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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第一部 第一章

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新しい装備品

 マルセロさんのお店に行き必要な準備とやらを聞くと、北の森か、と呟きながら教えてくれた。


「北の森の魔物退治で必要な物と言うと、まずは装備。次に道具。それから、そうだな……髪の毛を一束切っておいたほうが良いかな」

「髪の毛なんか何にするの?」

「形見分けかな」

「形見分け?」

「北の森の強力な魔物と戦って運悪く身体が失われてしまった場合に備えて、せめて髪の毛を残しておくのさ」


 えっっ? なにそれ? そんな強い魔物が出てくるなんて聞いてないんだけど……。


「北の森の魔王軍に戦いを挑むならそのくらいの覚悟は必要だろうね」  


 行かないから! 行かないから、そんな所! 行く訳がないでしょ! 何考えてんのよ、怖いわね! 確かに方角はあってるけど、この町のすぐ北にある森よ! 魔王軍がいる遥か北の森じゃないから!


 マルセロさんは、言い騒ぐ私達に、ごめん、ごめん、と謝ると、そこの森なら簡単だと、あっさり言った。


 もう、この人に罰を与える規約を作ったほうがいいかもしれない……。


「とりあえず、薬を幾つか持って行ったほうが良いだろうね」

「薬ですか?」

「うん。下水道のネズミと違って、北の森で遭遇する魔物は好戦的で飛び掛かってくるからね。攻撃魔法が当てにくいだろうから、怪我した時の回復魔法の魔力切れに備えて、回復用の薬はあってもいいだろうな。効果は魔法に比べると小さいけど、持っていて困るものではないしね」


 回復薬は薬師や神官が調合する。マルセロさんは薬師としての心得もあるらしく、この店では様々な薬を置いている。

 ベアトリクスと相談して、念のため一七五の会予算で一個買った。銀貨一枚だ。

 毒消し用とか状態異常回復用とか他にも色々あるけど、値段が高いし北の森では必要ないだろうとのことなので、買わずにおいた。


 念のため、装備はどうかと聞いてみると、革の楯くらいだろう、と言うので止めておいた。

 ハンスさんに貰った中古があるし。

 聞くところによると、装備品の新品は値段が高く金貨で勘定しなければ買えないらしい。

 私達には到底無理だ。

 世間に魔物退治屋のなり手がいない理由はもしかしてこれ? とか思ったが、私達の行く末が見えなくなってくるので、考えないことにした。




 ハンスさんの話も聞かないといけない。 


「来週からは、北の森へも行くんだな?」

「そうよ。アドルフさんに準備しとけって言われたんだけど、何を持ってったらいいの?」

「この間渡した楯は持っていけ。それから、例の黒紫は着ていくのか?」

「必要なら」

「着ていけ」


 あら、結構評価高いじゃないの。夜更かしして頑張った甲斐があったわ。いつの間にか黒紫なんて通り名がついてるし。


 後は首回りだな、とハンスさんは言う。

 飛び掛かってきて噛みつく攻撃が主体の魔物は首を狙うらしい。


 と言われても、何をすればいいのか分からない。

 ベアトリクスと二人顔見合わせていると、ハンスさんが助け舟を出してくれた。


「うちの工作所へ行って、チェインメイルの切れ端でも貰ってこい。邪魔にならん程度に首に巻いておけば無いよりはマシだろう」




 工作所に行くと、若い男の人と白髪交じりの年配の人がいた。

 さながら、場を仕切る親父さんと弟子、と言ったところか。


「ハンスさんの紹介で来たんですけどー」


 ベアトリクスが全く物おじせずに大声をあげる。

 無骨な衛兵隊の施設を赤いローブと白い神官衣を着た女の子がうろついているのだから、胡乱臭げな眼で見られると思ったが、そうでもなかった。


「おう、お前さんらが、一七五の会とやらか!」


 親父さんが威勢よく声を掛けてきた。

 知ってんの? と聞くベアトリクスは、あたりめえよ、返す親父さんと笑いあっていて、あっという間に仲良くなっている。

 どうやら、私達の事は衛兵隊内では知れ渡っているらしい。

 それにしても。この娘の社交性の高さはどう言ったらいいのだろう。


 事情を話すと、親父さんとお弟子さんは、二人してなにやら相談していたが、話がまとまったらしく、奥から鎖の塊を持ってきた。

 首回りを測られて、ちょっと待っていろ、と言われたので工作所の中を見て廻ることにする。




 工作所は、マルセロさんの工房の倍以上の広さがあり、皮鎧やら武器やらがそこら中に立て掛けてある。

 ベアトリクスが隅っこにある壺の蓋を勝手に開けている。


「これ、何?」


 もう! あんた怒られるから止めなさいよ。


 途端に声が飛んでくる。


「おい、そいつに触るな! そいつは敵の城壁を吹っ飛ばしたりするのに使う物だ。下手をすれば爆発して身体がバラバラになるぞ!」


 ちょっと待って、ちょっと待って、身体がバラバラって、ベアトリクス早く蓋を戻しなさいよ。


 慌てて謝ると、名残惜しそうにしているベアトリクスを引っ張って壺から引きはがした。

 もう、大人しくしておこう。

 親父さんに一言断って、ベアトリクスを引っ張って休憩室へ行き、そこで待つ事にする。




 しばらくすると、お弟子さんが呼びに来てくれた。

 そして、これでどうだ、と見せてくれたのは、武具とは思えない素敵なものだった。


「わ、悪くないわね」


 遠慮という言葉をどこかに置き忘れている魔法使いも、流石に声が上ずっている。


 目の細かい鎖を首の長さにあわせて布の様に繋げたようなもので、後ろで留め金を使って留めて、首に巻き付けるように出来ている。裏地は柔らかい布が張ってあって、鎖が肌に直接触れないようになっていた。

 聞くと、細かい鎖、皮、やや太い鎖、裏地の四重構造になっているらしい。そのほうが、敵の攻撃がとおりにくいそうだ。

 表面の鎖は黒色に塗られていて、上下の端には銀色の鎖が使ってあった。

 そして、二本の長さの違う少し太い銀色の鎖が互いの間隔を空け胸元に垂れ下がるように付けてある。

 銀メッキの鎖が余っていたのだそうだ。

 ネックガードと言うらしい。


 でもでも、首飾りよ、これ!


「本当はチェインメイルのように頭から被ったほうがいいのだろうが、そうすると重くなるし金を取らなきゃならなくなるからな」


 ただならこんなところだ、と親父さんは言ってくれた。


 キャー! こんなの初めて身に付けるし! しかも、男の人にプレゼントされちゃったなんて。私神官なんだけど、どうしましょう? ああ、女神様。これは装備なのです。


 ベアトリクスと二人で、きゃあきゃあ言って喜んでしまう。


「そんなに喜んでもらえるとは思わなかったな」


 照れる二人に、散々お礼を言わせてもらった。


 なんでも、お弟子さんのほうは元神官で、教会の工房にいたから細かい作業が得意らしい。


「こいつは神官だったくせに惚れた女が出来ちまったみたいでな。還俗してうちに来たのよ。教会の工房にいたから、薬の調合も出来る。火薬とやらいう良く分からない物やら、そういう洒落た物まで作っちまう。うちじゃ重宝してるが、店でも出せば一儲けできるだろうに」


 えへへ、と笑うお弟子さんに、私達はさらにきゃあきゃあ言う。


 で、どうなったの? 彼女にしたの?


 うん、とばかりに頷く。


 やだもう、どうしましょう?

 どこの誰? どんな娘? ちょっとあんた! もうちょっと詳しく話なさいよ!


 ひとしきり騒いで散々に質問攻めにした後、何かあったらまた来いよ、とありがたい言葉を頂いて工作所を後にした。

 二人ともなんとなく疲れた表情をしていたが、気付かなかったことにした。




「で、そいつを作って貰ったのか?」


 ハンスさんは、両手を広げると盛大に首を振りながら肩をすくめた。

 そんなにため息つかなくてもいいじゃないの。


 ベイオウルフが入ってきたので、二人してネックレス、じゃなかった、ネックガードを見せびらかした後、弾劾を開始する。


「ちょっと、聞きたいことがあるんですけど」


 ベアトリクスがアドルフさんとのやりとりを話す。


「気づいたか」


 ハンスさんがあっさり認めた。

 まずは証言を一つ取れた。

 ベイオウルフを見ると、目を逸らされた。


「私達が知っていても結果は変わらなかったと思うんですけど」

「まあ、そうだな」


 これで証言二つ。

 ベイオウルフを見ると、目を逸らしすぎて首だけ背中側を向いている。なかなか器用だ。


「なんで黙ってたんですか? それもベイオウルフまで」

「俺が口止めしたからだ。知ってしまったら、ある程度の数を倒すだけになるかも知れないだろう。本気で取り組んでもらうためだ。隊長代行の俺が口止めした以上、任務に関わる事を軽々しく話してはいかん。守秘義務があるからだ」


 任務? 守秘義務?


 ベイオウルフを見ると、首をさすりながらこっちを見てしきりに頷いている。


「ベイオウルフから、お前達の規約とやらは聞いていた。そのうえで、話しても良いかとの意見具申を受けている。そこまでしている以上、彼女の規約に対する義務は果たされているとみなして良い。そして、俺が命令して口止めした以上責任は俺にある。しかし、俺にはお前達の規約は適用されないし、法に触れていないから王国法による罰則も受けない。分かったか?」


 くっ、上官の命令なんて、想定していなかったわ。


 ベアトリクスを見ると唇を噛んでいたが、仕方ないわね、と呟いた。

 ベイオウルフはホッとしたようにこちらを見ている。


「以上だ。これで終わりだな?」


 畳みかけてくるハンスさんに、仕方なく、はい、と頷く。

 言質は取ったぞ、と念押しまでされてしまった。


「それに、この二週間の間、お前達が一回で最高何匹倒すかで衛兵隊で賭けをしていた。話すわけにはいくまい」


 へっ? 賭け?

 ベイオウルフを見ると、ブンブンと首を横に振っている。

 知らないようだ。


「俺だけが十五匹的中で総取りだ。いい小遣い稼ぎになったよ。礼を言う」


 それまで険しい表情だったハンスさんが、ニヤニヤしながら言った。


 このオッサンどうしてくれよう……。




 結局、ベイオウルフには鳥の頭亭で晩御飯を一回奢らせることにした。

 彼女は当事者だから賭けていたのは知らされなかったらしいが、調査の事を全部知っていて黙っていたのだからそのくらいは当然だ。

 ちなみに、調査前のネズミ退治の平均は一回十~十三匹程度で、週平均三十匹から四十匹といったところだったらしい。私達とそんなには変わらなかった。




 ベイオウルフの奢りになる晩御飯を食べながら、ベイオウルフの奢りになるワインを楽しむ。


 ちょっとベアトリクス。あんたワインのお代わり三杯目でしょ。少しは遠慮しなさい。


「そんなことよりも、ちょっと聞いて欲しいことがあるのよ」


 ベアトリクスは顔が赤い。既に酔っぱらっている。


「この前のハンスさんの話覚えてる? 記録を出した部屋の事」

「覚えてるわよ。二十六匹でしょ?」


 酔っぱらっているとは言え、他の人が聞いても分からない様に話すくらいは自分を維持出来ている。


「そうそう、あの話どうしても納得出来ないのよね」

「何が、納得出来ないのよ?」

「だってさ、本人の希望通り研究は続けてたんでしょ? なのに、どうして、ど・う・し・て、暴れたのよ?」

「それは失敗とか……」

「失敗なんてそれまで全部失敗でしょ?」

「嫌いな人がいたとか?」

「嫌いな人? そんなことしてたら、人類は滅亡するわよ」


 確かにその通りだ。上級魔法使いが嫌いな人をいちいち襲ってたらどれだけの被害が出るか想像もつかない。


「他にもきっと何かあるわよ。絶対に怪しいわ」


 ベアトリクスは、ダンっ、とばかりに拳でテーブルを叩く。


「ベアトリクスはどうしたいんだ?」


 我儘な酔っ払いが相手にも関わらず、ベイオウルフが優しく聞いている。


「その部屋を調べたい」

「調べたいって、壁になっちゃってんでしょうが」


 ふん! とベアトリクスが鼻を鳴らす。


「壊せばいいのよ」


 絶句してしまった。

 ほんと、魔法使いって、とことんまで追求したがるんだから!

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