黒猪党
「むむ……妙な連中がこちらついて来るみたいだよ……樵や猟師じゃあなさそうだね」
「どうやら、山岳盗賊のようだな……なあ、賭けをしないか。山賊の先兵が左右どっちから先にくるか……」
「おっ、いいね。のった!」
幌馬車の左右に毛皮を着た荒くれ男の馬が近づいてきた。右側が先だった。
「ちぇっ、右かよ……」
「やりぃぃぃ!」
グリフェが銀貨を指で弾いてタートルに渡す。
「おい、馬車をとめろ……命が惜しくなかったらな……」
「やだねえ……山賊ってのは、ワンパターンな事しかいわなくて、よ……」
半眼で飽き飽きした表情のグリフェとタートル。悪相の山賊が目を剥いて口をひんまげた。
「なんだとぉぉ……俺たちは泣く子も黙る『黒猪党』だ。馬車の荷物を全部おいてけ、着ているもの、所持品も全部だ!」
「女子供もいただくぞ、奴隷市に出せばいい金になるからな……何を隠そう俺の名はこの辺でも有名な向う傷の……うぎゃああああ!」
左の御者台に座っていたグリフェが前を見たまま、乗馬鞭を左に振る。鞭は名乗り途中の山賊の顔面にヒットし、態勢が崩れ落馬した。
「グリフェは酷い奴だなあ……名乗りぐらいさせてやれよ……」
「てめえぇ、兄貴になにしやがる!」
「山賊くん、きみは名乗らないのかい?」
「俺の名前が聞きたいって……ごほんっ……俺は最近売りだし中の稲妻の……ぎえぇぇぇ!」
右側を並走する山賊の目にピーナッツの皮がぶつけられ、兄貴分と同じ運命をたどる。御者台の二人は「ぎゃはははは……」と膝を叩いて笑いあう。後方にいた山岳盗賊の騎馬隊が、山道に転がる仲間二人を見て逆上する。
「なんてざまだ……それにしてもあの馬車、『黒猪党』をなめがって……」
弓を持った一隊が前に出て、幌馬車に射かける。だが、タートルが幌後部をキャンバス地製の扉を閉めたところだ。鉄の鏃が幌布に跳ね返される。幌馬車は一見、オンボロに見える。だが実は車体の木目はコーティングで、鉄板装甲。幌の帆布は強靭な繊維をおりこんだ軍仕様のソフトアーマー製。防弾防刃耐熱耐寒にすぐれた上に、軽くて馬の負担にならない。弓矢や刀剣、銃弾であっても跳ね返す。
「くそぉぉ……特殊な装甲馬車だったか……こりゃ、火薬銃でも弾代が無駄になるぞ……」
「いや、逆にとんでもないお宝を守っているかもしれん……先行して御者と馬を仕留めろ!」
『黒猪党』の頭目が手下の内五名と副頭目を、脇道から回り込むように指示した。六人は馬から降りて繁みに潜りこむ。蛇行する山道では樵の使う杣道や獣道などを使えば、先回りできるのだ。地の利は『黒猪党』にある。
山賊たちは幌馬車に送り狼のごとくピッタリと尾行する。しだいに先の道が大きく湾曲してきた。御者台に座っている男が見えた。山賊のなかでも弓の名人二人が御者と馬目がけて弓弦を引き絞る。が、弓手が二人とも落馬した。その空になった馬の鞍に樹上から降ってきた男がレイピアを持って逆方向に座る。グリフェ・ガルツァバルデスだ。
「なにぃぃぃ……貴様どこから……」
黒褐色のロングコートが翻り、銀髪男が馬上から馬上へ移動して山賊たちを蹴り倒し、レイピアを振い、落馬させていく。キマイラ部隊で仕込まれたゲリラ戦はグリフェの得意とする所である。一方、繁みをかきわけ、『黒猪党』の副頭目と手下たちが、幌馬車を先行して待ち受けていた。弓矢と火薬銃を構えて御者を狙撃する手筈だ。
「俺の合図で一斉に撃て……うぐっ!」
副頭目がのけぞる。大きなムササビが彼の顔面に覆いかぶさったのだ。手と脚の間に被膜をもち、樹上間を滑空して移動する動物だが、人間のように大きい。タートルの変身した姿だ。副頭目は息が苦しくなり、失神して倒れる。
動転する手下たちの前でムササビの体に漣が走り、手長猿に変化した。猿は長い手で山賊の鳩尾を突き、首筋をチョップして失神させた。奇声をあげて手長猿は東域中原国の猿拳のポーズ。今度は九官鳥に変身して、ミランが手綱をひく幌馬車に飛んで行った。
そこに、山賊から奪った馬に乗ったグリフェが合流してくる。その後ろを山賊の残党の一隊が追いかけてくる。幌馬車は山岳部を抜け、草原地帯に出た。急に冷たい風が吹き荒れる。
「よくもやってくれたな……だが、『黒猪党』の面子にかけて、あの幌馬車を捕まえてやる……」
山賊の頭目が湯気をたてて怒り狂っていると、草むらから何かが飛び出してきた。緑色の肌、尖った耳に、白濁した目、大きな口から尖った歯がのぞき、醜い顔をした小鬼、ゴブリンだ。棍棒や手斧をもった邪妖精の群れが山賊たちに襲いかかった。山賊たちは背中を刺され、頭を粉砕され虐殺されていく。むろん、山賊たちも逆襲していく……
「ゴブリンどもに救われたか……いや、こっちにも出そうだな……」
グリフェの予測通り、幌馬車にも小鬼が襲撃してきた。レイピアを振り回し撃退するが、数が多い。予備の乗馬鞭で撃退するタートルも顎が上がってきた。
「グリフェ殿、右前方になにか妙なものが……」
「なんてこった……ありゃあ、竜巻だな……」
天と地をつなぐ暴れ竜が大気を渦巻き、草原の灌木をなぎ倒し、こちらにやってくる。まるで歩みの遅い破壊神だ。可愛そうだが、馬に鞭をあてて急がせた。
「馬車の荷物を捨てろ! 軽くするんだ!」
ミランとアンドレアは、幌馬車後部から木箱や布袋などを投げ捨てていく。
「ああ……それは妾の衣装箱じゃ……」
「次の町で補充しますから、勘弁してください……」
その箱に追いすがるゴブリンがぶつかり倒れる。竜巻は唸りを上げて今来た街道を蹂躙していく。山賊とゴブリンが竜巻に巻き込まれ、天空高く巻き上げられていく……




