晩餐会
一行はゲスト用宿舎に案内され、夕方に大食堂に集合した。このような辺境の果てにしては豪勢な料理がならぶ。アンドレアはさっそく贈り物の青いドレスを着ていた。
「素晴らしい……やっぱり、アンドレアによく似合う……」
「ありがとう……アボイル子爵さま……」
アボイル子爵はグリフェ達に黒髭に覆われた容貌魁偉な偉丈夫を紹介した。ロドニーンの町の領主にして、国境警備隊をあずかる隊長、そして城塞総督のパワーズフッド男爵である。
「アンドレア嬢……この最果ての地ならばギャリオッツのドラッケンにも見つからないであろう……自分の庭と思ってご自由になされ……」
「ありがとうございます、男爵殿……」
「それにミラン君……女主人のため、我が身も顧みずの出奔。世間がなんと言おうが、我が輩はきみのような忠臣が好きだ……この城塞で以前どおりに仕えるといい……それにしても、若いなあ……達筆なので、てっきり年配の執事だと思っていた……何歳になるのだね?」
「17歳です、男爵様。このたびは格別なご厚情ありがとうございます……」
ミランが直立してお辞儀をする。パワーズフッド男爵は豪快に笑って、楽にしたまえと座らせた。
「そして、新聞で話題独占の侯爵令嬢誘拐犯のお二人、ミスターグリフェとミスタータートルですな? あの戦略家として知られるドラッケン中将に一泡ふかせるとは、昨今で一番の痛快事でしたぞ……是非ともここまでの道のりの武勇譚を聞かせていただきたい……」
大柄で立派な体躯のパワーズフッド男爵が身をゆらして豪快に笑った。歴戦の勇者である彼は軍事力の弱いプラグセン王国が大国の侵攻に屈するのは止むを得ないことと、頭では分かっている。だが、内心では主戦派に共鳴する部分があった。小国がギャリオッツに戦いを挑むのは無謀なことであると…… しかし、他国者の駐留軍司令・ドラッケン中将が祖国の首都で好き放題に女狩りを行った事に義憤を感じていたのである。
「いやまあ……なんというか……成り行きでね……いろいろあったぜ……ヒック……お~~い、広報係ぃぃ、仕事だぞ……」
すでにミアーチェの名産ビールを飲みほし、酩酊状態のグリフェは舌が回らない。十日間の禁酒が終わり、好きなだけ飲みまくっているのだ。
「これはこれは、男爵様……口の重い相棒のグリフェに変わりまして、助手兼マネージャー兼交渉役兼広報担当のわたくし、タートル・ピッグが語らせていただきます……」
「長いな、お前の肩書き……まあ、いいや。ヒック、代わりに頼むぜ……」
両手に持ったアコーディオン・オルガンの蛇腹の鞴をのびちぢみさせて、辻音楽師のように右手で鍵盤を奏ではじめ、これまでの出会いから、ギャリオッツの秘密警察、巨大ゴーレム対決、賞金稼ぎ騒動、眠り男と催眠術師、魔狼事件、魔力者の追跡の話などを雄弁に語って聞かせた。
「グリフェくん……武術の使い手だときく、いつか手合せを願いたいのだが……」
「ん? おお、男爵か……ああ……いいぜ、いいぜ……酒が抜けたらな……」
晩餐会は盛り上がり、夜も更けて皆、自室へ下がった。
アンドレアが部屋で着替えようとすると、ノックがあった。横幅が広く、丸い顔のメイドがした。
「わたくしはアボイル子爵の侍女・ノエミと申します……主人からアンドレアに見せたいものがあると伝言に参りました……」
「なにかしら?」
一方、グリフェは自室で着替えもせず、ベッドにイビキをかいて仰向けで眠っていた。バルコニーに面した掃き出し窓に人影が浮かび、音もなく窓が開き、カーテンが揺れて何者かが侵入してきた。赤い甲冑を身に着けた騎士は金属音どころか、衣擦れの音もたてず、寝台で眠りこけるグリフェに近づいて行く。
――ふふふふ……だらしなく眠っておる……一息にトドメを刺したいところだが、我が主人の命じゃ……血を吸って、操り人形にかえてくれるわ……
兜をとり、ダークブロンドを振り乱した青瞳の女騎士――リリアナ・ネドマヴァーだ。女吸血鬼の白い美貌がグリフェの喉元に近づき、血のように赤い唇から白い乱杭歯がのぞいた。たくましいグリフェの首に近づいたとき、グリフェの双眸が開いた。
「なにっ!」
「また会ったな……ヴァンピール騎士・リリアナ!」
掛布団が宙に舞い、リリアナを包み込む。
「おのれっ!」
リリアナのレイピアが毛布を切り刻む。その隙にグリフェは立ち上がるが、足元がフラフラする。酔いで思考回路もうまく回らない。先ほどの晩餐会でビールとワインを浴びるように呑んだため、酔いが抜けないのだ。
「ふふふふふ……無様なモンスタースレイヤーじゃのう……足の筋でも切って、大人しくさせてから下僕にするか……」
「冗談じゃねえ……くそっ……グリフェともあろう者が情けねえ……なんとか酔いを醒まさねえと……」
吸血騎士リリアナがレイピアをグリフェの足元を狙って薙ぎ払う。なんとか躱したが、普段のキレがなく、偶然避けたようにみえる。
「くそっ……このままじゃ、負けが見えてるぜ……」
グリフェは窓ガラスを割り、バルコニーから飛び出し、宙に踊る。下は断崖絶壁の底知れぬ暗闇が広がり、そこへグリフェは落ちていく。
「莫迦な……自決を選ぶとは……」
リリアナが歯噛みして立ち尽くす。




