赤い頭巾の少女
旅がはじまって四日目の午後5時。
グリフェが御者をする幌馬車は西の国境へ向けてなだらかな坂の街道を走っていた。シロツメグサやタンポポの花が咲き乱れる高原地帯である。幌のキャビンの中では長椅子に腰かけて、後ろの出入り口からミランとアンドレアが牧歌的な野原の風景を眺めていた。日が西に傾き、世界は徐々に青く染まってきた。
この当りは平地が少なく、なだらかな丘の草原に羊や牛を放牧していた。牧童たちが犬を連れて、家畜を誘導しているのが見える。この先にはヴォーダン村の群落があり、宿屋もあるそうだ。
タートル・ピッグが縞々のチョッキとズボンに、カンカン帽の姿でアコーディオンを弾いていた。曲はプラグセンの民謡『葡萄摘み娘』。ワインを造るべく、秋に収穫した葡萄をタライに入れ、民族衣装の村娘たちが歌を唄いながら葡萄を踏み続ける姿を描いた民謡である。
「平和じゃのう……」
「そうですねえ……都での過酷な日々が嘘だったみたいです」
ミランとアンドレアが緊張の糸が切れて、のんびりした口調で話し合う。だが、行く先に壊れた塔のような建物が見える。地面に巨大な十字架のような車輪が転がって朽ちている。
「あれは……風車の廃墟か?」
「アンドレア様、あちらにも何かあります……」
ミランの指差す方角には丘に車輪のない蒸気式トラックや砲台のずれた中戦車が錆びだらけで点在している。よく見れば、鉄材や布きれも飛散していた。さらに、丘陵のここかしこに黒い穴凹が見える。
「どうやら、昨年の南北戦争のあとみたいだねえ……」
タートルが糸のような目を見開いて、真摯な表情で戦場跡を眺める。丘の上には木製の十字架の群れが見えた。その墓標の一つに赤い頭巾を被った少女が膝をついてお祈りをしている。花があるのは、誰か知り合いの墓であろう。
昨年まで北域ギャリオッツ帝国と南域メルドキア共和国との南北戦争があり、帝国に占領されたプラグセン王国では多くの民が徴兵され中域の戦場に駆り出された。この一帯も紛争地帯となったのである。さきほどの風車小屋や戦車は砲撃か爆弾で破壊されたものであろう。
戦争は終わったが、中域の戦場跡には大勢の敵味方の兵士の死体が散乱し、南北の軍は兵士の遺体の認識票だけを回収して本国に撤退してしまった。腐敗した遺体を、付近の村人たちが農作業などの仕事の合間に片づけをして、あそこを仮の無縁墓地として葬ったのであろう。幌馬車内はしんみりした雰囲気になった。大国の権力者に戦争に刈り出され、犠牲となった兵士たちの墓だ。なかにはプラグセンの男たちもいるだろう……
「あっ、野良犬が幌馬車についてきて走ってきますよ……」
「本当じゃ……可愛いのう……ペット用の犬と違って、精悍な顔立ちじゃのう」
ミランとアンドレアが気分をかえるべく、微笑ましげに犬を見ていた。もう一匹、さらにもう一匹と増えていく。アンドレアは手を振った。グリフェがチラリと見て、注意する。
「お二人さん、あれは犬じゃねえよ……灰色狼だ」
「狼じゃとっ!」
「初めて見ました……」
「都会育ちは狼も知らねえのか……手なんか出したら噛みつかれるぞ」
侯爵令嬢は慌てて手を引っ込める。ミランが後ろの出入り口の蓋をしめる。ミアーチェ旧市街で賞金稼ぎ達に破壊された幌は、ゼニュフラッドで修復していている。タートルが楽器をしまって、隙間から狼を数えだす。
「やばいぞ、グリフェ……狼の数が増えてきたぜ……ひい、ふう、みい……16匹はいるな」
「夜行性の狼が日暮れ前に活発になってきたか……死肉の味を覚えた人喰い狼どもか……こりゃまずいなあ……」
野晒しになった兵士の死体は野犬や野鳥が喰い漁るものだ。ミランとアンドレアはそのことに思い当たり、ぞっとした目で狼の群れを見る。
「馬を飛ばすぞ、しっかり捕まっていろ!」
グリフェが二頭の馬に鞭を与えて、走らせた。左手の丘からさきほどの赤い頭巾をかぶった羊飼いの少女が、別の狼三匹に追われて駆け下りるが見えた。涙を浮かべ、恐怖に震えている。足がもつれ、途中で転んでしまった。先頭の狼が追いつきそうだ。
「あっ、前方に子供がいるぞっ!」
「しゃあないな……タートル、手綱を代われ!」
「あいよっ!」
グリフェは馬車から飛び降り、走りながら携帯したクロスボーの弓弦を引き絞って灰色狼に矢を命中させた。悲鳴をあげてのけぞる狼を蹴とばし、他の狼にぶつけた。グリフェは赤い頭巾の少女を小脇に抱きかかえて幌馬車に駆けだし、馬車に飛び乗った。少女をアンドレアに手渡す。
「もう大丈夫じゃ……」
恐怖に硬直する少女を見たアンドレアは愛おしくなって、抱きかかえた。彼女の温かい体温が冷えた赤頭巾の少女を包み込む。




