第七話 受勲の式典
受勲の儀式の事は緊張しまくっていたので、記憶が飛んだようになっていて良く覚えていない。
控室にいる間に、色々な事を想定して、どう答えるかをベアトリクスと二人で相談していたのだが、何の役にも立たなかった。
受勲の対象になったのはロバーツ様と私達以外にも何人かいたのだが、控室は全部別だった。贅沢と言えば贅沢なのだが、その分、他の人達の様子を伺えなかったので、余計緊張してしまった。
パウルさんなんかは、景気づけじゃ、とワインを注文して飲んでいたが、とてもそんな気分にはなれなかった。
「順番がきましたので、ご準備を」
案内の人にそう言われ、扉の前にマルセロさん、パウルさん、私、ベアトリクスの順に並ぶ。
扉の向こうには国王様達が居る……。
いかん、膝が笑っている。転んだら大変だ。
兎に角、手足が左右同時に動くような失態だけは避けなければならない。
「マルセロ商会の皆様。お待たせしました」
案内の人が小声で言ってきた。
思い切り深呼吸していると、扉の向こうから、私達を呼ぶ声が聞こえて来た。
それを合図に、目の前の扉が左右一杯に開き、なんとか遅れないようについて行く。
しかし、謁見の間に入った瞬間に目に飛び込んできた、玉座に座った王様と王妃様と、左右に居並ぶ偉い人達の列を見た瞬間に気が動転してしまった。
その辺りからの記憶は甚だ怪しい。
入口周辺の人だかりの中に、グラディス様、ハンナさん、リュドミラやメアリーがいたのだろうが、左右を見る余裕なんて無かった。
案内の人にくっついて、マルセロさんを先頭に四人で国王様と王妃様の前に並んだのだが、左右の手足の順番を気にするのに一生懸命になってしまい、止まらなければいけないところで、前のパウルさんにぶつかりそうになった。
儀式そのものは至極簡単だった。
係の人が捧げ持ったお盆に乗せた勲章を手にとった王様と王妃様が、横一列に並んだ私達の胸に着けてくれた。
「良くやってくれた。これからもよろしく頼む」
と王様が言い、
「ありがとうございます」
と受勲者がお礼を言うのは、お約束の言葉になっているそうだ。
それ以上の会話はほとんどないらしい。
儀式の前に、案内の人が、お礼さえ言って置けば大丈夫、と言っていた理由が良く分かった。
田舎から出て来た私達の様な受勲者が、舞い上がっていても大丈夫なように配慮されていたのだ。
落ち着いたのは、受勲が終わって参観者の列に混ざった後だ。
緊張しすぎて半泣きになっていたのを、メアリーとリュドミラが順番に抱き締めてくれて、やっと一息ついた。
今更ながらに、王様と王妃様をまじまじと見る。
王様が口髭と顎髭がくっついた髭だらけで肩まで伸びた髪の毛の持ち主であることや、王妃様が随分と鮮やかな金髪の持ち主であった事を確認して、確かに王妃様に勲章を着けて貰った事を思い出した。
王妃様は勲章を着けてくれた後で、優しく抱きしめてくれた。危うく、失神しそうになったのだが、なんとか頑張って耐えていると、耳元で、もう少しで終わりますからね、と言われた。
何もかも見抜かれていた様だ。
最後に呼ばれたのはロバーツ様で、受勲と同時に拍手があった。自分の時は無かったような気もしたが、メアリーに、同じように拍手されていたわよ、と言われてしまった。緊張しすぎて聞き取れなかった様だ。
「疲れたわね」
退室して控室に戻った後で、ベアトリクスが言ったのが一番印象に残った。
晩餐会までの間は、案内の人に連れられて、王宮内や庭園巡りをした。人数制限はあるそうだが、お休みの日は一般に開放されていて、案内の人の説明を聞きながら観光しているらしい。
案内して貰って分かったのだが、王宮は二段構造とでも言うのか、王族の暮らす旧館とやや離れた場所にある謁見の間や来賓用の新館とに分かれていた。
旧館は初代国王が在任中に作ったもので、その部分と庭園は、必ずそのままで残す様に、と遺言されたようだ。
手狭になったらそのまま先代の隠居部屋にでもして、違う場所に増築しろと。
初代国王は、こぢんまりとした中心部だけで良かったのだろうが、国が発展すればそうは行かないと予想していたのだろう。増築する場所まで用意していたそうだ。そこに建てられたのが新館にあたる
結局は、最初に作られたまま内装の修繕だけして、今も王族のプライベートの場として使われているとの事だった。
そのせいか、林のような木立に囲まれていて、建物自体が良く見えない。
パッと見では、どっちが中心なのか分からない。
庭園には池があり、岸に銅像が一つあった。スタイルの良い女性の像でデューネにそっくりだ。魔法を唱える時に様に、人差し指を立てた右手を軽く胸元にあげている。
「あの、この銅像は……」
案内の人に聞いてみた。足元のプレートには湖の乙女と彫られてある。
その横には岩が一つあり、「喉の渇きを癒すためには綺麗な水が必要だ」と彫られている。
「これは、初代国王様が若年の折にご遭遇されたと伝えられている湖の精の銅像です。初代国王様は様々な精霊に愛された方で、どこで出会ったかはご家族とごく親しい方達以外には、誰にもお伝えされなかったようですが、身の回りに不思議な事が沢山起きたので、当時の方々は皆信用されていたそうです」
きっと、デューネの事だろう。
「この池のほとりは、初代国王様が殊の外お気に召されていたようで、悩み事やお考え事のある時は、良くお一人でこの銅像の傍でお過ごしになっていた、と伝えられています」
王様ともなれば難しい問題が沢山あったのだろう。デューネに相談する積りでここにいたんだろうな。
「ちなみに、この岩の文字も初代国王様がお遺こしになったものです。庭園に幾つかにあるのですが、人生訓の様なものと言われています」
銅像を見ていて、その銅像が変な事に気付いた。
水の精のデューネが湖を見ていないのだ。デューネが魔法を使う時は必ず水を指差している。
太陽の位置から考えると、南東の方角を向いている。
その視線の先には、やや離れたところに丘が見えた。
頂上には何本かの木が生えている。
「すみません。あの丘は……」
「丘? ああ、あれは王宮外です。元々あった丘で、観光に来られた方達が王宮見物の後で、ピクニックに向かわれる場所ですね」
丘からは庭園が見渡せるらしい。午前中に庭園観光を済ませた後で丘に登り、庭園全体を眺めながら、木陰でお弁当を広げるのが定番のようだ。
それを見越して、丘の麓にはお弁当屋さんの屋台もあるそうだ。
「あの丘には何か銅像が立ってたりするんですか?」
「いえ、初代様がお遺こしになった文字を掘った岩が一つあります。後は木陰をつくるために木が植えられただけですね」
「そうですか」
「他に何かございますか?」
「いえ、ありがとうございます」
「では、次に参りましょう」
案内の人は、そのまま隣のバラ園の案内をしてくれた。
控室に戻って来ると、ベアトリクス達が晩餐会の着付けのために係の人について行き、三人だけになった。
「パウルさん。ちょっと良いですか?」
「なんじゃ。なんか思いついたか?」
「いえ、そう言うのではないんですが」
湖の乙女の像が見ている南東の方向に丘があった、と言うと、それがどうかしたのか? と返された。
「手つなぎ歌です。あの像がデューネだとすると、あの湖は北の門ですよね。南東つまり東の門は飛ばされる門、つまり四大精霊の風だと思うんですけど……」
フム。とパウルさんが腕を組んだ。
「確かに風の精は強い風の吹く高い山にいると伝えられておる。あの池が中の原湖を模しておるとすれば、丘は風の精霊の棲む山、つまり東の門か」
はい、と頷く。
「だとすれば、西と南にも何かがあるのでしょうね」
マルセロさんも加わってくれる。
「西は土で、南は火か」
庭園は王宮の北にある。丘までの距離を考えると、西の門は王宮外だろが、火の門は王宮内かもしれない。
「西の土は洞窟か何かの穴として、南の火はなんでしょうか?」
「祠の聖火かも知れませんね。火の精サラマンダーは聖なる炎の中に住むとも言われていますから」
そう言えば、王宮巡りの時に神殿も案内して貰った。
女神様の像を安置している祠で、教会とは関係なく作ったものらしい。王宮の入り口は南西の方向にあるから、入り口を入った者は右手に祠を見ることになる。
「だとすれば、北と南の中間に旧王宮がある事になるの」
「四大精霊の結界を作ったのかも知れませんね」
なるほど。そう言う事か。
「さっきの案内によれば、初代国王は精霊に愛されていたという事だったな。丘は兎も角も、後の物はわざわざ作ったのかもしれんな」
「だとすれば、やはり手つなぎ歌にある門は実際にその方角にあるのかも知れませんね。中の原湖が最北端ですから、それより南にある高い山、洞窟、火……」
パウルさんが、両手で膝をパンと叩いた。何か思いついたようだ。
「中の原の西にある高い山と言うと、メディオランドに高い山があったな」
聞いた事はある。エングリオとメディオランドの国境地帯に、お山と呼ばれる一際高い山があるらしい。
ただし、万年雪を頂いているほどでは無く、夏にはその尖った山頂付近まで登れるそうだ。
「同じような距離だとすると、西はレグネンセスの鉱山地帯だ。洞窟は山ほどあるだろう。しかし、南には火山は無いぞ」
「火山はありませんが、エングリオに温泉がありましたよね」
「そうか! それじゃな。」
何となく見当がついてきたようだ。
「しかし、だとすると、中心はエングリオとの国境の森になるな」
「メディオランドの山とレグネンテスの鉱山地帯、それから、エングリオの温泉地を繋ぐと、やや右肩下がりの四角形になりませんか?」
「つまり、南西にズレるという事か?
「はい。少し西にズレると、滅びの町の神殿があります」
ふうむ。とパウルさんが腕を組む。
「他は兎も角も、そこの所は、あまり深追いせんほうが良いかもしれんぞ」
マルセロさんを見ると、神妙な表情で頷いている。
何分、アルベルトさんの一件がある。滅びの町には関わらない方が良いだろう。
「フーム。メディオランドの山はこの島でも霊峰としても名高い。頂上に何かあるのかグラディス様に聞いてみれば良い。精霊の話は抜きにして、登山の話でもしてみよ」
「いきなり登山の話をして、一緒に登ろうとか言われたら、どうしましょうか?」
「登れば良い」
「無理に決まってます」
パウルさんはおろか、ボニーやリュドミラが息一つ切らさないで歩いて行く渓流の南を、ヒイヒイ言いながら繋がれて引っ立てられているのだ。島の中でも霊峰扱いされている山なんかに登ったら死んでしまう。
「お椀で登ったらいいのではないですか? 最高到達点記録が生まれますよ」
「良いですね。是非是非、記録を作りましょうよ。高い山一つ飛び越えたら英雄ですよ」
流石はマルセロさんだ。パウルさんがのって来そうな話に持って行った。
「まあ、いいだろう。あわよくば、ジャンヌとベアトリクスを鍛えてやろうと思っとったのだが、最高到達点も悪くない。ここはマルセロの顔を立ててやろうか」
ニヤニヤ笑っている。
危なかった。グラディス様への質問そのものが罠だとは思わなかった。油断も隙も無いとはこの事だ。
「今は少々寒いですから、行くとしたら夏が良いですね。国境とは言え霊峰ですから、お参りに行くと言えば入山出来ますよ」
「では、夏のクマ狩りが終わった辺りで行ってみるか?」
「最高到達点のお供でしたら喜んで行きます」
何とか登山中の遭難死は避けられそうだ。お椀に乗って行くならベアトリクスも文句は言わないだろう。
「そうそう、あの山は八合目辺りに火竜の巣があったはずです。山の中腹にある神殿よりも上に登るときは、狙われないように気を付けて下さいね」
えっ?
頭からザアザア血の気が引いていく音が聞こえる。
うかつにも、最高到達点とか言ってしまった……。
「遥か昔に退治されたそうですが、今でも伝説に残る決戦の地は観光客が後を絶たなくてスリが横行しているそうです。気を付けないと財布を狙われますよ」
やられた……。
マルセロさんが悪戯っぽく笑っている。
「財布はしっかり体に縛り付けておこうな」
パウルさんが、かかか、と高らかに笑った。




