血塗られた薔薇
四人の名花がつどい、まるで、暗い部屋が月の光で煌々と輝いたようだ。
「おおっ……伯爵さま!」
「外は稲妻が鳴り響いて怖ろしいですわ……」
「嬉しや、私に会いにきてくださったのですね……」
「いいえ、わたくに会いにきたのです」
「これこれ、みんな……伯爵さまの前で恥ずかしい……」
彼女達はベアータ、エマ、オフェリア、ヤナという。プラグセン王国の首都ミアーチェで、美人と名高い商家や銀行家の娘を六人も、無理強いに近い形で側室として屋敷にこさせた。彼女達は当初、占領軍の中将が怖ろしく、緊張が解けなかった。が、ある夜から一変する。まるで、遠国から戻ったばかりの愛しい恋人を待ちかねたような恍惚の表情だ。
ドラッケンは微笑みをうかべて、後でな……と、彼女たちを私室に下がらせた。そして、燭台をもち、地下室への階段をおりていく。
ワイン倉庫につかっていた地下室の煉瓦壁に、鉄輪でつながれた美女が二人いた。リリアナとスヴェトラである。さきほどの四名の名花たちよりも顔色は肌色――血色がよい。
リリアナは暗い金髪のダークブロンドに青い瞳。スヴェトラは東域人のような神秘的な黒髪に茶色い瞳――二人とも騎士の娘で気丈な性格である。
二人は衰弱した様子であったが、キッとドラッケンを睨みつけた。
「……ドラッケン……どんな手を使っても、私もスヴェトラも……あなたのモノにはならないわ……」
「リリアナのいう通り……たとえ、プラグセンを踏みにじっても……決して……私たちは屈しないわ……」
彼女たちは騎士の娘であり、武術・馬術の心得もあった。最初は大人しく、伯爵に臣従した様子であったが、隠し武器でドラッケンを暗殺しようとしたほどだ。その罰として、地下倉に閉じ込められている。
「ふふふふふ……気の強い娘たちだ。プラグセンの大人の男たちよりも、よっぽど頼りになる女騎士たちだわい……」
「戯言を……」
「もう少し、じゃじゃ馬ならしを愉しみたかったが、そうもいかん状況と相成った。近日中にプラグセンを去る……」
リリアナとスッヴェトラは瞳孔をひらき、鎖をジャラリと鳴らして、互いに見つめ合った。
「……そうか……ついに悪魔がこの地より去るか……」
「祝杯を……あげたいところよ……」
ドラッケンは右手でリリアナの顎を持ち上げ、その端正な美貌を見つめた。
「ふふふふふ……言うてくれるな……だが、肌理の細かい、すべらかな……雪花石膏のような美肌よのう……」
リリアナは本能的な恐怖で身動きができない。ドラッケン伯爵は舌なめずりをして、口を開いた。その上顎犬歯は肉食獣の牙のように発達していた。白い咽喉元に牙がたてられ、紅い鮮血がしたたる。スヴェトラも金縛りにあったように声も出せず、忌まわしい血の吸飲を目撃するしかなかった。
血の気がひいて、死者の肌色となり、動かなくなったリリアナが鉄輪にぶら下がる。スヴェトラの金縛りがとけ、悲鳴が地下倉に響く。だが、口腔を鮮血で染めたドラッケンはハンカチでそれをふき取り、長い息をもらした。
齢300年を超す彼にとって、悠久の時は気鬱の虫との戦いでもあった。死と隣り合わせの戦争に身をおく昂揚感がそれを忘れさせた。しかし、戦争が終わると、再び気分がふさがれてしまう。それを解決するのが、若く美しい女との戯れであった。
そして、熱くほとばしる血液を美しい首筋から啜る……どんな名酒や麻薬よりも甘美な味と芳醇な香りが最高の満足感をあたえた。〈不死者〉が〈吸血鬼〉と呼ばれるのも、至極当然の忌まわしき行為であった。
恐怖におそれおののくスヴェトラを、ドラッケン伯爵は慈父のような笑顔でみつめた。そう、子飼いのルパート・エッガー大佐の最期を看取ったときのように……
しばらくして、ドラッケン伯爵は地下倉の階段をのぼっていた。そして、薔薇の間に来るべき、もう一人の側室候補について思いを馳せた。目立つ真紅のドレス。青みがかったアッシュブロントに、気の強うそうな眉の線、珠玉のようなグレイブルーの瞳、紅い唇はふっくらと柔らかそうだった……
「アンドレア・ユルコヴァー……イェーガルドルフ地方の領地を治めるユルコヴァー侯爵の長女……」
プラグセン王国を無血開城して数日後、王城の親睦会でともに円舞曲を踊った美少女。占領された小国の貴族のくせに、王族のように高慢な態度で対応した娘。ドラッケンは癪に障るというよりも、その気位の高さに惹かれた。そして、屈服させたいという嗜虐心を抑えがたかった。
「……あなたもいずれは……ふふふふふ……」
本来ならば、すでに彼女は城館の薔薇の間にて、伯爵の虜囚姫となっているはずだった――が、運命の道筋は大きくたがえた。影の薄い少年執事と、彼の心意気に応じた二人の男たちによって……
ドラッケン中将(伯爵)のモデルは、あまりひねりのないネーミングでお分かりのようにドラキュラ伯爵です。
ドラキュラといえば、ルーマニアの地方領主というイメージを持っていました。
しかし、映画「ドラキュラZERO」を見て、既成概念がくつがえりました。
ワラキア公国という小国の王であり、戦士であり、軍人という描かれ方をしていて、その影響からドラキュラ=軍人というヴィジョンができあがっていきました……




