金の角亭で朝食を
グリフェとタートルはプラグセン旧市街地にあるホテル金の角亭で遅い朝食をとっていた。
食堂は二階のテラスにあり、内側を見れば、吹き抜けのホールで、フロントにはチェックイン・アウトをする宿泊客やポーター、掃除人が忙しく働いている。外側のガラス窓から見れば、新市街地へ向かう公務員や会社員の出勤も終わり、ツアーコンダクターに率いられる観光客の団体が徐々に増えつつある。
グリフェの卓上にはミアーチェで最も一般的な朝食、パンにハム・チーズとコーヒーだ。彼は気だるげな表情でゆっくりと食べていた。それというのも、プラグセン橋の怪鳥事件を解決した後の事後処理を終え、冷えた体を温めるため、タートルとパブで祝杯をあげたからだ。いつもより、つい、飲みまくり二日酔いとなった。
一方、タートル・ピッグの卓上には大皿にはローストポーク、クネドリーキ(円筒状のパン)、酢キャベツが並ぶ。これはミアーチェの基本料理だ。他にもビーフストック、タルタルソースのかかった豚肉とキノコのフライ、湯気の立つポテトサラダ、ポタージュ、デザートに杏子ジャムのパラチンタ(パンケーキ)まである。
「おい、タートル……お前は昨晩、俺以上に飲み食いしたのになんだこの朝食は? まるで夕食じゃねえか……」
「がはははは……意外とヤワな胃袋だな、グリフェは」
「お前と一緒にするない!」
「一度だけの人生、楽しめるだけ、楽しもうぜ♪」
タートル・ピッグは快楽主義者で、健啖家で、グルメであるのだ。ミアーチェに入国中はこの国の料理を一通り食べ尽くす心算だ。
それに反して、グリフェは二日酔いで機嫌が悪い。
リリリリリリン!
突如、電話の呼び鈴の音が聞こえた。音源はタートル・ピッグの椅子横の小型旅行鞄からした。タートルは指先をナプキンで拭いてから、鞄の蓋をあける。これは〈EGG〉で配給されている無線通信機だ。しかもメルドキア製の最新軍用機器であるから、その科学技術力は一世紀か二世紀分は進んでいる。
タートルが卓上に置いた通信機の回線をONにすると、特殊レンズが立体映像を写しだす。掌にのるぐらいの大きさの少女の立体画像が形成されていく。長い金髪に、白磁人形のような整った美貌、過剰なまでのフリル・リボン・レースで飾られた漆黒のドレス、スカートはパニエで膨らみ、厚底シューズを履いている。最近、メルドキアの若者で流行しているサブカルチャー、ゴシック&ロリータのファッションだ。惜しむらくは遠距離受信のためか、画像に走査線がノイズのように混じる。
「ごきげんよう、ミスター・グリフェとミスター・タートル――あたしはアリスよ。アリス・リーデシュタインっていうの、よろしくね♪」
少女がスカートの両端をつまみ、左足を斜め後ろの内側にひき、右足を軽く曲げ、背はピンと伸ばしたまま挨拶する。ラドラシア大陸の伝統的な女性の挨拶方法で、カーテシーという。
「うひょおぉぉ~~、こりゃまた可愛い最新モデルだね。アリスちゃんかぁ~~、こりゃ十年後はベッピンになるぞぉ~~」
「ありがとう、ミスター・タートル」
うんうんと頷くタートル・ピッグの横で、不機嫌なグリフェが、さらに不機嫌な顔になる。
「けっ、ホログラム画像に世辞をいうな、莫迦野郎! それに〈EGG〉の新しい科学主任はロリコンに違いねえ」
「んまぁぁぁぁ~~~なんですって、この白頭鷲頭!」
「なっ……なにぃぃぃぃ~~~っ!」
白頭鷲とは南域に生息する鷲の一種で、体毛は褐色だが、頭部は名前の通り白い羽毛で覆われている。
「ぷぷぷぷぷっ……確かに、言い得て妙なことをいうね、アリスちゃんは……うぐぐぐぐっ」
タートルの口にパンが突っ込まれた。
「口の悪いホログラム・データだな……以前は笑う猫だったし、その前は高飛車な赤い女王だった……支部長のエッグヘッドを直接出せ!」
「い~~~~だっ!」
「にゃにおぉぉぉぉ~~~~…」
アリスは両手人差し指で口を広げ、舌をだす。だが、急にホログラムが歪んで、画像が壮年の男に変わった。
「……やあ、ミスター・グリフェ。昨晩は見事な解決だったね……」
肥満した楕円形の体型が高価なダブルスーツを着て、デスクに座っている。エッグヘッドと呼ばれただけあって、見事な禿げ頭だ。彼はラドラシア大陸北中域のモンスター・スレイヤー・ギルド支部長であるハロルド・ダンプティ氏だ。
「ああ、お蔭さまで、な……ところで何の通信だ? 昨夜の事件を解決した報酬に上乗せでもあるのか? それとも休暇を三日から一週間に延長か?」
「いやぁ……違うんだなあ……これが……」
なんとも歯切れが悪いダンプティ支部長。嫌な予感がしたグリフェが通信機の回線を切ろうと立ち上がる。
「まあ、待て……言いにくいが、大口の仕事の依頼なんだよ、グリフェ……」