ドラゴン対ロボット
鋼の巨人の正体はチャペック兄弟社製の軍事用ロボットである。ダモン770型といって、古代の鎧騎士の姿だ。全長10メートル、体重14トン、蒸気エンジンで、最大百万馬力。操縦席にはタートルとミランが乗っている。
少し前、タートルがグリフェに耳打ちされ、ロドニーン要塞に配備されているロボット格納庫へ走った。まだ吸血鬼に咬まれてない技師や工員や軍夫たちが倉庫に残っていた。タートルに事情を求めてくる。
「謎の敵軍の吸血鬼テロだ……オレっちはミアーチェから派遣された秘密情報員でね……ダモンを借りるぜ……」
「テロ? 情報員? なにがなんだか……パワーズフッド総督はどうしたんだ?」
「あ……吸血鬼になっちまった……」
この言葉に技師たちがどよめく。非戦闘員の民間人ならば当然の反応だ。
「そんなぁぁ……どうすれば……」
「替りにオレっちが指揮をとるぜ」
普段の技師や工員たちなら、こんな怪しげな男にロボットを貸したりしないだろう。が、突然の吸血鬼の襲撃にパニック状態の非戦闘員たちはワラをもすがる思いで協力してくれた。タートルとミランが操縦席に乗り込むと、ラッキーなことに石油と水は満タン、火釜を落すまえだったので、すぐ動かすことができた。
蒸気エンジンがほどよく加圧されたとき、ディーゼルエンジンを稼働させた。水が温まるまで待つ。圧力計が充分だと教え、バルブをひねると、水蒸気がシュ~~~っと鳴り、ピストンが動き、ダモン770の鋼の体に血がかよっていく。タートルが起動させると、蒸気式巨人機械が歩行をはじめた。脚部の水圧器が煙をあげ、水蒸気の音を出す。
「タートル殿は軍事ロボットを操縦できるんですね……すごい……」
「へへへ……クロウカシスのスパイ養成所で、乗馬にスチームカー、大型車、船舶、飛行機と、あらゆる乗り物の操縦法を叩きこまれたからね……」
鼻の下を人差し指でこすって自慢するタートル。巨人ロボットは格納庫にあった架橋工事用の銛と大きな鉄鎖をつかむと、銛投げ動作用起動スイッチをおした。ダモン770は古代の槍投げ戦士のようにダイナミックな予備動作をして、軍用武装飛行船艦橋のどてっ腹に投擲した。
風を切る音が聞こえ、鎖がジャラジャラと引かれていく。手応えがあり、巨人ロボットは両手で鎖をつかみ、マフラー型煙突から煙をあげ、綱引きの要領で引っぱっていく。そこへ、グリフェが舞い下りてきて、鉄の巨人の肩にとまった。
「いい仕事するぜ、相棒……これで気球船を釘付けできる……俺はドラゴン対策だ!」
「ひょえぇぇっ、ドラゴンだって……ぶるるるるっ……そっちは、頼むぜ!」
ドラッケン中将の命令でフロストドレイクとファイアドレイクがダモン770を破壊に襲来してきた。20メートルまで近づき、氷竜が氷結のブレスを吐き出した。軍事ロボットの上半身が霜でおおわれる。次に炎熱のブレスが鋼の装甲を炎で包む。
だが、頭部操縦席には耐熱耐寒の特殊ガラスが覆い、凍結と灼熱の攻撃を耐えた。しかし、これを連続に交互にやられたら、金属疲労でロボットは破壊されてしまう……ドラゴンはブレスを吹きかけるには時間がかかる。その空隙の瞬間、氷竜と火竜にミサイルの群れが襲う。
グリフェが地対空多連装ロケットランチャーで攻撃したのだ。ミサイルの高性能爆薬にさしもの氷竜火竜も表皮が火傷を起こしてひるむ。そこを、生き残りのロドニーン駐在の工員や軍夫たちが、仲間の仇とばかりに砲台にあった高射砲六基から射撃した。モンスターの王者も最新式高性能火薬をつめた砲弾には敵わない。
「トドメだっ!」
タートルがダモン770の肩に装備されているバルカン砲を発射し、ミサイルの群れがフロストドレイクとファイアドレイクに命中。黒い爆炎があがる。ドラゴンたちは断末魔の咆哮を残して地上に落下していく……
「なにっ! 我が軍がほこるドラゴン二体を倒しただと……されば奥の手だ……呪力砲を!」
「はっ!」
フプ力少将が伝声管で砲手に準備を伝える。すでにドラッケン中将はアンドレアを迎えにいって不在だ。飛行船艦橋の真ん中の鉄板が開き、大口径砲塔が迫り出した。砲塔の傍らには十数名の魔道士たちがチューブで魔導タンクにつながれ、魔力を充填していく。魔道士たちは古代ジュラダ語で呪われた旋律を秘める呪文詠唱をはじめた。『死滅の谷の唄』である。巨人ゴーレム・ボジョビークに搭載された魔導兵器である。
「呪力砲――発射!」
砲塔内が青く輝き、魔法陣が浮かび上がる。蒼白い光が広がっていき、まばゆい光の粒子が束となって放出。それは地上のダモン770型、高射砲のある一帯を蒼白い光輝で包んでいく。巨大ロボット・ダモン770型の装甲が赤錆に包まれる。高射砲も電子を失ってイオン化。鉄が腐食化。ドラゴンを倒したロドニーン要塞の兵器は錆に浸食されて崩壊していく。赤錆の落下物をさけて、工員や軍夫たちが逃げ惑う。飛行船に打ち込んだ大鎖も錆の塊になっていった。
「みたか、プラグセンの田舎者どもめ……ギャリオッツ帝国魔術省が開発した最新魔導兵器の威力を!」
「フプカ少将……」
「なんだ、舵手?」
「あれを見てください……翼のある男が艦橋に……」
「しまったっ!」
フプカ少将が悲鳴に近い怒号をあげ、伝声管で砲手たちにグリフェを射殺せよと命令。鳥人に弾丸が乱れ撃つ。しかし、目測よりも早く飛び抜けて当たらない。ついにグリフェは艦内に潜りこんだ。ハッチを抜けると艦内の真ん中の廊下にいた。中では緊急警報が鳴り響き、慌ただしく走る兵士の足音がする。
「待ってろよ、姫さん……」
グリフェが前方の廊下をひた走る。途中、航空兵たちと出くわし、サーベルやナイフで攻撃してきた。グリフェは鬼神のごとき敏捷性で凶刃を回避し、兵士たちを首筋や鳩尾を突いて倒す。さらに前方から天井に頭の天辺をこすりつけて、3メートルの巨人がノロノロとやってきた。ギャリオッツ帝国魔術省の開発した軍用ゴーレムだ。
「けっ、こちとら身の丈10メートルの巨大ゴーレムと戦い済みだ……普通のゴーレムが小粒に見えらあ!」
ゴーレムが両手を前にだし、憤怒の表情で胸部に殴りかかってきた。グリフェは神速の反射神経で躱した。ゴーレムの殴打した装甲壁が砲弾にあたったように凹みができた。あやうく肋骨と肺がつぶれ、即死するところだ。グリフェがロングコートを翻し、動きの止まったゴーレムに、右手を振る。ゴーレムの粘土質の上半身が五つに水平に輪切りにされ、段々畑のようにずれていく……グリフェの得意技『六賊爪』だ。
「得意技って割には、ひさびさに使うなコレ……」
独りごちる間に、前方からゴーレムが三体もノロノロとやってきた。グリフェは右手を上げて魔爪を閃かした――




