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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
章間閑話

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Backyard of 野良神官④

前日譚その4です。

「ジャンヌ。朝ご飯が終わったら、私の部屋に来て下さい。卒業の手続きをしますからね」


 テーブルに配られたパンとミルクと野菜のスープを食べようとしたら、ジェニファー先生に声を掛けられた。

 私は六月生まれだから、五月の末には卒業しなければいけない。


「ジャンヌも成人か。寂しくなるな」

「何言ってるのよ。ヴィルも再来月には卒業するのよ」

「そうなのだが、こうして揃って朝餉を頂くのも最後になる」


 仕方ないなあ。

 卒業前に感傷的になるのはご法度なのだが。


「そりゃあ、少しは寂しくなるかも知れないけど、別棟に引っ越すだけだから、直ぐに会えるわよ」

「それはそうなのだが、食前のお祈りの時に、ジャンヌが先生方と一緒にお祈りする言葉を聞いて、真似をして唱和していたからな。それが出来なくなるから、ちと困っているのだ」

「そっち? て言うか、まだ覚えてないの?」

「元が違うのでな。正直言ってあまり覚える気がない」


 そう言えば、ヴィルは外国産だった。大陸から来たから、根本的に違う神様を信仰している。お祈りの時間も一人だけ別の部屋にいるし。

 因みに、一七五の会では、ヴィルとベアトリクスが外国産だったりする。


「ヴィルが信仰する教義には食前のお祈りは無いの?」

「一応あるみたいだが、兄の言葉を唱和していたからな。それが、本式のものとは違ったみたいなのだ」


 食前の文言に、本式もなにもないと思うのだが……。


 ヴィルは独りになってから、お兄さんの供養のために商人にくっついて大陸に巡礼に渡ったらしいのだが、その間に気付いてしまったらしい。


「いつも、いただきます、で終わりだったのだ」


 あんた、それお祈りじゃないからね。ご馳走様でした、と一緒だから。巡礼に行く前に気付きなさいよ。


「ジャンヌ。すまないが何かに書いておいてくれないか。明日からは、それを見ながらお祈りするよ」

「教義と違ってもいいの?」

「何、感謝の対象が違うだけで、気持ちは変わらないのだ。女神様と言う所を、我らが神、と言い換えるだけの事だ」


 仕方ない。これも神官の仕事だ。改宗するのが一番なのだが、教義の本質が共存共栄だから無理強いは出来ない。


「分かったわ。お昼ご飯までに書いといたげるから、卒業まで失くしちゃだめよ」

「手数をかける」


 リュドミラが袖を引っ張って来る。

 あんたもかい?


 結局、メアリー以外の四人分をつくるはめになった。


「メアリーは流石ね」

「お母さんが厳しかったからね」


 娼館のお姉さん達は皆熱心な信者だ。朝が遅いのが玉に瑕だが、お使いに行った時も気前よくお駄賃をくれた。


「だって、女神様のお祭りの時に舞台で踊るのはお姉さん達よ。私も練習したし、女神様役だってやったんだから」


 そう言えば、そうだった。娼館のお姉さん達は云わば巫女だ。熱心なのは当然だ。


「手伝ってあげようか? ジャンヌ今日は忙しいでしょ?」

「いいの? ありがとう!」

「その代わりね……」


 今月中に終わらせなければいけない宿題が残っているらしい。今月中と言ってもつまりは今日中だ。かえって忙しくなるのだが……。


 リュドミラが袖を引っ張って来る。

 あんたもかい……。




 ジェニファー先生のところに行き、退所の説明を受ける。

 その次は書類にサインをしないといけない。

 入所の時に貸し出された物の返却確認書。預けた物の受け取り確認書。退所の証明書の受け取り……これが一番大事だ。実質戸籍登録の内容証明になる……。成人の届け出書……これが二番目に大事だ。納税の時の身元証明になる……。

 明日叙任をうけて待祭から神官になるから、神官の任命証明書、神官衣と祭衣の受け取り受領書、祭衣を孤児院に預けるから祭衣の預かり証……この辺は明日サインを貰うんだな。


「あら、あなた本当に一日生まれだったのね」

「はい。そう聞いてます」


 日付までの正確な記録は教会に残っているが、面倒くさいのか生まれ月の一日で成人扱いされる。月末生まれの場合、実際より早く給料が上がるから徳と言えば得なのだが、大した違いは無い。


「預かった金貨十枚は言われたとおり教会に預けましたからね。これがその書類です。銀貨は今お渡ししますわ」


 メディオランド王国と同じ刻印の金貨十枚。これが私の財産だ。これを何十倍にもしないといけない。


「これで終わりでしょうか?」

「そうですね。お疲れ様でした」


 一つ一つの書類の説明を随分丁寧に受けて、全部の書類にサインし終わった頃には、お昼前になった。




 お昼ご飯を食べないといけない。

 慌てて二人分の食前のお祈りを羊皮紙の切れに書き写す。


「ほら、書いてきたわよ。失くさないでね」

「すまない。恩に着る」

「ありがとう、ジャンヌ。失くさない様にするからねえ」


 ヴィルとボニーの分を渡す。

 リュドミラとマチルダの分はメアリーが書いてくれていた。


「で、宿題の方は進んだの?」


 成績優秀のヴィルが全部終わらせていたので、四人分を見て貰っていた。四人共科目が綺麗に分かれているから、同時には出来ない。

 メアリーが書き取り、リュドミラが国史、ボニーが計算、マチルダは家畜の飼育方法だ。


「うむ。メアリーの分は終わったからな。三人は半分残っている」

「昼から町役場に行かないといけないのよ」

「リュドミラと私は農家の手伝いに行かないといけないのだ。農家に休みは無いからな」

「じゃあ、リュドミラの分は今日中に終わらないじゃない」

「夕餉の後にやるしかないな」

「役所は私が代わりに行ってあげるわ。代人の申請書は先生に言えば頂けるはずよ」


 メアリー、あんた宿題終わったんなら、終わってない子手伝いなさいよ。




 メアリーが帰って来た頃には、ボニーの分が終わった。次はマチルダの分だ。


「すまねえな、ジャンヌ。引っ越しもあるのに」

「そうよ。だから早く終わらせましょうよ」

「ジャンヌの引っ越しをやっといたげようかあ」

「そうね。その方が早く済みそうよ」


 だから、終わった子は宿題を手伝ってよ。




 マチルダの宿題を手伝っていると、院長先生に声を掛けられた。


「明日の叙任の儀式なんだけどね。一回予行演習やっとこうか」


 それがあった。何をするかは決まっていて、教義書に書いてあるのだが、読んだだけでは失敗するかもしれない。なにせ普通は一生に一回だ。大過なく終わらせておきたい。


「是非、お願いします。マチルダごめんね。終わったら来るからね」


 早速祈祷所に行く。


「儀式そのものは簡単よ。最初は祭衣を着て先生方の最後に並んでなさい。私が呼んだら、祭壇の前に跪くの。その後に私が経典を読みながら祈祷をするから、唱和しなさい。祈祷が終わったら、幾つか質問するから、全部「はい」で答えてね。で、あなたの頭に私が右手をあてて、決まり文句を言ったら、宣誓するの。ジェニファー達が唱を歌い終わったら神官の出来上がりよ」


 そういう風に言えば簡単なのだが、実際は半時間くらいかかる。なので、早朝のお努めが半時間早くなり、つまりその分早起きしなければいけない。


「その後私達は子供達を起こして朝ご飯になるけど、ジャンヌは別棟の自分の部屋に行って良いですからね」


 つまり、間違って孤児院の朝ご飯を食べるな、という事だな。


 何度か練習をして、院長先生のOKを貰って勉強部屋に行くと、マチルダが机に突っ伏して寝ている。


「マチルダ終わった?」

「終わんねえよ」


 見ると全く進んでいない。


「全然、やってないじゃい」

「だって、分かんねえもん」

「仕方ないわね」




 マチルダの宿題が終わった頃に、ヴィルとリュドミラが帰って来た。


「リュドミラ、晩御飯食べ終わって、お風呂入ったら宿題やるのよ」

「ヴィルはキャサリン先生に呼ばれてるの」

「どうして?」

「キャサリン先生の都合が悪くて、朝の槍の稽古が出来なかったのだ。それで、夜にやることになった」

「お風呂上りにやるの?」

「なに、今日は型だけだから、そう汗はかかない。大丈夫だ」

「ジャンヌ、教えて」

「仕方ないわね。今度からは自分でちゃんとやるのよ」

「分かった」




 お風呂に入るために着替えを取りに行こうとしたら、物入だけは別棟に移していない、とメアリーに言われた。


「だって、どうせお風呂入るんだから、着替えは近い方がいいでしょう? お風呂上がって夜着に着替えたらボニーと二人で持っていってあげるね」


 妙なところに気を使うな。でも、まあ、気遣いなのだろう。


「分かったわ。ありがとう」

「リュドミラの手伝い頑張ってね」

「あんたも手伝いなさい!」


 メアリーと一緒に手伝って、何とかリュドミラの宿題を消灯までに終わらせた。ギリギリだ。

 ようやく終わった。

 やっと、自分自身も引っ越しできるな。




 エミリー先生に部屋を確認して貰う。引っ越しは無事に済んだみたいで何も無い。


「はい。結構ですよ。じゃあ、別棟の方へ行きましょうか」

「はい。お願いします」


 別棟は孤児院の西に建っている。王国軍の敷地に面していて、女子専用の建物だ。高い壁に囲まれているから、外からは入れない。男子専用棟は孤児院の南の街路の向こうにあるから、互いに行き来するためには、孤児院の中に入りジェニファーの壁を越えなければならない。孤児院内は恋愛禁止なので、会いたい同士は外で会うしかないのだ。


「ここね」


 部屋の大きさは孤児院の部屋よりやや狭いが、その分個室になっている。今日は一日忙しかったので、初めて入ることになる。


「はい、ジャンヌ。ここがあなたの部屋よ」


 部屋に入って灯りを灯して驚いた。

 壁に大きな布が貼ってあり、そこに現役孤児院生の寄せ書きがしてある。机の上には一つ一つ手作りだろう品が山になっていた。


「あなたはここで生まれた唯一の子供で、ここで待祭になって、明日ここで神官になるわ。これはあなたが今まで面倒見て来た子達の気持ちよ。五歳以上の孤児院生全員分らしいわ。今日一日、入れ替わり立ち代わりでプレゼントを持ってきて、あなたに贈るメッセージを書いていたの。院長先生が言うには、こんなことは初めてみたいよ。今まで良く頑張りましたね」


 ポカンとしていると、ベアトリクスが入ってきた。


「ごめんね。遅くなっちゃった」


 手にインクとペンと巻紙を持っている。

 ベイオウルフの名前がある書き込みの横に書き始めた。


「えーと、ジャンヌ卒業おめでとう。大人になっても一緒だからね……と。もう一言欲しいわね。うーん…………頑張ってお金稼ごう! ベアトリクスっと」


 一七五の会八人全員が描いてある似顔絵を机の上に置いて、これで良し、と出て行った。


「あの……」


 エミリー先生を見ると部屋を出て扉を閉めようとしている。


「ジャンヌ。卒業おめでとう。おやすみなさい」


 バタンと扉が閉まり、一人残された。


 全くもう……手間ばっかりかけさせて……揃いも揃って、馬鹿なんだから。

 孤児院では笑顔が基本だから、卒業の時は泣かないって決めてたのに……。

 ……ほんと、馬鹿……。

第二章第三十一話(69部分)「聖なる光」ですが、以前、第一章と第二章の大規模修正を行った際に、編集ミスが発生してしまい、第三十話「洞窟の攻防戦③」と重複しておりました。

話が完全に飛んでしまう事になり、不細工極まりない状態だったのですが、ご指摘を頂き修正する事ができました。

御目汚しになってしまっていた事を謹んでお詫びいたします。

また、ご指摘について感謝いたします。本当にありがとうございました。

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