マダム・カリガルチュアのキャビネット
「そうかい、そうかい……プラグセンの人形劇にはそんな歴史があったのねえ……確かに人形劇は文化よ! 小母さん、泣けちゃうわぁ……よよよよよ……」
「タートルさん……」
生まれ故郷がギャリオッツによって侵略され、地上から消えてしまったグリフェとタートル。彼らにはプラグセンの人形劇にこめられた、小国の悲哀が充分すぎるほどに肌にしみた。
「まあ……今は息抜きしようや……それにしても、人が多いな……」
「日曜日ですし、どうやら、ちょうどカーニバルのようですね」
カーニバルとは、元々、光神教団などの謝肉祭で、四旬節の前におこなわれる。だが、今は宗教に関係のない祝祭もカーニバルという。山車をひく仮装した村人のパレードがやってきて、観光客が楽しく見学している。
ゼニュフラットの町はあちこちに大道芸のジャグリングや綱渡り、玉乗りなどの曲芸が見物できる。出店や露天商にも人でにぎわっていた。アンドレアは親子連れや恋人連れが紙の器にもった白いものを食べながら歩いていた。
「ミラン、あれはなんじゃ?」
「ああ、あれはアイスクリームです。食後のデザートに器にもるのではなく、庶民はああやって、立ち食いをすることがあります」
「ほほう、なんとも下品じゃのう……」
そうはいっても、アンドレアは好奇心の塊のような目で眺めている。タートルの化けた老夫人はアンドレアとミランの手を持ち上げた。
「さあさあ……二人とも、手ぐらいつながないと、夫婦には見えないわよ。今は貴族でも執事でもなく、庶民の若夫婦なんですからね」
「でも……その……」
慌てて手を引こうとするミランの右手を、アンドレアがしっかりと握った。
「タートル殿のいう通りじゃ……今は夫婦なのじゃから、アイスをおごってちょうだいな、あ~~た!」
「あ~~た、って……タートル殿の真似しちゃって…………そうですね、買いましょう!」
二人は移動式ワゴンのアイスクリーム屋に歩いていった。
「まあまあ、二人ともはしゃいじゃって……さあ、あ~~た。私たちも手を繋ぎましょう!」
「うるせいっ! 魔爪で大根みたいに輪切りにするぞっ!」
「……わかった、わかった……オレっちがふざけすぎたよ……勘弁してちょ」
コートに右手をつっこむ老紳士グリフェに、老夫人姿のタートルが両手をあげて降参する。通りのベンチに座って、一行は休憩した。アイスを食べるアンドレアが、ふと右側に三角形のテントが張ってあり、仰々しい看板を見上げた。
「おおっ! あれはなんじゃ、ミラン」
「……なになに……『マダム・カリガルチュアのキャビネット』……眠り男レザーチェがあなたの未来を占う……どうやら、見世物小屋のようですね」
看板はおどろどろしい油絵具で描かれていた。ドミノマスクをつけた、アヒルのように太った中年女性の背後に、キャビネット(飾り収納戸棚)の観音開きの扉が開けられ、背の高い青い服の男がいる。
「面白そうじゃのう……いってみたいぞ」
「あらあら、快楽主義者の私も興味があるわよ」
好奇心丸出しの偽伴侶に、ミランとグリフェは顔を見合わせた。
「……ったく、女ってのは、占いだなんて非科学的なことが好きだなあ……あっ、一人はオカマだが……」
「人が多そうですけど、大丈夫でしょうか?」
「……まあ、よかろう……カーニバルだしな……」
かくて一行は木戸銭を払い、怪しげな見世物小屋に入っていった。薄暗い座席の前が空いていたので、そこに座る。
「早く始めろ!」
座席後方に座った大柄な若者が野次をとばす。両側に女の子をはべらせ、昼間から酒瓶を口にしている。前方の舞台の暗幕が開かれた。黒檀のキャビネットはまるで棺桶のようだ。上手から、看板通りにドミノマスク(目など上半分を覆う仮面)をつけた女性がやってきた。
「さあさあ、いらっしゃいませ。紳士淑女の皆々様……マダム・カリガルチュアの神秘のショーがはじまるわよぉ……」
そういってカリガルチュアは黒檀の飾り戸棚の扉を観音開きにあけていった。
「魔女の呪いで百年以上も箱の中で眠り続ける男レザーチェだよ、御立合い……」
なかには、青い闇が存在した。すべて青づくめの衣装の若者が立ったまま眠っている。三角帽子を被り、ベルトと鉄輪が過剰なまでについた、まるで拘束具を連想させるレザーコートを着ていた。青白い肌に、世にも珍しい青いコバルトブルーの髪の色だ。
見物席から女性客のみならず、男性客からも感嘆の息をもらす音が聞こえた。なぜなら、その眠り男レザーチェは類い稀なる絶世の美しさだったからだ――




