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天空の覇者

 本城の二階、階段にも吸血鬼がいたが、ミランのかかげる十字護符を恐れて近づいてこない。一同は階段を駆け下りて、無人の大広間にでた。外の様子を伺うが、敵兵はいない。一同は厩舎へむかい、幌馬車でロドニーン要塞から脱出することにした。 


「これで、なんとか無事に脱出できそうです、アンドレアさま……」

「そのようね……あっ!!!」


 アンドレアが宙に浮かんだ。闇に紛れて巨大な蝙蝠が彼女をつかんだのだ。大蝙蝠と見えたが、よくみればそれは背中に翼長4メートルの被膜を伸ばしたヴァンピール騎士・スヴェトラであった。


「伯爵さまの命により、アンドレアをお連れする……」

「そうはいくか……」


 グリフェが鷲の翼を出して飛翔した。化合人間の鷲の能力だ。


「ひええええっ……空を飛ぶ女と男が……」


 何も知らない侍女ノエミは仰天して見上げる。グリフェが聖銀の大剣を構えて妖女に追いすがる。が、あと少しというところで邪魔がはいった。もう一人のヴァンピール騎士リリアナである。同じく蝙蝠の被膜を広げ、騎乗槍を構え、凄まじい妖気と殺意を放っている


「そこをどきやがれっ!」

不躾ぶしつけなスイレイヤーめ……決着をつけてくれる……」

「あとを頼むぞ、リリアナ!」

「ああ、まかせろ……はやく伯爵さまにアンドレアを……」


 スヴェトラを見送った女騎士リリアナの瞳が赤く輝き、金髪は逆巻き、口が顎までさけて牙が長くのびる。鬼女が常人離れした高速飛行でグリフェに詰め、鳩尾にむかって槍穂を送り込む。銀髪のスレイヤーが串刺し――と見えたが、茶色の羽根が周囲に撒き散らされ、リリアナは虚空をついた。


 鷲の翼を翻し、わずかに上体をそらしてかわし逆に、吸血女の背中の皮膜の中心から左の心臓に聖銀の大剣を突き刺したのだ。両者が中空で飛び違い、減速して互いを見つめ合った。妖女の顔に死相が浮かぶ。


「ふふふ……グリフェ……騎士として死なせてくれて……ありがとう……」

「……リリアナ……お前……元の人格に……いや、礼にはおよばんよ……」


 ヴァンピール騎士リリアナ・ネドマヴァーの全身が灰燼と化して崩れ去った。死滅する寸前、本来の勇ましも可憐な女騎士リリアナに戻っていたのだ……


「くそっ……やりきれねえぜ……元はといや、ドラッケンの野郎のせいだっ!」


 グリフェがアンドレアをさらったスヴェトラを追いかけて飛ぶ。敵影はロドニーン要塞の西の果て、プラグセン王国とベルデンリンク帝国の境界線である深い谷間へと飛んでいった。月明かりに遠い山脈の稜線が孤を描いている。神話に登場する地球創世の材料となった超巨大龍の背びれのようだ。


 国境の谷底は闇より深い暗黒が居座っていた。断崖の底は五百メートル以上もある死の世界だ。翼をもがれて落下したら、グリフェといえど助からない。その闇の世界から何か……途方もなく巨大な黒い物体がせり上がってきた。そこに角をはやし、黄金の鱗をもつドラゴンが見える。


「あれは……神話の巨大龍か……いや、……あのドラゴンは、絵じゃねえか!?」


 巨大な楕円形の気球で浮上する、大陸初の軍用武装飛行船『シュヴァルツ・ツェッペリン号』――蒸気機関の動力部から響く振動音、谷底からの風を斬り裂く衝撃音が魔獣の唸りにも聞こえる。黒塗りの気球には、大きく悪龍ファーヴニルが描かれていた。


 ギャリオッツの帝国紋章であり、黄金のアラベスクの意匠が囲っている。下部には巨大戦艦に匹敵する艦橋と動力部、貨物部などがあった。装甲版の間から大口径の砲座があり、さまざまな武装兵器が搭載されている。これは遊覧飛行船ではなく、『空中戦艦』であった。


「…………あれは……ギャリオッツの飛行船か……しかし、でかすぎる!?」


 艦橋付近にある出入り口に有翼吸血鬼スヴェトラはアンドレアを連れ込もうとしている。


「させるか!」


 グリフェが翼をはためかせ、物凄い勢いで後を追う。が、下方面から焦げ臭い匂いがしてきた。目をやると、晦冥の地の底から熱風が湧きあがってきた。本能的に危険を感じたグリフェが大きく左に傾ける。その後を炎の柱が吹き上げた。熱風でグリフェが押しだされる。


「マジかよ……絵じゃなくて本物のファイアドレイクか……」


 それはリリアナが騎竜していた赤い鱗の火竜であった。翼長8メートル、体長7メートルほどの中型ドラゴン。北域の〈魔の森〉近くの火山地帯に生息する竜で、ギャリオッツ帝国は騎竜部隊や怪物軍団をつかって他国に優位に侵略していったのだ。

 さらに右下方から背筋がぞっとする冷気がのぼってきた。予想通り、氷の吹雪がグリフェ目がけて吹き上げた。白い鱗の竜フロストドレイクだ。


 炎のブレスと凍結ブレスの両面攻撃に、グリフェは無念ながら撤退せざるを得なかった。その間にアンドレアは『シュヴァルツ・ツェッペリン号』に収納されてしまった。火竜と氷竜は追撃せず、飛行船の守護天使のごとく周囲を滞空していた。


「ふふふふふ……さしものグリフェとやらも、ドラゴン相手では手が出せまいて……」


 艦橋のブリッジの窓から、ギャリオッツ駐留軍司令官のギュンター・ドラッケン中将はほくそ笑んだ。隣には副官であるサンドロ・フプカ少将が控えている。少将が眼鏡のフレームをおさえて右舷左下の方角を凝視する。飛行航空士が機関内部の現状を飛行船艦長に報告する。


「蒸気機関は正常値、気球内の圧力は正常値、谷からの浮上後、巡航速度は出力7割、各機関、装備類にも異常はありません」

「よしよし……このまま本国を目指そう……ぬっ!」

「どうした、艦長……」

「ドラッケン中将閣下、フプカ少将閣下、アンノウンです……あれを見てください!」

「なんだっ!」


 地上から巨大な鉛色の物体が高速移動してきて、艦橋横に突き刺さる。飛行船が大きく揺れた。アンノウンの正体は巨大なもりで、銛の先が引っかけ鉤を四方から跳ね上げ、艦内に食い込む。銛には長い鎖が付属して、その先を辿ると、地上に巨大な鋼の巨人が鎖を握っていた。


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