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アンドレア嬢の秘密

「やはりな……その尊大な態度、物腰と礼儀作法、そして、一人称が『わらわ』ときたら、ピンとくる。本当は貴族の娘が正体だな」

「むぐぅぅぅ……」

「俺は嘘つきとかたり(詐欺師)の依頼は受けない主義でね……」


 タートルが、ホログラムのダンプティ支部長に尋ねると、自分も知らなかったと冷や汗。審査が甘いとグリフェが上司をたしなめる。

 アンドレアの先ほどの威勢が消え、とたんに石を飲んだように舌が重くなる。代わりに執事ミランが前に出て謝罪する。


「虚言をいって申しわけありませんでした、ミスター・グリフェ! 実は事情があり、身分を隠してロドニーンへ旅立たねばならないのです。しかし、行く手の街道には先の戦争が終わったばかりで、魔獣や幽鬼が徘徊し、非情に危険な地帯となっているのです……」

「ああ……南北戦争が終わったばかりだからね……」


 タートル・ピッグがパンをモグモグしながら納得顔だ。

 南北戦争とは、ラドラシア大陸北域にある大国・ギャリオッツ帝国と南域にある大国メルドキアの国際紛争だ。

 千年ほど前、ラドラシア大陸のほとんどを、ギャリオッツを建国したクラウス・ドラグベルク皇帝が支配下に治めた時期がある。武威を誇る重装甲兵団、魔道士団、北域の〈魔の森〉に生息するトロール、オーク、ジャイアント、ドラゴン、マンティコア、ヒュドラ、ワイバーンといった怪物軍団は他国を蹂躙していった。そんな帝国の統治は300年ほども続き、肥沃な土地である南域はギャリオッツの食糧基地とされ、広大な原野は原住民や強制移民によって開拓されていった。

 しかし、強大な軍事力をほこるギャリオッツ帝国も衰退の時期がくる。強大な権力とカリスマを持った指導者を失い、相次ぐ後継者争い、宮廷貴族・政治家の内乱、御家騒動……ギャリオッツの占領国から次々と革命、反乱、独立が続き、ギャリオッツは元の北域の領地に縮小していった。


 それが最近になり、クラウス十世の時代となり、再びかつての栄光を取り戻しつつあるのだ。初代クラウスの生まれ変わりとも言われる、戦略家のクラウス十世皇帝は隣国を併呑しつつある。

 だが、近隣諸国もかつてとは違い、強大な国力・軍事力を持つ大国が存在して、ギャリオッツの世界侵略はうまくはいかない。


 まず、西域の大国・アルヴェイク王国。この国は魔術国家という別名があり、その名のごとく、強大な魔力を持つ魔道士や錬金術士をかかえ、魔法生物の軍団を要している。


 そして、南域最大のメルドキア共和国。かつてはギャリオッツの植民地として農奴とされた原住民、移民の子孫は魔術にかわる〈科学〉を発展させた。今は重火器を持つ武装兵団、鉄製の戦車、軍艦、戦闘機などの機械化部隊を要する軍事大国へと成長していた。


 ギャリオッツ帝国はメルドキアの肥沃な農場地帯を再び手に入れたく、メルドキア共和国はそれを受け入れがたい。逆に、中域諸国を合併して北域まで領土を広げたいと画策している。

 これに、光神教団と闇神教団の宗教戦争もからむのだが、複雑になるので、のちのちの章で説明する――


 ちょうど、ギャリオッツとメルドキアの両大国の真ん中にある中域には、中小の王国や公国が百以上ある。その国々は大国同士の戦争の軍靴に蹂躙されていった……いつも、大国の横暴に泣かされるのは小さな国々の民だ。

 グリフェとタートルが滞在するプラグセン王国は中域でも北部にあり、ギャリオッツの侵攻に対峙する軍事力も国力も無く、王城は無血開城を余儀なくされ、比較的静かに占領地となった。だが、プラグセン王国の貴族・騎士・軍人・国民に至るまで徴兵され、他国での従軍を強制させられた。

 ギャリオッツとメルドキアの終戦協定の締結のあと、ギャリオッツ帝国駐留軍のほとんどは一部をのぞいてプラグセンを去った。

 今はだいぶ復興して、東西南北の国のクロスロードとして、商業貿易が再開。観光地にも人が集まりつつある。


 だが、首都ミアーチェと違い、地方ではまだ戦争の傷跡が生々しく残っている。

 戦場となった平野や農地には敵味方の大勢の兵士の死体が散乱し、プラグセンの地元住民たちが自費で片付けねばならなかった。農作業などの傍らでは、とても人手が足らず、腐敗し、野晒しになった死体を、野犬や野鳥が食い漁り、腐敗臭を嗅ぎつけて、森林や湖沼の奥深くに潜む魔獣や怪物が人里に現れ始め、死体を食い荒らした。また、共同墓場の無縁墓に大量に埋められた兵士の魂を狙って、幽鬼や悪霊も活性化した。人肉の味を覚えた魔獣怪物は、やがて、生きている村人や町人をも襲うようになる。


 男衆が戦地からまだ戻っていない女子供老人の住まう家は不安におびえる日々であった。プラグセン王国の軍隊、警察も地方各地にまで手が回らず、自警団や民間の怪物討伐人ギルドに頼らざるを得なかった。冒頭でグリフェが退治した吸血魔鳥ブルーカも、本来は山奥に隠れ潜んでいたが、戦後の野晒し死体で人肉を覚えて、都まで来てしまった一例なのだ。

 アンドレアは、そんな怪物魔物の跋扈する危険な地方都市までの街道をグリフェたちに護衛しろというのだ。


「虚言を申して相すまぬ……妾の真実の名はアンドレア・ユルコヴァー。イェーガルドルフ地方の領地を治めるユルコヴァー侯爵の長女である。そして、これなるは……」

「……私はユルコヴァー家に仕える家来で、アンドレア様つきの執事でミラン・ヨハークと申します」

「ひええええっ、プラグセン王国の侯爵令嬢さまだったのねえ……道理で高慢な……ゴホン……由緒正しい誇り高さと気品を感じましたよ」

 タートル・ピッグが大仰に驚き、アンドレアとミランを見る。二人とも17歳だという。


「これなるミランとロドニーンの地へ赴き、要塞で謹慎中のアボイル子爵と会わねばならぬのじゃ……だから、その道中、グリフェ殿とタートル殿に活性化した魔獣から警護してもらいたい」

「へえ……でも、侯爵令嬢だったら、護衛の近衛騎士なり兵士たちが一個師団でもいるんじゃないの?」

「それがそのぉ……事情があって、私とアンドレア様とで、微行おしのびで赴かねばならない事情があるのです……」


 タートル・ピッグが興味津々で先をうながす。だが、アンドレア嬢は言いにくそうな様子で、代わりにミランが口を開く。


「アンドレア様は……ギャリオッツ駐留軍のギュンター・ドラッケン中将に側室になれといわれているのです……」

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