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ヴァンピール騎士

「あいにくだが、ユルコヴァーの姫さんは生きたくないそうだ……無理にでも連れて行く気かい?」


 グリフェが鞘から大剣を抜いて前に出す。月光に煌めく刀剣は銀製の武具『聖銀の大剣』だ。


「おおっ……それは銀の剣……我らに剣先を向けるとは無礼な……」

「そういうな、リリアナ……今日は挨拶にきたまで……アンドレアよ……後日、また別の使者が迎えにくる……」


 そういって、二人の女騎士は火竜と氷竜に騎乗した。竜種は大きな翼を羽ばたきはじめ、上昇していく。そして、月の彼方に――東の夜空に消えていった。


「ふう……やれやれ、本当に去ったようだね。命拾いしたなあ……女吸血鬼二人に火竜と氷竜だぜ……一斉に襲われたらヤバイ状況だったぜい……それにしても、奴らめ……どうやって、俺たちの居場所を突き止めたんだ?」


 考えこむタートルに、グリフェが推察した考えを話す。


「さてねえ……ボジェクみたいな地獄耳の情報屋がまだいて、ばれちまったのかな……それとも追跡発信機が馬車に?」


 三人の男たちは幌馬車、荷物、馬、衣服にいたるまで調べたがそれらしき物は発見できなかった。しかし、このまま西の国境・ロドニーン要塞に直行するわけにはいかなくなった。幌馬車の居場所を知る謎の追跡者の目から逃れるか、始末せねばならない。そこへ、必死な面持ちの令嬢がやってきた。


「グリフェ……頼みがあります……」

「なんだい、アンドレア……」

「リリアナとスヴェトラを……吸血鬼から元の人間に戻すことはできぬのか?」


 グリフェとタートルが顔を見合わせる。


「ドラッケンは墓場から死者が蘇える野生種の吸血鬼ではなく、クラウス・ドラグベルグの血をひく『不死者』系の吸血鬼だ……この不死者系吸血鬼は人間の血液を吸い、日にちをかけて吸われ続けた者はたいがい失血死する。だが、不死者系吸血鬼が吸った者に魔力を注ぎ込むことで意のままに操る吸血鬼とすることができる。俺たちモンスタースレイヤーや、吸血鬼始末人ヴァンピール・ヅィージャはそれを『使い魔』吸血鬼と呼んでいる。使い魔吸血鬼は本体の吸血鬼の分身みたいなもので、本体が滅ぶと分身たちも灰となる……だが、その逆は……ない」


 吸血鬼が犠牲者を同属の使い魔にするには、三つの段階をかける。まず一度目の吸血にあうと、顔色が青くなり、呼吸が浅くなる。貧血状態だ。そして、咽喉に二つの小さな犬歯の痕が残り、シクシクと痛み出す。これが初期段階。


 中期症状になると、肌色から赤味が消えて、異様な白さになる。やせ細ってやつれ、頬骨が高くつき出る。呼吸は乱れ、苦しくなる。咽喉の傷痕は何度も吸血されるうちに広がっていき、真ん中は赤く、周縁部が白っぽくなり、白いボツボツの吹き出物が生じる。


 末期症状になると、犬歯が長くのびて、先端が尖り、目が赤光する。これはもう、手遅れで、吸血鬼に仕上がってしまっている。


「そんな……その前に二人を助ける方法はないのかえ?」

「そうだな……中期症状までなら、輸血をして吸血鬼の魔力を拡散させて戻すこともできる場合がある。それと、吸血鬼になってから48時間以内に本体の吸血鬼を倒すことができれば、元の人間になることもある……」

「おおっ! でわ……」


 アンドレアは気がついて沈黙する。二人は末期症状であった。それに、ドラッケンはここから馬車で五日の距離にあるミアーチェの城館にいる。物理的にどうにもならない距離だ。


「……じゃが……しかし、二人はのう…………」

「あのドラッケンに心酔した様子、肌の色、瞳の色……すでに末期症状を越えただろう……それに、吸血鬼はテレパシー能力があり、血を吸った者を通して見聞きができる。我々のさっきの様子もドラッケンに遠隔放送中継されたと思うぜ……」

「…………」

「もう、あの二人は諦めな……アンドレア」

「そんな他人事のように……」


 夜の草原に平手打ちの音が聞こえた。アンドレアは涙ぐんで幌馬車へ去る。ミランがグリフェに謝辞し、慌てて後を追う。彼女は幌馬車の中ですすり泣いていた。


「はん……女にビンタを喰らったのは、クロウカシス王国以来だぜ……」


 グリフェの脳裏に、彼を平手打ちした涙ぐむ娘の幻影が映った。ミランのように茶髪茶瞳で、アンドレアのように気の強く、感情にムラのある娘の姿を……


「おいおい、グリフェ……まだ17歳の女の子だぜ……もう少し、言い方があるだろうがよ……」

「こればかりはどうにもならん事だ……それに、女ってのは感情の生き物だからな……泣かせておけ……」

「……まあ、オレっちに言わせると、男ってのも理屈をこねるだけで、感情の生き物だけどな……」


 そう言って、釜戸を新たに作りはじめた。スレイヤーは常に万全の状態で肉体を管理せねばならない。相棒は掌を肩に上げ、肩をすくめる。三人の男は夕食を再び調理し、重い雰囲気の中で晩餐。ミランがアンドレアに食器を持っていくが、手を付けなかった。

 タートルは老婦人に変身して、幌馬車の外からアンドレアに声をかける。


「アンドレアちゃん……ごめんなさいね……グリフェは昔からああなのよ……」

 アンドレアの返事はない。

「貴方があんなに怒ったのは、グリフェに恋心をいだいているからでしょう?」

「……そんことは……ないと思うが…………いや、あるかもしれぬ……」


 アンドレアの返事があった。前半は昂ぶっているが、尻つぼみになっていく。


「吊り橋効果って、知っている? こんな危機の連続で感情が昂揚して、その胸の高鳴りを『恋』だと勘違いしてしまうの……」

「……そんなことは……ううう……妾にはわからぬ……」

「目を閉じて、深呼吸をして、落ち着いて心を整理してみて……静まった心で、まぶたの裏に浮かぶ人の姿が誰なのか……もう一度、考えてみてね……」


 タートル老婦人は「おやすみ」を言って、焚火を燃やす野営キャンプ地にいた。男三人で、交代で見張りをするのだ。アコーディオンが静かな音楽を奏でていた。麦わらの簡易ベッドで寝返りをうつ。


 アンドレアは目を閉じて、深呼吸をしていった。乱れた動悸がしだいに落ち着いていく……今までのことが脳裏に浮かんでは、消えていく。安らかな気持ちになり、旅の疲れがでて、いつしか微睡まどろみはじめた。


 茶髪茶瞳の地味な執事との思い出ばかり、思い出す。いつも、傍らでサポートしてくれた使用人……一人っ子の自分が寂しさから、仮想の弟として可愛がったミラン……プラグセン貴族社交界の友人知人たちが、顔をそむけて去っていくなか、最後まで味方してくれた少年の姿を……


 いつしか、意識は遠のき、眠っていた。その間に夜が明けていく――


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