吸血鬼の生け贄
「ありゃまあ……けしからん事ですなあ……それにしても、ギャリオッツの将軍閣下は色好みですなあ……南北戦争が終わったのにプラグセンにグズグズ駐留しつづける理由は美しいと誉れ高いアンドレア嬢を手に入れたいがためなのかな?」
「汚らわしい! 誰がギャリオッツ軍人の愛人になどなるものですかっ!」
「いやまあ……オレっちは……オレっちとグリフェもギャリオッツは憎らしいと思うよ。けど、考えようによっては玉の輿の話ですぜ。ドラッケン中将はギャリオッツの大貴族で、確か伯爵だったはず……次期当主後継者の母になるんだものなあ……」
「誰が帝国へ輿入れなどするものですかっ! それに小国といえでも私は侯爵の娘。伯爵家など不釣り合いですっ!」
アンドレアは柳眉を逆立て身を震わせている。その姿もまた美しい。
ちなみに貴族の爵位とは、上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士である。各国によって差異はあるが、貴族の血筋をひく者が世襲する場合と、国家へ貢献した者へ国王から授与される名誉称号とがある。
アンドレアは不釣り合いと憤懣したが、ドラッケン伯爵の領地は小国プラグセン全部の土地の7倍の広さがあり、アンドレアの父の所領イェーガルドルフ領との差は、実に137倍であった……
「それに、ドラッケンはミアーチェで美人と名高い商家や騎士の娘を六人も側室として屋敷に無理強いをさせたのよ!」
「おやおや……おだやかな話じゃあ、ないですなあ……」
脱線するが、実はラドラシア大陸でも中域の人々は美形が多いとされている。それは東西南北のクロスロード地帯で、混血が多いからだという説がある。メルドキアの医学者によれば、進化論を引き合いに出し、異種間で混血があると、その子孫は環境適応能力が親世代よりも高くなるという。
人間でいえば、両親よりも美形になることで異性を惹きつけられるように進化した――という学説があるのだ。嘘か真実か、もっともらしい説ではある。
ちなみに、中域の大山岳地帯や砂漠地帯を抜けた、東域の果てに住む中原人や、島国に住む扶桑人は黄色人種で六頭身の体型が多い。しかし、中域の白人種、特にプラグセンの人間は八頭身体型が多い。美術の教科書でも、八頭身は美の基本などと論じている。同じ背丈の黄色人種と白人種が並ぶと、黄色人種の腰のあたりにプラグセン美人の股があるのだ。これを美の極致とたたえるか、それとも溜め息をついて妬むかは、人それぞれである。
「それにですねえ……実は、ドラッケン中将は……その……」
「なんだい? ドスケベだってのは、知っているよ?」
タートル・ピッグが混ぜっ返すが、誰も笑わず、「こりゃ失礼……」と、肩をすくめた。そんな雰囲気ではない、重い空気がたちこめる。
「ドラッケン中将は〈不死者〉だという噂があるのです……」
「なあにぃぃぃっ!」
今まで黙って、冷えたコーヒーを飲んでいたグリフェが口を挟む。親の仇でも見つけたかというかのような形相だ。
「すると……アンドレアちゃんは吸血鬼の生贄に選ばれた……と、いうのかい?」
アンドレアとミランはうつむいて肯定する。
〈不死者〉――〈ノスフェラトゥ〉とも呼ばれる存在を説明するのに、ギャリオッツ帝国の建国時代から始めなければならない。
さきほども紹介した、ギャリオッツ帝国を建立したクラウス・ドラグベルク皇帝はもともと北域の部族の長の一人でしかなかった。だが、北域に巨大な悪龍が出現し、巣をつくり、家畜や人民を餌に暴れ回った。
困り果て、種族全滅の危機に瀕した北域の各部族たちは、それぞれの最も強い戦士を代表に選抜し、精鋭部隊を悪龍の巣へと送った。
他の戦士たちが悪龍の吐く火炎や毒気にやられ、牙と爪に引き裂かれ、巨大な足に踏み抜かれ全滅状態になる。だが、ただ一人生き残っていたクラウスは悪龍を退治することに成功。その時、悪龍の魔力を秘めた血を浴びて、甲羅のような頑丈な皮膚と、不死身の肉体になったといわれている。
これが〈不死者〉伝説の始まりだ。また、彼の子孫の中には、生まれながら不死者である事がある。そして、〈血の秘密儀式〉により同じ不死者になることが可能とされている。
しかし、悪龍の呪いのためか、〈不死者〉の医学的副作用なのか、〈不死者〉は陽光の光を疎い、遮蔽された建物や洞窟に身を隠し、昼間寝て、夜活動するようになる。また、美しい人間の生き血を好んで飲むという血液嗜好症という病にかかりやすい。
ほかの国の民間人は不死者を侮蔑と恐怖をこめて〈吸血鬼〉と呼ぶ。だが、本来の〈吸血鬼〉は墓場などから甦った死者が知性も理性もなく、人を襲う危険な怪物に変化したものであり、生前の記憶も無いモンスターである。
もっとも、不死者に血を吸われた者の中には、死亡するか、同じ吸血症が発病し、知性も理性も消え、人を襲うモンスターに変化してしまうことがある。この点が非常に似通っていて、なんらかの関係があるのでは? という、学者もいる。
また、メルドキアの科学者の見解では、クラウス皇帝は〈不死者〉ではなく、寿命の長い〈長命者〉だったのではと仮定した説が発表され、物議を醸しだした。ギャリオッツ、アルヴェイクではその説を真っ向から否定している。
とにかく、これだけ科学も魔術も発達した現代においても、〈不死者〉の謎の一端でも解明されるどころか、謎が深まるばかりである。現代科学や近代魔術でなんでも解明されたと、奢り昂ぶる科学者、魔法学者の天狗の鼻をへし折る事象であった。
「その恐ろしい噂を聞いて、アンドレア様の御父上、御母上も側室に渡すのは大反対したのです。が……」
「が?」
タートルがゴクリとツバを飲む。