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第一話 三人の娘

 私も十五歳の誕生日を迎えた。

 十五歳になると、成人とみなされ仕事も見習いから正規労働に格上げされる。

 賃金も上がる。


 私は神官志望だったので、朝の祈祷を済ませた後で正式に任命された。

 任命者は司教である院長先生。立会者は三人の女性神官。皆さん孤児院の運営に携わっており、私の先生達だ。


 任命を見守って下さった女神様の像は、東から登る朝日を背にして後光が差している。御前には幾本もの蝋燭が灯されている。高い天井にある天窓からはさわやかな朝の光が降り注ぎ、外から軽やかな小鳥の声が聞こえてくる。

 

 通常は教会で任命されるのだが、聞いてみると孤児院の祈祷所にも祭壇があるから大丈夫との答えが返ってきた。折角なので、私が産まれて以来ずっと見守って下さった女神様の御前で任命を受けることにした。


「おめでとうジャンヌ。これであなたも一人前の神官よ」


 赤い祭衣に身を包んだ院長先生は、同じく祭衣に身を包んだ三人の女性神官とともに穏やかに微笑んでいる。私も思わず涙ぐんでしまった。先生達にはよく叱られたけど、それも今となっては良い思い出だ。侍者として駆けずり回った日々が思い出される……。


「ところで、あなた、これから本当に大丈夫なの?」


 突然、大柄な院長先生の両手が私の肩を鷲掴んできた。

 右頬に刀傷がある顔が間近に迫ってくる。

 回想にふけっていた私は、一気に現実へ引き戻された。


「今からでも間に合うわよ。野良神官なんか止めて教会に所属しなさい。そのほうが安心よ。推薦状ならいくらでも書いてあげるから。なんなら王都の大司教様に直接掛け合って、ここにいられるようにしてあげるわよ。」


 無所属の神官を野良なんて、司教が言っていいものか。

 そのまんま、私の身体を揺さぶってくるものだから、首が、がっくん、がっくん、と……。

 もう、いいお年なのにえらい力だ。


「院長先生、そのくらいにしておかないとジャンヌの首がもげてしまいますわ」


 丸顔のジェニファー先生がおっとりとした口調で助け舟を出してくれた。この人は優しくて、いつも私を助けてくれる。


「あっ、ごめんなさい。ジャンヌ。大丈夫ですか?」


 このまま気を失うかと思った。


「野良神官と言ってますが、確か院長先生も元は野良っすよね?」


 神官であることがもったいないような美人で巨乳のキャサリン神官も援護してくれる。

 この人がうかつに遊びに誘えない神官職であることを町の男性諸氏が嘆いているようだが、果たして本人は自覚しているのだろうか?


「野良神官出身だからこそ分かるのよ。本当に大変なの。お金がなくて満足に食事もできない時もあったわ。野宿もしたし。教会所属になれば、教会に籠りっきりになるけど、衣食住には困らないのよ。そう言えば、一人で野宿した時に、変な男達に囲まれて戦って撃退しなきゃいけないことも何回かあったわ」


 全て撃退したのですね。凄いです。院長先生。


 そう、院長先生は、かつて魔王を討伐した。

 七英雄と呼ばれる先代セルトリア国王が率いた六人の仲間の一人という猛者中の猛者で、右頬の傷は魔王と戦った時の勲章らしい。


「確かに私達には野良の経験はありません。でも、ジャンヌ自身が決めたことですし。尊重してあげなくては」

「どこにいようが神官は神官、信仰の気持ちは変わらないって、院長先生言ってませんでしたっけ?」


 お二人とも、ナイスフォローです。もっとお願いします。


「そうは言っても、年端もいかない子が野良なんて……。せめて、もう少し大人になってからの方が……」


 半ば涙ぐんでいらっしゃるのは、ありがたいと言えばありがたいのだが……。

 院長先生、私本日をもって成人しました。もう大人なんですけど。

 それに、私を神官に任命したのは院長先生ですよね。


「あの、皆様。教会無所属神官のことを野良というのは、控えたほうがよろしいかと」


 様子を伺っていた一番若いエミリー先生が、一番常識的なことをおずおずと言ってきた。


 結局、孤児院を出ていくことになる半年後までに、院長先生の言うところの野良神官としての生活の目途が立たなかったら、もう一度教会所属になることを真剣に考えると、今年に入ってから何度目かの約束をさせられた。

 でも、野良に生活の目途なんて立つのかな。誰か教えて。




 なんだかんだで、神官の任命式……叙階と言うらしい……を終えた私は孤児院の自分の部屋に戻ると、儀式の時なんかに着る祭衣から、普段着用の白い神官衣に着替えた。


 そのまま町に行き、飲み屋の一つに入った。町のオッサン達がカウンターでビールを飲んでくつろいでいる後ろをすり抜けると、奥のテーブルには二人の娘が陣取っている。そのうちの一人が立ち上がって声をかけてきた。


「来たわね、ジャンヌ。お誕生日、おめでとう!  さ、こっちよ、こっち」


 黒いインナーに赤いローブを着た黒髪ロングの娘が、はしゃぐように手を振っている。

 ベアトリクスだ。


 同い年の孤児院仲間で、町の魔道具屋に務めている。

 彼女は四月生まれで、私より二か月早く成人している。頭が良い娘で魔道具屋でも重宝されているらしい。彼女の夢は自分の魔道具屋を王都に持つことで、いまは店員として経営のノウハウを実地に学んでいるところだ。


 隣に座っている男と見まがうような大柄の金髪ショートが、町の衛兵隊に所属するベイオウルフだ。休憩時間に来たのだろう、皮鎧を身に着けている。


「待っていたよ、ジャンヌ。お誕生日おめでとう」


 あだ名より本名のほうが相応しい優しい声と穏やかな笑顔を持つベイオウルフも、私の誕生日を祝ってくれた。

 声に似合わず男っぽい口調なのは、衛兵だからだろう。


 名前も男みたいだが、これは院長先生がつけたあだ名だ。

 子供のころから大柄で力持ちだった彼女だが、体に似合わず優しくシャイな性格で、孤児院に来た頃はずいぶんと口数の少ない大人しい子だった。両親ともに死亡して、本人も自分の名前を皆に言わなかったことから、強くたくましい子になるように、と院長が名付けた。後日、仲良くなってから本当の名前がフランシスという事をこっそりと教えて貰ったが、なぜか本人もベイオウルフと呼ばれたがるので、相も変わらずそう呼んでいる。


 誕生日が五月なので、まだ入隊して一か月だ。でも、十三歳から見習いに志願しているから、それを含めると衛兵勤務は二年を超える。

 ちなみに、彼女の夢は強くなって王国中央軍に選抜されること。王国軍兵士は町の衛兵隊勤務を三年以上経験した者から推薦で選抜される。中でも近衛兵は精鋭中の精鋭だ。


 テーブルには、手を広げた程の大きさの丸いケーキが置かれている。砂糖をまぶした柔らかいクッキーにクリームをたっぷり使い、砂糖漬けのベリーが乗っかっている。円を描く様に小さい蝋燭が五本、やや大き目の蝋燭が中央に一本立っている。二人が用意してくれた私のバースデーケーキだ。


「もっと大きいのにしようと思ったけど、どうせあんた食べないでしょ? だから小さいのを三人で分けようと思って」


 ごめんね、とばかりにベアトリクスが私に向けて、両手を合わせながら言ってきた。


「丁度いい大きさよ。二人ともありがとう」


 二人が奢ってくれると言うので、甘いケーキにあうようにサイダーを頼んだ。




 ひとしきり、ケーキに舌鼓を打ちながら、お互いに今日あったことを話していたら、案の定、院長先生が私の今後をいたく心配されていることにベアトリクスが食いついてきた。


「そうなのよね。本当に大丈夫なの? あんた」


 ベアトリクスにも心配された。

 私の選択を前から知っているはずなのに。


「その事だけどね。ベアトリクス、例の話は上手くいったの?」


 今日はこの話をするために来たのだ。

 決して、孤児院では滅多に目にすることのないケーキを食べに来たのではない。


「うん。なんとかなった。少なくとも、お金がなくて野垂れ死ぬことはないと思うわ」


 ホッと息をついてしまう。なにせ私の生活がかかっている。




 孤児院を卒業したほとんどの子は、卒業するまでに見習いとして働いていた場所に就職する。


 しかし、私達はそれ以上のなにかになろうと思った。

 ただ単に仕事を見つけるだけじゃ駄目だ。夢を持とうと。そのためにお金を稼ぐんだ。


 そして、話し合いの末にたどり着いたのが、魔物退治屋だった。

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