妖鳥ブルーカ
「ま、待てっ! 待ってくれ!」
赤と黒の市松スーツとシルクハットの洒落男フランツが、リボルバーを右手に迫ってくる男に掌をつきだしてストップの合図をする。が、聞きいれられなかった。
頭巾の女ニーナが洒落男の背中に隠れ、左側から顔を出す。
身の危険を感じ、焦ったフランツは背後にいる頭巾女を力ずくで前に押し出し、〈人間盾〉とした。
「えっ!? フランツ…………」
当惑したニーナが首を背後に回すと、美男子の仮面を剥ぎ取り、犯罪者の凶悪な素顔をさらしたフランツがいた。
「なんの真似だ? 二人とも弾丸が貫通しちまうぜ?」
「うるせえっ! お前はプラグセン警察か? 私立探偵か? 誰だか知らねえが……とにかく俺に銃弾を向けるとこの女の命はねえぞっ!」
優しく甘い愛の言葉をささやいた美男子吟遊詩人が突然、ゴロツキのような脅し文句を吐きだし、頭巾女は思考が停止したかのように硬直している。
「さあ、銃を石畳において両手をあげやがれっ!」
「あいにくだが、断る……」
「な、なにぃぃぃ……?」
「どうやら市松模様の兄さんはその女狙いの小悪党のようだな。が、カモにする相手が悪かったな……」
フランツは眉をひそめ、この銀髪男は何をいっているのかと怪訝な表情だ。
「フランツ……酷いわ……あたしを……騙していたのね……」
「うるせえっ! 命あっての物種だ。お前の替りのカモなんぞ、いくらでもいるんだっ!」
悪党の地を出して恫喝するフランツ。だが、女の様子がおかしい事にきがついた。両手でニーナの二の腕をつかんで〈人間盾〉にしているが、腕の太さがさっきより膨れ上がっている気がするのだ……
いや、気のせいではない。フランツの手ではつかみきれないほどの大きさになり、メキメキッと音がしてニーナの上背がフランツより首一つも高くなっていく。
チュニックとスカートが破れて四散し、中から蝙蝠の翼が折りたたみ傘のように開き、羽毛で覆われた不気味な全身があらわれた。足は長靴を破損し、鳥のような鉤爪をもつ後肢に変化した。足元に裂けた頭巾の端切れが落下。
男が見上げると、田舎出の花売り娘ニーナは、身の丈三メートルにもなる怪鳥に姿を変えていた。
フランツはさきほどニーナに話した、田舎の怪物〈ブルーカ〉を思い出した。子供のころ、怖くて一人で夜中にトイレにいけないほどだった昔物語を。フランツは歯の根をカタカタと震わせて、なんとか声をひねり出す。
「ブ……ブ……ブルーカ…………!!!」
怪物鳥は長い首をクルリとフランツの方に向ける。顔は美貌のニーナのままなのが、余計におぞましく感じる。純情な田舎娘の姿は仮の姿だったのだ……
「そうだよ……フランツ……お前の血を啜ってやろうと……花売り娘に化けて……近づいたのに……何もかも台無しね……」
ニンマリとした口からサメのようなギザギザ歯がのぞく。
「……女を騙そうした詐欺師男と、男の生き血を啜ろうとした吸血女。どちらもどちらだな……」
互いに正体をさらしたさっきまで恋人だった男女を、銀髪男が皮肉った。
巨大魔鳥はドスドスと石畳を踏みしめ、銀髪男とフランツを蹴り殺そうと肉迫する。




