第四章
いつ頃からだったろうか。
これほどまでに物事に対して冷めた目で見つめるようになってしまったのは・・・
高校に入学する前の事だろうか。
当時の俺には、まだ家族と呼べる存在がいた。
両親と妹だ。
しかし、別れとは突然来るものだ。
両親と妹のあっけない死・・・
事故死だった。
家庭としては、どこにでもあるような家庭だった。
父親の収入が世間一般と比較してふたまわり程高い事を除き、なおかつ俺の並々外れた人間性を除いては。
父親がどういった仕事をしていたかなどとは、聞きもしなかったし興味もなかった。
その為、今でもどういった職種だったのかすら分からない。
まあ、叔父と呼べる存在に聞きもすれば分かることだが。
かくいう俺も、世間一般では羨ましがられる様な存在として扱われていた。
それは、何をするにしても、全ての物事に対して「完璧」にこなす事ができた、という事らしい。
勉強、運動、一度記憶した事は全て完璧にこなしてきた。
人並みならぬ能力を発揮していた、とでも言うのだろうか。
俺にとっては自分自信の事の為、別段何も考えもしなかったのだが・・・
両親を始めとし、周りの連中はその点に関しては驚愕の色を隠せないでいた。
その為、何故俺ばかりまくしたてるのだろうと思い、妹と比べてみた。
・・・しかし、妹は一般的な能力しか持っていなかったらしく、人並みの事しか出来ないでいた。
・・・既に、その頃から自分は他人とは違う存在なのだと考えていたのかもしれない。
だが、俺は特にそういった部分を他人に見せ付けたり、あえて隠そうともしなかった。
そういったことをする必要など何もなかったからだ。
かと言って、自分の事を考えないという事もなかった。
逆に言えば、何故自分だけが特別なのだろうかと悩みもした。
・・・結局、そんなこんなの繰り返しで今に至る訳だが、今ではそんなことなどどうでもいい。
何故だかそう思える自分がここにいる。
つい先日までは、毎日がつまらなくてうんざりしていた程だったのだが、今はもう違う。
どう言えばいいのだろうか・・・
生きる活力が沸いてくるとでも言うのだろうか。
その現況が、今俺の隣で寝息を立てている瑠那だ。
普段よりも1時間程早く目が覚めた俺は、ぼんやりと瑠那の寝顔に見入っていた。
夢でもみているのだろう、時折笑顔を見せてくれる。
「・・・さて、今日は出かけるからな。 朝食の準備でもするか。」
そう思い立ち朝食の準備を始める。
「・・・柄にもなく考え事か・・・。」
そう独り言を吐きながら苦笑してしまう。
料理も一通りのものは作れる。
一通りというのは、自分が食したものと言ったほうがいいのだろうか。
実際に食したものならば、大抵のものは作れる。
かと言って朝から油っこい物を食べる筈もなく、軽い物でも作ることにした。
そして、いざ作りかけたのはいいのだが・・・
「うぅ・・・」
瑠那が起きて来た。
「おはよう、瑠那。」
と、何年振りかの朝の挨拶をする。
「今から朝食の支度をするから、しばらくその辺で遊んでな?」
柔らかい口調で瑠那を促すと、朝食の支度に戻る。
・・・が、瑠那は俺の回りをうろうろしている。
・・・さすがに邪魔でしょうがない。
俺は、瑠那をテーブルの椅子に座らせた。
「ここで大人しく待ってるんだぞ?」
そう言って俺は支度に取り掛かる。
一見危なそうにも思えるのだが、前日にひとつだけ分かった事がある。
それは、幼いながらにも俺の言う事が少なからず理解出来るという事だ。
睨んだ通り、瑠那はこちらをじっと見ながら大人しく待っている。
言う事を聴いてくれて可愛いのだが、昨日から非常になつかれてしまった。
俺が寝かしつけるまでずっとくっついていた程だ。
あんまり待たせていてもかわいそうなので、さっさと作ってしまう事にした。
・・・しかし、いざ作り終えてテーブルに運んだところまではよかったのだが・・・
「しまった・・・瑠那には食べられないかもしれないな・・・」
作ったのは、トーストにスクランブルエッグにサラダ。
「仕方ない、牛乳でも温めるか。」
そう思い、牛乳を温めようとするのだが・・・
・・・瑠那は食べ様としていた。
「おいおい・・・待てよ・・・こいつ、また少し大きくなってないか?」
そう思った俺は、瑠那用に適度な大きさにちぎったトーストを口に運んでみる。
・・・食べた。
・・・しかもおぼつかないながらも、噛もうとまでしている。
「よ、よし・・・しっかり噛んで食べるんだぞ。」
・・・結局、スクランブルエッグもサラダも食べてしまった。
先日までは柔らかい物しか食べられなかったのだが、今ではどうだ。
割りと普通の物まで食べられるようにまで成長していた。
そう、既に乳歯が顔を出していたのだ。
驚いている俺を余所目に、遊びたいのか俺の方をじっと見ている。
「よし、今日は出掛けるからもう少し待ってろよ。」
そう瑠那に言うと、さっさと片付け始めた。
瑠那の成長には、驚きと喜びとが入り混じった複雑な感じだが、これはこれでいいのかもしれない。
洗い物も済み、早速出掛ける支度を済ませる。
ただ買い物に出掛けるだけなのだが、これほど楽しいと思った事は何年振りだろうか・・・
今日もおそらく楽しい1日になるに違いない。