増して周囲を警戒しながら進んで行くことになる。


 とにかく、怪しい気配を感じたら姿勢を低くする。鳥が鳴いては屈み、風で葉が鳴っては屈みを繰り返しているうちに腰が痛くなってきた。太腿もパンパンだ。慣れているベイオウルフはそんなに警戒しなくて良いと言ってるけど、私とベアトリクスはそうはいかない。


 二人して、ハアハア荒い息を吐いていると、目の前に広場が開けレンガ造りの小屋が見えた。


 ようやく休憩場所に辿り着けた。

 ネズミ退治の方が断然楽だ。

 戦闘回数少ないけど体力的に持たないわ、これ。




 小屋に入ると、テーブルと長椅子が二つ置いてあった。暖炉もあるが今は初夏だからか使った様子がない。薪と水を入れた甕もある。


「これはなんとかしなきゃいけないわね」


 長椅子に座りテーブルに突っ伏したベアトリクスが左腕をさすりながら言う。


 全くもって、その通りだ。


 地図を見ると、直線距離で半分しか来ていない。

 しかも、今まで通った道中の約三分の二がなだらかな道だった。この後、さらに急になるらしい。


 これを、一週間に一回こなす……。

 正直言って無理だ。


「二人とも、もっと鍛えなければいけないね」

「無理!」


 テーブルに突っ伏していたベアトリクスが、がばっと顔を上げて即答した。


「日頃から体を鍛えてる衛兵隊と一緒にしないで。私はしがない魔道具屋の店員なのよ」

「そんなこと言ってたら、これから先稼げないよ。ネズミ退治だけをやるつもりなのか?」

「そうじゃないわ。あんた達衛兵隊は平気だから楽なやり方を考える必要ないでしょ。でも、私達にとっては凄く厳しいの。だから、私達でも楽に出来る方法を考え出せばいいのよ」


 なるほど、その通りだ。何かが楽に出来るようになる工夫とは、簡単に出来ない人達が必要とするものだ。


「一つ方法があるけどね」

「テレポートでしょ? 有料だから却下」


 ベアトリクスがあっさり拒否し、再びテーブルに突っ伏した。




 目的地である上水道管理事務所と町は、テレポートの魔法陣で結ばれている。ただし、有料だ。上水道管理事務所の職員と町長だけがタダで使用できる。


 テレポートの魔法は明確に目視出来る範囲なら魔法だけで移動できるが、目視出来ない距離になると、魔法陣を使わないといけない。

 テレポートの魔法は使える者が本当に少ないから、魔法陣は元々の値段が高い。

 私達がキツネ退治で使えば一人につき銀貨一枚を支払わなければならない。下りは楽だとして登りだけテレポートトを使ったとしても、囮無しで最低二匹を倒さないといけない。


 このままではヤバい。ネズミ退治専門になってしまう。




 ふと窓の外を見ると、なんだか木にぶら下がっている物に目が止まった。


「ねえ、ベイオウルフ。あそこの木にぶらさがっているのは何なの?」

「キツネ除けさ。狼のおしっこが入っている。この小屋は薬草を取りに来る人達も使うからね。小屋がキツネに荒らされたり薬草を取っている間にキツネに襲われたりしないようにしているんだよ」

「それって、衛兵隊がやってるの?」

「いや、薬草を取りに来る人達だね」


 テーブルに突っ伏していたベアトリクスが顔を上げた。


「てことは、もしかして、私達って結構安全なの?」


 薬草を採取しに来る人達が衛兵隊の警護もなく容易にここまで来れるのだ。

 ベアトリクスが聞くと、ベイオウルフはあっさり頷いた。


「この辺りまでは、道を外れない限りいきなり襲い掛かってくることはそう無いと思うよ。ただし、油断するなってことさ」


 結局、私達二人が必要以上に緊張していただけ? 

 なんだかなあ。一気に疲れちゃった。

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