明日に向かって大脱走
「気でも違ったのか、グリフェ! 無実の罪をかぶせられそうなのじゃぞ! 警察署へ出向いて、潔白を証明すべきじゃ」
「いいや……気は確かどころか、冴えに冴えまくっているぜ」
アンドレアが身じろぎするが、鉄の腕はビクともしない。
「こいつはおそらく、ドラッケンの罠だ――」
アンドレアとミランがギョッとする。
「警察署へ出向けば、あれよあれよという間に俺たちは引き離され、アンドレアは伯爵の城館へ直行だ。そして……俺たち男衆はとりあえず、牢獄送りだな……」
「しかし……このままでは……」
「だからよぉ、こういう時は相手の裏をかくんだよ!」
ウィンクするグリフェに、アンドレアは何故かドキリとした。今まで自分を貴族の娘、美人と持てはやす者は多かった。が、自分を高慢ちきと呼び捨て、そんざいに扱う者など皆無に等しい。この下品な言葉使いをする野卑な男を――彼女は何故かこの時、頼もしく思った。
「貴様! やっぱり犯罪者だったか……儂の武器を返せ!」
武器屋のヒンギスが怒鳴るが、店の奥から首だけ出しているだけだ。
「グリフェ・ガルツァバルデス……莫迦なマネはやめろっ! 大人しく投降するんだっ!」
遠巻きに包囲するドロブニー警部が、声を強張らせて叫ぶ。が、グリフェは小憎らしいほどふてぶてしい。
「侯爵家に身代金を要求するぜ、1億ゼインだ。安いもんだろ?」
「い……1億ゼイン……だと……」
ミアーチェの平均的なサラリーマンの初任給が20万ゼインの時代である。ちなみにドロブニー警部は月給43万ゼインだ。
「俺たちは南の国境へ行き、メルドキアに亡命する。そこで、アンドレアと交換しようじゃないか」
「亡命だと……そんな事が可能だと思っているのかっ!」
湯気を立てて怒る警部を尻目に、ここでグリフェは人の悪い顔をした。メルドキアへの亡命というのは、ドラッケン達を騙すミスリードの罠だ。いつしか、冷たい風が吹き始め、大空はどんよりとした黒雲に覆われてきた。一雨きそうな塩梅である。
「警部さんよぉ……逮捕状は侯爵家から出たもんじゃねえだろ……」
アンドレアを始め、ミランと警官たちが一斉にグリフェを凝視する。
「………………なぜ、そう思う……」
「逮捕状はプラグセン政府……宰相あたりからの命令だな……さらに、宰相に命令したのは、北域の将軍さまだな……」
遠くで雷鳴が光り、轟音とともに稲妻が遠くの尖塔に落下した。
「……………………」
ドロブニー警部の顔面から血の気がひいていく。部下の警官たちは上司の姿をみて動揺がひろがった。憎い北軍のドラッケン中将がミアーチェの美女たちを側室に差し出せと無理強いしている噂は、彼らも耳にしている。
彼らは自国のためでは無く、ギャリオッツのために戦線に送り出された。彼らは生きて戻ったが、多くの友人・同僚・家族のなかには、怪我や病気をして傷痍病院で唸っている者、戦地で亡くなった者もいる……
「だとしたら、よ。このまま大人しく行かせてくれよな……」
「………………」
警官たちが警部の顔をうかがう。心情的にはアンドレアをドラッケンなどに渡したくはない。が、警察官として勝手な真似は許されない。町の正義を守るために、志願して警官になったのに、このままむざむざ北軍の横暴に耐えねばならないのか?
迷いが波紋のように広がり、逡巡している警官隊を好機とみて、タートルが幌馬車の御者台に飛び乗り、ゆっくりと走らせ始めた。アンドレアを小脇に抱えたグリフェも飛び乗る。ミランも慌てて後に続く。
「あっ、待て! お前たち……」
しかし、突如して土砂降りの雨がふりだし、幌馬車の姿を地上から消し去るかの勢いだ。幌馬車は雨に濡れた旧市街の石畳を疾走していく――
「あれだけいえば警察にも動揺の波紋が広がるだろう……だが、厄介なのはこれからだ……」
「厄介とはいったい……なんなのじゃ?」
グリフェの意味深な言葉に不安気になる令嬢。その言葉に呼応したかのように第三の声が聞こえた。
「ひひひひひ……グリフェを見つけたぞ! 5千万の懸賞首だ!」




