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仮面

作者: 春羅


 化けの皮はすぐに剥がれた。


 いっそ鮮やかに。少しも悪びれず。罪の意識なんか微塵もない。まるでその言葉すら知らないみたいだ。



 きっとこのひとに、なんの迷いもないんだろう。自分の意志を信じてやまない。そこは僕、似てるかも。


 違うのは、僕の皮は剥がれないってとこ。鉄でできてるからね。


「我々は幕府の禄を食んでいるわけではない。革命を咎められる所以などないのだ」


 難しいことはよくわかんないけど、京までの旅費に支度金、出してくれたのは誰でしたっけ?


「尊王攘夷の魁として、我々は立ち上がる。これぞ武士の本懐であろう」


 朝廷へ攘夷決行の約束をしようと上洛する公方様。何度も“我々”とか強調してるけど、僕ら江戸の浪人達はその護衛として集められた、寄せ集めの他人同士だ。


「恐れ多くも天朝の御為に、命散らそうではないか!」


 その中にいくつもの派閥がある。


 僕・沖田総司は近藤勇先生の試衛館という道場から、揃って京に来た。


「神国日本の地を夷狄に踏み荒らされていいものか? 否、我々の赤心は断じてそれを許さない!」


 なのに着いた途端に翻された。


 ここ新徳寺に集められて、さっきから続く長々しい大演説はそろそろ終わりらしい。


「諸君! そうであろう!」


 自分の話し振りに心酔したように得意顔で見渡すのは、浪士隊の発案者らしい清河八郎さん。


 漏れなくキョトンとしてる感じだけど、一番驚いたのは目付け役として旅路を共にした、幕府の役人さん達だと思う。


 ただひとり、僕の前で話を聞いていた先生の背中は途中から震えていた。それに気付く素振りも見せず、ニンマリと満足の笑い顔で続ける。


「既に朝廷に建白書を提出し、お許しをいただいている。まず、我々は江戸へ戻る」


 先生の隣にいた、とし……土方さんはずっと苛々してたみたいだけど、ついに舌打ちをした。


「狐め」


 確かに、悪意のないキツネさんですね。だって、謀略を張り巡らせるつもりさえなく、ごく自然に見えるから。


「今こそ、神国の兵として立ち上がろう!」


 突如、先生が立ち上がった。


 その動作を賛同と見取った清河さんは一瞬相好を崩した。


「……承服できかねる」


 周りにいた試衛館のみんなは、土方さんまでポカンと見上げた。


「"我々は"大樹公をお守りする為にここに参った筈。ご到着を待たずに帰るとは、滑稽なことですな」


先生は相当怒っている。いつもならこんな嫌味を言ったりしない。


心中はかなり煮えくり返っている。それでもゆったりしている先生に対し、清河さんは薄青い顔面を首元まで赤くして、拳を震わせる。馬鹿にされるのが極端に厭らしい。


「拙者・近藤勇は京に残る」


 躰中の芯から、血が沸き上がった。もしも敵ならば、身の毛が弥立つ恐怖だろうか。けれど先生は、僕の進む道の指針だ。


「先生、僕もお供します!」


 生涯あなたについていくことを、許してください。


 夢中で立ち上がっていた。熱心に大きな背中を見詰めるけれど、先生は清河さんを睨み据えたまま、僅かさえ、振り返る素振りも見せなかった。


「俺も残る!」


「近藤さん、惚れ直したぜ!」


 試衛館のみんなも次々と続いた。最後に無言の土方さん。後ろにいる僕を、何故かまた舌打ちでもしそうな表情でチラリと目配せした。それどころか、口をパクパク動かす。……ちょ、なんですかバーカって!


「ふ……たかが八人で何が……」


「儂も近藤氏に賛成だ」


 ゆるりと立ち上がったのは芹沢鴨さんだ。かなり呑んでいるみたい。


 先生とは本庄宿での一件以来、意外と仲が良い。武士に理想を持つひと達同士、気が合うんだろうなぁ。


 芹沢さんは攘夷派の魁・水戸天狗党の出身で、この浪士隊の中では幕府の役人さん達も一目置く存在。召集されたばかりの時……山南さんがすごーく怒ったんだけど、先生が無役だったのに対して、組頭を任されている。


 互いの口論の意味はよくわからなくても、“あの”芹沢さんが清河さんに対立したのはわかる。すっかり呆気にとられていた人達は波打つようにざわめいた。


 そして清河さんの理知的な顔は、さすがに青くなった。


「世間を知らぬ田舎者共め……! ならば即刻出ていくがよい!」


 田舎者って……そうじゃないひとがここにいるかなぁ。あなたも含めて。


 僕と似たようなことを思ったのかもしれない。芹沢さんは、地鳴りさながらの豪快な笑い声を響かせた。


「清河八郎は武士に非ず! さぁ参ろうか、近藤氏」


「は、はい!」


 先生は戸惑いを少しと、嬉しさを全面に返事した。


 本当に真っ直ぐなひとで、僕は大好きだ。けれど土方さんは何か言いたげに歯噛みしている。


 僕ら試衛館一門八人と芹沢さん達五人は揃って新徳寺を出た。


 先生と芹沢さんは親しげに話している。ほぼ地顔のふてくされた表情でいる土方さんに近付いた。


「先生、かぁっこよかったですねぇ!」


 さっき口パクでバカと言った時と同じような溜め息顔をされた。


「せっかくの大見得を芹沢に奪われちまった」


 そんなことを気にしてたんですね。女房役は大変だなぁ。


「ったく、気に食わねぇ野郎だぜ」


「……斬りますか?」


 清河さんのことは、幕臣の佐々木只三郎さんが蛇のような眼で睨んでいたし、芹沢さん達も物騒な話を楽しげにしている……僕達に、先生にジャマなのは……。


「お前は、んな事考えなくていいんだよ」


「もう! またコドモ扱いを!」


「コドモじゃねぇか」


 僕が振り上げた腕はあっさりと掴まれた。剣術では負けないのになぁ。


「だいたい真っ先に京に残るとか言いやがって……どうせ何も考えてねぇんだろう! お前には竹刀が似合いなんだよ。江戸に帰れ!」


 来る前に散々反対されたけど、またそれか。ちゃんと、考えてますってば。


「イヤですよう! 僕は何があっても先生についていくんですっ! 土方さんだって同じなくせにっ! 僕ばっか怒ってズルいですよ!」


 ケンカで土方さんに勝てるわけないのに、知らず知らずに白熱した取っ組み合いで、かなりの大声になっていたみたい。


「ははは、何やってんだ二人して」


「やれやれー!」


 僕らはぐるりと、遠巻きに囲まれている。


「総ー司ー!」


 先生は涙すら浮かべて、両腕を広げた。


「いいこだなー!」


 僕を抱き締めて、ぐりぐりと頭を撫でてくれる。


「わっ! せんせぇ~」


 だって、決めたから。


 僕はこの仮面を剥がさないまま、先生から離れやしないって。







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