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花粉症少女の妖怪退治  作者: るーる
1/1

梅雨の日に

「ここか」

私は、鉄筋コンクリートのごくごくありふれた学校の校舎を見上げた。

 降り続ける雨の中、人気のない校舎はそれだけで不気味だ。その上妖怪が出るというのだから誰も近づかないのもうなずける。

 学校という場所は、古今東西妖怪があらわれやすい場所である、財団法人全国妖怪対策協会略して全妖会から派遣された妖怪退治の専門家、それが私だ。

 この季節、花粉症の私としては、妖怪退治はシーズンオフ。鼻が詰まって集中力は下がるし、目は痒い。さらにくしゃみが妖怪に反応したくしゃみなのか、それとも花粉のせいなのか分からなくなる。くしゃみをすると噂をされているとよく言われているがあれは、漂う妖気や霊気の変化を感じとって発生する。この業界ではくしゃみは、相手の存在を知る警報器。全部が全部、井戸から出てきて真正面から迫ってきてくれるわけではないのだ。それこそ目隠しとは言わないまでも薄布をかぶって仕事するようなものだ。もちろんそれは私をここに派遣した担当も知っているが、どうせ雨なら大丈夫だろうと思っているのだろう。屋外ならまだしもこの時期室内についた花粉はそう簡単には落ちない。なにが、「君が適任だ」だ。しかしまあ、万全ではない状態で仕事を受けるのは、プロとしてどうかと思うが、駆け出しの身としてはどんな仕事でも今は取っておきたい。

 情報ではここにいるのは雨師。雨を降らす仙人、場所によっては神格化されているところもあり、強力とは言わないが、学生が楽して勝てる相手でもない。

 校舎に入り傘をたたむと鼻に反応があった。

「くしゅん! くしゅん!」

 誰も見ていないので豪快にくしゃみをする。スカートの右ポケットからポケットティッシュを取り出し思いっきり鼻をかむ。私だって女だ。人前ではもっと静かにやるが今はその必要はない。

「あー」

 喉に痰が絡むのでペッと吐き出す。もちろんティッシュにだ。地面に吐き捨てるなどそんな事はしない乙女だからだ。

 恐らく今のは、妖気を感じてのくしゃみだろう。言葉で表すとむずむずの中に一つまみのぞくって感じだ。しかしこれでアレルギー反応のスイッチが入ったかもしれない。早く終わらせないとポケットティッシュなんぞすぐに使い切り、使用済のティッシュですぐにポケットがいっぱいになる。

 極力花粉が付きそうな柔らかい物を視界に入れないように校舎を進んで行く。花粉症の経験のない人のために説明するが、花粉症というやつは物理的に体が反応するのもあるが、精神的に反応することもあるのだ。一部の人たちは花粉症そのものが思い込みによるものだ、という人もいるがそれは断じて違うと思う。根性で抑えられるものではないが、視覚からくる情報で悪化することは確かにある。

 私の探知力が良いほうではない、業界人としては落第点を付けられるすれすれのレベルだ。しかも絶賛花粉症で、マスクに花粉対策メガネ装備の私が感じたのだからすぐ近くにいる。

「くしゅん!」

 体が妖気に反応した。そしてその先に見えたもの。

 最悪だ。

 ここは視聴覚室。

 扉を開けてすぐに分かった。分厚い遮光カーテンにくるまっている。

 長く使われてない遮光カーテンは、大量の花粉とダニをため込んでいるだろう。

 空気清浄機のCMでよく見る可視化された花粉の映像を考えたくないのに考えてしまう。

「くしゅん! くしゅん! くしゅん! くしゅん!」

 想像するだけでくしゃみが発作のように押し寄せる。

 粘度の低い、まさに水のような鼻水は容易にポケットティッシュを貫通する。少し手についてしまったがそんなことは気にしてられない。

 腰につけているポーチから黒い玉を取り出す。私はイカ墨玉と呼んでいるが正式名称は自衛隊装備みたいにもっと長い、イカの内臓から作られた物で、妖怪の放つ生体エネルギー、つまり妖気に反応して固まり質量を持たせる便利な道具だ。

 投げた瞬間黒い煙が広がり、黒い粉が被った妖怪があらわれる。

 蝙蝠傘を頭かぶり、黄色いレインコートを着た小学生ぐらいの少年。

 これは、雨師と言うより雨小僧。雨師に比べればその力はいたずら程度だが、それでもこの地域は梅雨入りすらしていないこの時期に年間降水量を超えている。すでに農業関係は大損害、さらにこのまま梅雨に入れば大きな水害が予想される。もっと早くに対策していれば被害は防げたものの今のご時世、全妖会の意見より気象庁の判断が優先させるのは当然と言えば当然だ。恐らく科学的にさんざん原因を追究し、最後に全妖会という流れだろう。

 私は、スカートのポケットから手のひらサイズの木製の箱を取り出す。メジャーのように巻き取り式なった箱の中からグラスファイバーで強化されたしめ縄を引き出す。

 雨小僧がその動き反応し、少し下がる。

 怯えている? だが自覚がないならそれの方が厄介だ。さっさと捕まえて山に返さないと。

 先端が少し重くなっているしめ縄は、手首を動かすと鞭のようにしなり目標に向かう。

 とらえたと思った瞬間、傘を開くように羽ばたかせ一気に天井まで飛び上る。私はエアーガンを取り出す、グロック26という銃で小さくてスカートのポケットに入れても目立たなくて便利だ。私はしめ縄を引き戻し、エアーガンを撃つ。何の改造もしていないので威力はされほどないが、弾は特殊加工のイカ墨BB弾だ。当てれば当てるほど実体化し質量を持つ、質量をもてばあんな傘では飛べない。

 予想通りふらふらと降りてきた雨小僧にしめ縄を投げつける。

 しめ縄がくるりと一周したところで弾かれる。

 制服のポケットから生徒手帳を取り出し、しめ縄を巻きつける。生徒手帳には校則が書いてあり、それを強く絞めることで拘束を強めると言う意味を持たせる。エアーガンでけん制しつつしめ縄を投げつける。また一周巻いたところで反動があったがそのまま二重三重に巻きつける。

五メーターのしめ縄二本を使い合計十メーターのしめ縄でぐるぐる巻きにした後、封印用のお札を取り出す。

「みんな雨が嫌いなんだ!」

 雨小僧が突然叫んだ。

 私はしめ縄を握りながらも問いかけた。

「だからここにいるの?」

 雨小僧はうなずいた。

 妖怪退治には、意思疎通がとれる場合は説得しなければいけないと言うめんどくさいルールがある。英語やドイツ語とかで言われたなら無視することもできるがはっきり日本語で言われては、そういうわけにもいかない。

「でも、あなたが一つのところに留まれば雨がずっと降るでしょ」

「でも、どこに行っても嫌がられるから」

 雨小僧のひきこもりか。

「私は、雨好きよ」

「え?」

「私は雨が好き」

 箱の側面に付いているボタンを押すとシュと短い音とともにしめ縄が巻き取られる。妖怪とは水の流れのように本来の流れの中にいれば何の害もない。説得が簡単なら自らの意思で流れに戻ってもらう方が楽だ。

「そんな、嘘だ! 僕は嘘がわかるんだから」

「嘘に聞こえる?」

 私は一歩進み膝を折り、雨小僧の目線に合わせる。

 見透かすように瞳を覗きこまれ、何かが流れ込んでくるような感じがした。恐らく自分の妖気を流し込み 私の嘘を探っているのだろう。

「本当だ! 嘘じゃない」

 これぐらいの妖気なら簡単に改変できるが、雨が好きなのはうそじゃない。

「でしょ、あなたを嫌いと言う人もいるかもしれないけど、あなたが好きで待っている人もいるのよ。だから帰りなさい」

「うん、わかった」

 雨小僧の頭を撫でてやった。

 淡い光が広がり、鼻水でちょっとテカった手の中にはイカ墨だけが残っていた。


 校舎を出ると雲の隙間から光がさしていた。

 スカートのポケットからスマホを取りだし、画面を押すと待ち構えていたかのように繋がった。

『お疲れ』

 聞きなれた落ち着いた女性の声がスピーカーから聞こえてくる。

「お疲れ様です。終わりました」

『そうか、ならもう帰って良いよ。花粉症にはきついだろこの時期は』

「まあ、そうですが。一つ聞いて良いですか?」

『どうぞ』

「今回どうして私が適任なのですか?」

『ああ、君。雨好きだろう』

 その時、鼻がむずむずとし。

「くしゅん!」

 スカートのポケットから鼻紙を取り出しながら答えた。

「ええ、花粉が飛びませんから」


しばらく作品を書くことから離れていましたが、時間ができたのでひさびさに書いてみました。

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