028-クリスマスがやってきた
アルカが報告に帰還してから数日が経ち、待望の冬休みが始まった。
そんな冬休み初日ではあるが、俺達は皆で神崎珈琲店のクリスマスイベントの飾り付けを手伝っていた。
『何でしょうかね。何年も会ってない親戚の家の叔父さん家の誕生日パーティの準備をさせられてる気分です』
カナが天使らしい悩みを吐露している横で、セラは気にする様子もなくマイペースに作業を進めている。
「セラ的にはこういうイベントはOKなのか?」
『ん? ああ、別にどこぞの見知らぬ神とはいえ、祝い事を忌避する理由は無いしの。素直に祝ってやるのも、また一興であろう』
どうやら死神のスタンスは日本人の宗教観に近い感覚のようだ。
正月の初詣も問題無さそうで何よりである。
『でもセラちゃん、お姫様なのに下働きなんてさせちゃって良いんスかね。後でバレて、私ら不敬罪で斬首とかされたりしないっスか?』
『そんな馬鹿な事を言う輩が現れたら返り討ちにしてやるから、心配するでない』
『セラさんの性格を考えると、本当に返り討ちにしてしまいそうです……』
『うむ』
即答するセラを見て、カナは呆気にとられてしまった。
まあ、これでこそセラって感じではあるな~……と思っていると、入り口のドアが開いた。
「ただいま~」
「お、リンナちゃんもお疲れさま」
ちょうど飾り付けの終わったタイミングで、神崎珈琲店の本家看板娘であるリンナちゃんが戻ってきた。
「なんか、表で小鳥が『イラッシャイ!』って喋ってたんだけと、アレ何???」
リンナちゃんが訝しげな顔で目線を向けた先……つまり店の玄関には、アルカが置いていった小鳥さんこと、ホロウの姿が見えた。
「ああ、知り合いから預かってるんだよ。すげー賢いぞ」
元がデカいだけあって知能も非常に高いのか、こちらの話している事は理解しているし、言葉を教えれば喋れる……というか、この世界のインコを模倣しているような雰囲気だ。
何故か俺の頭に乗りたがるのだけは困りものではあるけど、それ以外は文句ナシで良い子である。
「ふーん」
素っ気ない返事をしつつも興味津々なのか、チラチラとホロウを方を身ながらカウンターの奥に行ったリンナちゃんは、しばらくして人数分の飲み物をお盆に乗っけて戻ってきた。
ちなみにキサキだけは『キンキンに冷やしたアイスティー希望っス! キンキンキンキンで!!』と、事情を知らない人には意味不明過ぎる要望を出して不思議がられていたけど、ちゃんと希望通りのモノが届いていた。
『よかった~。ホットだと死ぬとこだったっス』
「大げさ過ぎじゃない!?」
リンナちゃんは我慢できずに突っ込んでいたけど、キサキの言っている事は何の誇張も無く事実なので仕方がない。
「それにしても、パパったらこの時期になると張り切っちゃうもんだから……。そろそろ歳を考えて欲しいわね」
リンナちゃんがジト目でカウンターの奥に目を向けると、ちょっと強面のダンディなおじさまがシュンとしていた。
この方こそ神崎珈琲店のマスターなわけだが、無口でぶっきらぼうで厳つい見た目の割に、その内面は意外とメルヘンだったりする。
そして、例年通りに店内の装飾に精を出していたところ見事に腰をやってしまい、俺達が助っ人に駆り出されたわけである。
「オヤジー、湿布と腰痛ベルト買ってきたぜ! お、リンナ、気が利くじゃねーか」
「あっ、こらっ。それはリクさんのヤツ! 自分で入れなさいよっ!!」
いつの間にやら買い出しから神崎が戻ってきていたが、盆に乗ったコーヒーを拝借しようとして、リンナちゃんに怒られていた。
『ふむ。我輩には全部同じ器に見えるのじゃが、リンナには区別が付くのか?』
「当たり前でしょ? 何年、看板娘やってると思ってんのよ……って、何でみんな笑うの!?」
小学四年生のお子様らしからぬベテランさんみたいな事を言うリンナに、思わず皆は吹き出してしまう。
「期待してるぜ」
「ふんっ」
優しく笑いながら頭をぽんぽんと撫でる神崎を一瞥して、リンナちゃんは頬を染めながらプイとそっぽを向いた。
◇◇
『それにしても、唐突に信仰心が強まるなんて、この国の人の考える事はよく分かりませんね』
店の窓から、赤と緑に彩られた街を眺めながらカナが不思議そうに呟く。
「まあ、数日も経てば別の神様を崇めてるだろうから、期待しない方が良いと思うよ」
『え゛っ!?』
そんなまさかと言いたげな顔をしているものの、カナは約一週間後にその言葉の意味を思い知ることになる。
「だけど、結局のところ今年も色気のねえクリスマスになりそうだぜ。リクに至っては華だらけなのにそれを活かそうともしねえし」
「んなコト言われてもなぁ……」
「なあに。カナちゃんに手を出すのは許せねえけど、セラちゃんならアリだと思うぜ!」
神崎が相変わらず過ぎる持論をぶっ放した結果、周囲の温度が氷点下へと落ちた。
別にキサキが冷やしたわけではないけれど、神崎に対する女性陣の視線は"軽蔑"一色である。
『あはは。神崎君、マジでキモいっスね!』
キサキのド直球を食らった神崎がガクリとうなだれる。
「馬鹿な、キサキも俺と同じドM路線だったはずでは……!」
『意味わかんないけど、君と同類扱いされるのは何だか生理的にイヤな気がするっス』
「生理的ーーーー!!?」
ついに精霊にすら生理的にNGをくらってしまった神崎は、オーバーアクションで吹っ飛んでいった。
「うぅ、妹として恥ずかしい……」
さっきとは別の意味で頬を紅くしてリンナちゃんがガクリとうなだれていて、セラが苦笑しながら慰めていたとさ。
◇◇
そしてクリスマス当日がやってきた!
「……で、どうして俺は野郎と二人で自分ん家の喫茶店で働いてるんだろう」
「色気のねえクリスマスになりそうって自分で言っておいて何を今更?」
というわけで俺は、ぶう垂れている神崎と共に神崎珈琲店で臨時バイトをやっております。
ちなみに俺が普段働いているレストランは、店長さんが『リア充にイチャコラされるのを見せつけられたら、俺みたいなスライムはニ○ラムで消し飛んでしまう』と言って臨時休業してしまった。
気持ちは分からんでもないけど、大人としてそれはどうなのか……。
「まあ、夜には皆集まるからそれまで我慢しろって」
「皆と言ってもチビッ子ばかりで色気が足りないじゃんかー!」
閉店時間が過ぎた後で皆集まってパーティをする予定なので賑やかにはなるのだが、神崎が文句を言っているのは、カナが不在なのが理由である。
カナ曰く『今日は女神様の手伝いで死ぬほど忙しい』だそうで、さすが聖夜だけあって本業が大変らしい。
「一応、早苗姉さんとキサキも来るけど……」
「キサキは論外だが、リクの姉さんとやらは気になるな。……Sっ気はあるのか?」
「なんて質問だよ!! ……まあ、神崎の趣向とは真逆とだけ言っておくよ」
種族的には半悪魔だけど、早苗姉さんの温厚っぷりな性格はまるで天使のようでもある。
そんな俺の返答に、神崎はガックリと肩を落とした。
って、人様の姉の性格を聞いて落ち込むとか、なんてヤツだ!
「おい、それよりもお客さん来たぞ! いらっしゃいませーっ」
「うぇ~い」
てな感じで、クリスマスの昼は特に代わり映え無く過ぎていった。
この後に一波乱あるとも知らずに。





