眠り男レザーチェ
「なんとも、美しい殿方が存在したものよのう……」
「アンドレア様ほどではないですが、確かに美しい人ですね……だけど、青い髪の人間なんて、初めてみました。染めているのでしょうか?」
「まるで、民話に登場する青髪鬼みたいじゃのう……」
アンドレアとミランも頬を上気させて、箱の中の妖美なる怪人に魅惑されていた。
「確かに、この世のものとは思えないわねえ……百年もキャビネットの中で眠りつづけたっていうけど、本当かしら? ねえ、あ~~た……」
「んなわきゃねえだろ、どう見ても二十代そこらの兄ちゃんだ。見世物なんぞ、インチキに決まっている……俺は昼寝するから、終わったら起こしてくれ……」
肩をすくめるタートルを余所にショーは進行していく。
「さあさあ、未来を占って欲しいお客さんはいるかい?」
見物客の村娘や大人の女性たちが手をあげる。マダム・カリガルチュアは五名ほど選んで舞台にあげた。
「さあ、私の催眠術は超強力だよ……百年の眠りから、目覚めよ……レザーチェ……」
カリガルチュア婦人が両手をかざして、眠り男を凝視し、古代呪文を詠唱する。やがて、青髪青衣の怪人のピタリと閉ざされた瞼が徐々にあがっていく。半眼の状態で止まった。上弦の月のようなサファイヤブルーの瞳は、あの世とこの世の境の夢を見ているようだ。そして、なんとも厭世的な表情である。
「さあ、お嬢さん……占って欲しい事をレザーチェにいいいなさいな」
白いブラウスに群青色のロングワンピースを着た娘が頰をリンゴのように上気させて、恋人の農夫は何時頃、プロポーズをしてくれるか尋ねた。
「あなたの恋人は……秋の……万節祭で告白するだろう……」
「……そうなの? ありがとう、レザーチェさん……」
まるで、彼岸の国から呼びかけるような、それでいて美しい男の声が予言を口にした。村娘は長い息を吐いて、舞台を降りた。
次に、濃緑色のチェニックに黄色いスカートをはいたソバカス娘が顔を強張らせて、箱の中の青い怪人レザーチェに、都へ出稼ぎにいって行方不明の父は、いつごろ帰ってくるか尋ねた。
「あなたの父上は……一年後に帰ってくる……」
「……それは本当に?」
「来年の……カタバミの咲く季節に……戻ってくる……」
ソバカス娘は安堵したように、座席へ戻っていった。他にも娘たちの恋の悩みや、家庭の問題に関する占いを聞いて、予言していく。そのなかには、さきほど野次を飛ばした大柄な若者の取り巻きの娘もいた。
後ろの座席から不機嫌な形相の大柄な青年ブルートがノシノシと舞台に登ってきた。
「おいおい……ヘレナもリンダも色男にメロメロになりやがって……どうせ、インチキに決まってらあな……」
「やあね……ブルートったら、妬いているの?」
「そんなんじぇねえよっ! おい、仮面のババアと薄気味悪い青男! 適当なこと抜かして、村娘たちを誑かしてんじゃねえぞっ!」
乱暴なブルートの剣幕に小屋内が騒然とする。だが、マダム・カリガルチュアは悠然としている。
「おやおや……眠り男の予言は絶対さ……嘘か真実か、あんたの未来を占ってやろうじゃないか……只でね」
「只だとぉ? ……よぉ~~し、それじゃあ、俺様の未来を占ってもらおうじゃねえか。俺様は、今はこんなド田舎でくすぶっているが、いずれ都に出てビッグになる男だ。なんせ、村一番の拳闘チャンピオンだからな……俺様の薔薇色の未来を占いやがれ!」
得意気にシャドーボクシングを始めるブルート。自慢するだけあって、腰が入ったパンチだ。
青髪青衣の怪人がブルートを半眼の双眸でじっと、見つめた。
「お前の未来は……」
大柄な若者は唾をゴクリと飲む。
「……虚無だ」
「キョムぅ~~?」
「つまり、無い。お前は明日までに命を亡くすだろう……今のうちに家族にあって、心残りな事を伝えておくがよい……」
周囲で取り巻きの娘や観客たちに動揺の波がひろがり、ざわざわと声がする。




