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薔薇の間

「中将、8年前にラムブレヒト将軍が占領した北域の小国です。そこでは人体実験により、動物の能力を合成した兵士が反抗したという……」


 フプカ少将がドラッケンに耳打ちする。遮光カーテンで閉ざされた窓の向こうでは、暗雲がゴロゴロと音がする。


「おおっ……あれか……“キマイラ”とかいう化合人間兵士ども……皇帝陛下が興味をもっていたな……ふむ、おもしろい……」

 この言葉にルパートは血色を少し取戻した。失敗を帳消しにし、逆に手柄とするのだ、と。


「是非……わたくしめに、引き続き任務を続行させてください! 必ずや令嬢を連行し、化合人間めも手に入れてきます!」

「いやいや……いいのだ。お前は全身、きずだらけではないか……ゆっくりと休め…………」

 ドラッケンが大佐の肩に右手をおく。大佐の左肩肉がチクリとした。そして、激痛が走る。


「うぐぅぅぅ……かっ……体が……熱い…………」

「……永久とわにな…………」

 城館の外で砲撃のような雷鳴が轟いた。


「ドラッケンさまぁぁぁぁぁぁぁ~~!」


 ルパート・エッガー大佐の左肩を中心に灰化かいか現象がはじまった。肉体が炎を出して燃えているわけではない。が、体内の炭素、水素、酸素、窒素、硫黄、リンが次々と二酸化炭素と水蒸気になって、大気に霧散していく。まるで、いまだ解明されていない謎の人体自然発火現象である。

わずかな無機質を残して、大佐は膝を屈して人間灰の彫像となった。が、足元から崩れていき、絨毯に灰燼のかたまりができた。ドラッケンもフプカも眉一筋動かさない。


「……ゲッコ!」

「はっ!」


 待機していたかのように、男が入ってきた。楕円形の胴体に長い手足をした、まるでカエルが立ち上がったような体格と容貌の男だ。彼は軍夫ではなく、伯爵家に長年つとめる従者頭である。ゲッコは他の従者たちとルパート・エッガーだったものの、成れの果てを掃除した。彼らは無表情で、まるで機械人形のようだった。その間、フプカは事後処理を相談。


「ルパートの後任はいかがいたします?」

「ふむ、とりあえず秘密警察は活動凍結。本国にもどってから再構成しよう―――その間、兵士たちを旧市街に動かしてはならぬ」

「ははっ……」


 これ以上騒動をおこしてはまずかった。クレッチマーの醜聞のように、政敵から思わぬ足を引っ張られるかもしれないし、彼の美学が許せなかった。ドラッケンはフプカに、プラグセン王国を通して、ある指令をつたえるよう命じた。


「なるほど……妙案ですな……軍を動かすとも、グリフェとやらの動きを封じられる」

「あとはシュブラック曹長にまかせよう……」

「……なるほど、あ奴めの能力ならば適任ですな……」

「もう少し、プラグセン王国を堪能したかったが、アルヴェイクの魔術王め……忌々しい……」

 憤懣ふんまんやるかたない様子だ。


「本国とアルヴェイクの国境近辺で、警備兵たちが怪しい動きをしております……早く本国へ戻れと、軍司令部が矢のような催促で……撤退はもう、やむをえません……」

「ふむ、そうか……兵士たちの移動の手続きを頼む。必要な書類をまとめておいてくれ……」

「はっ! ……中将は何処へ?」

「薔薇の間だ……誰も通すな」


 フプカ少将はやれやれ、お好きなことで……と、心の中で愚痴り、肩をすくめて執務室から退出する。

 薔薇の間とは、ミシュルフェルド城館じょうかんの奥にあるドラッケン伯爵の私室エリアにある。その名の如く、薔薇と茨を意匠した装飾品と美術品、絵画、フレスコ画、本物の薔薇の花が飾られている。照明は壁にある燭台の蝋燭で、薄暗い。そして、薔薇にも勝る美女たちが出迎えた。


 しかし、彼女達はいずれも蒼白い肌色で、双眸が陰火のように光っている。東域から輸入した最上級の白い絹のドレスを着ている。だが、この薔薇の間においては……まるでシュラウド――屍体を覆いつつむ白い埋葬布まいそうふのようにみえる。そして、みな一様に咽喉のどに紅いスカーフをきつく巻いていた。 


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