第五章
出掛ける支度も整い、いざ自宅を出ようとしたときだった。
・・・考えてもみれば、こんな小さな子を連れ出すのはどうかと思う。
しかも、俺のカッターシャツを1枚羽織っているだけという格好。
「・・・さすがに連れて行くのはまずいよな。」
瑠那をまじまじと見つめながらそう呟く。
瑠那の方も、どうしたものかとこちらを見つめている。
冷静に考え、やはり周りの目というものもある為、そうむやみやたらに連れ出すのはやめようという結論に至った。
俺が一人暮しをしているということは周知の事実だ。
ましてや、家族を事故で失った事まで知っている者も多い。
そんな状況下でこんな子を連れて歩いていては、それこそ怪しまれ、さらにはあらぬ噂まで広がってしまう事だろう。
俺としては周りの事など、どうでもいいのだが・・・瑠那と暮らせる環境が危うくならないとも限らない。
「・・・瑠那、大人しく留守番できるよな?」
瑠那の目の前にしゃがみこみ、瑠那と目線を合わせてそう促す。
・・・ところが・・・
そう口にした途端、瑠那の目には涙が浮かんできていた・・・
初めて目にした瑠那の涙・・・
思わず慌てて瑠那を抱きかかえる・・・
「俺は今からちょっと瑠那の服とかを買ってくるだけで、すぐ帰ってくるから・・・」
そう促すものの、瑠那の目にはどんどん涙が溜まってきている。
「うぐっ・・・うぐっ・・・」
もう、今にも泣きそうな勢いだ。
「よ、よしよし・・・じゃあ、約束しよう。」
瑠那は涙目になりながらも、俺の顔を見つめている。
「瑠那の物を買って来たら、また遊んでやるから・・・」
瑠那は少しだけ落ち付きを取り戻したように見えたが、まだ泣きそうな顔をしている事に変わりはない。
「よ、よし・・・それじゃあ、この時計の長い方の針が1周し終わるまでには必ず帰ってくるから。」
そう言って瑠那の視線を、テーブルに置いてあった小さな置時計に向ける。
瑠那はしばらくその時計を見つめていたが、やはり心配そうな視線をこちらに向けてしまう。
「・・・瑠那? おとなしく留守番していてくれないと、俺だって瑠那の物を買いにも行けないし、瑠那だって困るんだぞ?
もうちょっとだけ大きくなったら絶対に連れていってやるから、我慢できるよな?」
俺だって瑠那を買い物に連れて行ってやりたいが、
さすがに今の瑠那の格好というのもあって、今回ばかりは連れて行けそうにない。
「あぅ・・・」
瑠那も俺の気持ちを察してくれたのか、諦めてくれたようだ。
「ごめんな・・・帰りにおいしいもの買ってきてやるから、おとなしく留守番しているんだぞ?」
「うぅ・・・」
・・・どうやら拗ねてしまったらしい。
仕方ない・・・出来るだけ急いで買ってくるか・・・
「じゃあ、瑠那。 この針がまた同じ所に来る頃までには帰ってくるからな。」
そう言って瑠那に手を振り、家を出る。
足早に最寄りのデパートへと向かう。
デパートは、俺の通っている高校から結構近い。
その為途中までは、通学に使っている道を通る。
通いなれた道を進みながら、
瑠那の感情の変化を初めて目の当たりにした驚きと、よくわからない喜びとが俺の心を満たしていた。
しかしそれほど余裕もない為、俺は足を速めた。
俺の帰りを待っていてくれる瑠那の為に・・・