地下の小部屋
勝手に壁を壊すわけにはいかないので、翌日ハンスさんに聞いてみた。
もちろん、ベアトリクスの演説付きだ。
「衛兵隊では判断出来んな」
頭ごなしに駄目だと言われるかと思ったが、意外にそうでもなかった。
「誰が判断するの?」
「町長だ。聞きに行くのか?」
「そのつもりよ」
ベアトリクスの答えを聞くと、魔法使いってやつは……、とため息をつきながらも、今から三人で行ってもいいぞ、と言ってくれた。
驚いたのはその後に続いたハンスさんの言葉だ。
「ただし、俺も一緒に行く」
理由を聞くと、関わった者の責任なのだそうだ。
ハンスさんどころか、役場へ行ってアドルフさんに話をすると、儂も行く、と言い出した。
事件が起きた時は不在だったから、自分の眼で見たいと。
結局、私達三人に、アドルフさん、ハンスさん、もしかして大量発生しているかもしれないネズミ退治要員としてハンスさんの班の衛兵隊の人達、そして、なぜか工作所の二人までもが参加し、総勢十一人の大所帯で行くことになった。
ほんとのほんとに、大丈夫だよね、これ。ベアトリクス、何かあったら責任取ってよ。
衛兵隊の詰所の前で勢ぞろいする。何にするのか、皆樽を背負っている。
「こんにちは」
「こんにちは。元気にしてた?」
「お久しぶりっす」
ハンスさんの班の人達は、体験入隊コース以来の知り合いだ。積極的に挨拶してくれる。
「これが、噂の黒紫ですか。元が麻袋とは思えないっすね。背中の刺繍も格好良いですよ」
割合、好評である。
ニヤニヤとハンスさんを見ると、目を逸らされた。
しかし、いつの間に噂になったんだろう。謎だ。
「これ、そのまんま王都に着けて行けるんじゃないの。私も作ってもらおうかなあ。首元にメダルかなんか付けちゃってさあ」
お姉さんに好評だったのは、工作所で作って貰ったネックガードだ。
「いいなぁ、いいなぁ、私も欲しいなぁ。皆に言ってみようかなぁ、ベイオウルフだけ貰ってるって。女性兵士全員分揃ったらもっといいなぁって。衛兵隊のエンブレムをメダルにして着けてぇ、高い素材じゃなくてもいいからぁ」
散々工作所の二人にねだっていた。実はベイオウルフも同じものを作って貰っている。同じ一七五の会なら揃えた方が良いだろうと、親父さんが言ってくれたのだ。
二人とも天を仰ぐようにして溜息をついていたから、きっと全員分作らされるんだろう。
お二人とも、なんかごめんなさい。
ハンスさんがニヤニヤとこちらを見てくるので、とりあえず目を逸らしておいた。
下水道に入ると、松明で壁を照らして私が擦った壁の色の違いを皆に確認して貰った。
アドルフさんが詳細な見取り図を手に確認したところ、間違いないようだ。
工作所の二人が、なにやら錐を取り出しと、グリグリと壁のレンガの継ぎ目に穴を開け始めた。
穴が空くと、先っぽに長い紐がついた紙の筒を差し込んでいる。紐の先は長く床に垂らしてある。
「一旦退避して下さい」
お弟子さんが言うので、皆で遠くへ離れて並べた樽の影に隠れる。
「ベアトリクス。あの紐の先をファイアー・ボールで狙えるかな? なるべく、ゆっくりと飛ばして正確に当ててくれんか」
「いいわよ」
アドルフさんに難易度の高い注文を受けたベアトリクスが詠唱を始める。
「ファイアー・ボール!」
炎の塊が、ベアトリクスの手を離れ………なんだか時間をかけて、もやもやと進む……紐の先の上で止まって、ポトン、と落ちた。
紐の先に火が付いたのか、火花の様なものがバチバチと音を立てて紐に沿って紙の筒に進んで行き……き、消えてしまった……。
あれっ? もしかして、失敗? と思っていると突然それは来た。
紙の筒を差し込んだ辺りから、雷鳴もかくや、とばかりの轟音が響き…………私は…………腰を抜かしてしまった。
「何なのよ、これ! 一体、何が起きたの? 魔法? 私のファイアー・ボールはあんな大きな音はしないわよ!」
ベアトリクスが言い騒ぐのを、落ち着きなさい、とアドルフさんが宥めている。
後で聞いたのだが、遥か東の彼方へ旅した神官が持ち帰った火薬と呼ぶものらしい。衛兵隊工作所で見たあれだった。
ベイオウルフにおぶわれてその場所に行くと、握りこぶし程度の穴が一つ開いている。穴を中心にひび割れがレンガのつなぎ目に沿う様に走っていた。
二人の衛兵隊員がハンマーを振るって残りの部分を壊し、穴を大きくする。
穴の先は闇だ。
怖いもの知らずのベアトリクスが、穴の入り口にしゃがみ込んだ。
「おい、気をつけろよ!」
ハンスさんが言うが間もなく、手に持った松明を差し入れ、ひょいっとばかりに首を突っ込み左右を見た後、恐らくは天井を見上げた。
「あっ、いた。鼠!」
「危ないから出てこい」
ハンスさんが手を引っ張ろうとするが、それを振りほどくと、中へ入って行ってしまった。
「大丈夫よ。普通の小さい鼠しかいないから」
仕方ない、とばかりにハンスさんが続こうとする。
「結構いるわね。あっ、逃げた! こら、待て!」
パタパタと、奥の方へ追いかけて行く様子が聞こえる。
「ちょっと、きゃーーーーーーーー」
いきなり、悲鳴が上がった。
「どうした!」
一同騒然となる中、まずハンスさんが突っ込むと、他の兵士、アドルフさんと続く。
そして、ベアトリクスが何故かハンスさんに首根っこを掴まれるようにして外に出てきた。
「大丈夫か!」
「大丈夫?」
ベイオウルフに負ぶわれたままで近寄ると、なにか嫌な臭いがする。
「やー! もう! 鼠におしっこ引っ掛けられたあー」
水筒の水で顔を洗っている。
もう、びっくりするから、止めてよね。
「もう、大丈夫だ。入って来なさい」
アドルフさんが穴から顔を出した。
私も立てるようになったので、自分で歩いて入って行った。
そこは、物置くらいの狭い部屋で、十一人も入ると息苦しい。壁に掛けた松明が近くて少々熱い。
上を見ると、ぐるりと部屋を一周している梁にレンガが一個置いてあり、その直ぐ傍に穴が空いている。小さい鼠が顔を出すとすぐに引っ込んでしまった。ベアトリクスにおしっこをかけた奴かも知れない。
「始めてもいいでしょうか?」
お弟子さんの声に振り返ると、残りの樽を部屋の中に持ち込もうとしている。アドルフさんが頷くと、樽の栓を抜いて床に水を流し始め、衛兵隊がブラシで床を擦り始めた。
「何をやっているんですか?」
「床の隙間を探しているんだよ」
そんな答えが返ってきた。
お弟子さんと親父さんとで、次から次へと樽の栓を抜いて水を床に流していく。
足踏みするとバシャンと音がするのではないかと思えるくらいになった頃、皆で床を見ていてくれんかとアドルフさんが言って、魔法を唱えた。
「クランプ・エア!」
風属性の中級魔法だ。空気の塊を作って対象にぶつけたりする魔法で、強力な術者が使うと何十人も一辺に吹っ飛ばせる。
しかし、今は両手を床に向けている。ちょっと意味が分からないので、ベアトリクスに聞いてみた。
「あれは何をしてるの?」
「多分、足元に空気の塊の層を作って、水を押してるんだと思う。もし隙間があったら、そこへ押された水が吸い込まれていくでしょ?」
なるほど、さっぱり分からない。
仕方がないので、何が起きるのか結果を待つことにする。
皆でそれぞれ手分けして床を見ていたら、衛兵隊の一人が何かを発見したようだ。
「ここはどうでしょうか?」
「後で確認するから、良く見ておいてくれ。皆も他の部分を良く見ておいてくれ」
アドルフさんの言葉に、皆改めて自分の足元を見始める。
結局、怪しいところは、最初に見つけた隅の一か所しかなく、皆でそこに集まって観察した。
石と石の継ぎ目がへこんでいるようだ。恐らく、ブラシで擦ったせいで、継ぎ目に詰めた何かが、目に見える様になったらしい。
親父さんが、火薬を仕掛けた時に使った工具で突くと、指一本分くらいの穴が簡単に開き、水がどんどん流れて行くようになった。
それを確認したアドルフさんは一旦、手をかざすのを止めて、違う魔法を唱える。
「クランプ・ウォーター!」
水属性の中級魔法だ。クランプ・エアの水版だ。
アドルフさんが床に向けた両手を少し持ち上げると、床の水が宙に浮かび上がり、まるで生き物のように部屋の外へ出て行った。恐らく下水道に落ちたのだろう、バッシャアアン! と派手な音が聞こえた。
中級魔法を立て続けに無詠唱で唱えるなんて、一体どれだけ凄い魔法使いなんだろう?
調査の結果、床石が一枚持ち上がった。床石の下には縦長の箱が隠されていて、箱の中から結構な枚数の羊皮紙を丸めたものが出てきた。
「気付きませんでした。申し訳ありません。見逃した俺のミスです」
ハンスさんが頭を下げている。それを見た他の衛兵達も一斉に詫びだした。どうやら、前回も参加していたらしい。
「ベイオウルフよ。こういう時、衛兵隊の指揮官は何と言うのだったかな」
「次だ、次! です」
だそうだ、とアドルフさんが言うと、皆もう一度頭を下げて詫びている。
ハンスさんが眉間に皺を寄せて表情を固定しようとしているのと、お姉さんの肩が微妙に震えているのとは、見なかったことにしよう。
今回の調査結果が口外禁止になった事は、言うまでもない。
ネズミの巣を襲撃に行ったが、空振りに終わったということになった。
町長の立ち合いについては、壁を壊すから特別に視察したと、強引に胡麻化すらしい。壁を壊すために火薬を使ったから大きな音が出たが、音がしただけで何の役にも立たなかったとも説明されるそうだ。
羊皮紙の中身はアドルフさんが調査し、参加した皆に話してもらえることになった。




