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黒馬車の影

 プラグセン首都のミアーチェは、ダモレス川をはさんで新市街地と旧市街地に分かれている。両者をつなぐのがプラグセン橋だ。

 旧市街地の円形広場での巨大ロボットと巨人ゴーレムの死闘に決着がつき、グリフェは背中に黒茶褐色の翼を出して大空を滑空する。なるべく人目につかないよう、赤い屋根の建築物の上空を飛ぶが、それでも何人かには目撃された。三階の窓から外の景色を楽しむもの、洗濯物を干す者などにだ。


「翼の生えた人間が、空を飛んでいる!」

「あれは都市伝説のフライング・ヒューマンに違いない……」 

「伝説の鳥人だ!」

「いや、あれは天使かも……」


 一方、ミアーチェ大通りを疾走するギャリオッツの軍用馬車。二頭立て四輪の箱馬車であり、黒く塗装され、黄金のアラベスクの意匠が凝らされている。扉と後部に帝国紋章であるファーヴニルが描かれていた。これはクラウス・ドラグベルグ一世が倒した悪龍である。ちなみに、クラウスはファーヴニルが巣食っていた〈竜の山〉から、苗字をドラグベルグに変えた。ドラゴン・スレイヤーとしての自負と、栄光を子孫に伝えるためだ。


 前面の御者台には帽子を目深にかぶり、フロックコートの襟をたてた御者が、手綱を握って馬を操って走らせている。厳めしい表情で、まるで何かに急き立てられているようだ。箱馬車の中では、気絶したアンドレア侯爵令嬢を、もう一人の御者が介抱していた。

 前方にプラグセン橋が見えてきた。昨晩、グリフェが怪鳥ブルーガを倒した現場だ。その先には新市街地があり、ギャリオッツ軍駐屯所がある。そこに運ばれては、さしものグリフェも救出が難しい。


 グリフェが箱馬車の屋根に音もたてずに着陸した。翼長4メートルの翼が折りたたんでいっき、ロングコートのスリットに収納されていった。

 すると、帝国軍用馬車は急にスピードを減速していった。感づかれたのであろうか?

 箱馬車はプラグセン橋の手前で大きくカーブを描き、横町に入っていった。


「お客さん……タダ乗りはいけないなあ……」

 前方の台に腰かけた御者が背中を向けたまま、乗馬鞭を背中にうならせた。が、グリフェはその鞭の先を右手でつかむ。驚くべき反射神経だ。


「そっちの首尾は上々のようだな……タートル!」

「グリフェもね……」


 御者が帽子のつばをあげた。厳めしい顔の中年男の顔にさざなみが走り、丸い顔のタートル・ピッグに変化した。ニヤリと笑う。彼は動物だけでなく、人間にも変身できる。

 箱馬車のなかのもう一人の御者は少年執事のミランが変装したものだ。


 時間を少し戻す――〈金の角〉亭ホテルで二人が秘密警察を倒して、階段を駆け下りたときだ。

 短い間に二人は阿吽の呼吸で作戦をたてた。グリフェは陽動となって、ルパート・エッガー大佐とゴーレムを足止めする。その間、タートルとミランが軍用馬車からアンドレア嬢を救い出すという算段だ。

 ギャリオッツ帝国の軍用馬車がプラグセン橋へ、まっすぐに疾走していった。そこを、ミランを鞍にのせた青鹿毛あおかげの馬が追いかける。タートルが変身した馬だ。二頭だて馬車よりも、単騎の馬のほうが早い。一旦、ミランを通りで下ろし、軍用馬車の前に走り込んで、タートルは見知った顔の人物に変身。


「ややっ! ルパート・エッガー大佐殿!」

 軍用馬車が慌てて急停止する。御者台の乗り手が腰を折って敬礼する。

「あ~~、チミたちご苦労。私も同行しよう……」

「へっ? ゴーレムはどうしたんですかい?」

「あ~~、もう済んだ。いいから、扉を開けたまえ……よっこらしょ、っと」


 箱馬車のなかにいた御者が慌てて扉を開き、乗降用梯子を設置する。軍用馬車の御者たちは帝国軍人では無く、軍属ぐんぞくの非戦闘員だ。軍事行動には軍人だけでは成り立たない。軍需物資や食糧を運ぶ荷駄役、仮砦・城の設営工事をする工夫、さまざまな雑役をする、いわゆる軍夫ぐんぷも必要なのである。彼らはギャリオッツの農夫から徴収されて、馬の世話や御者を行う男たちなのだ。


「それにしても、大佐殿のしゃべり方がちょっと……妙な気がすんべ……」

「んだんだ……な~~んか喜劇芝居の大げさな役者みたいだべ……」

「なっ……だべだべって……何をいうか、チミ達はっ! そんな悪い子たちは鞭でお仕置きするであるぞよ!」

「「へっ、へへへへ~~~…それだけはご勘弁を……」」


 ルパート・エッガー大佐は目上の者にはゴマをすり、目下の者は些細な失敗でも罰を与えてストレス解消をする男で、部下の兵士や軍夫たちから恐れられ、かつ嫌われている。御者たちは慌てて腰を曲げて謝罪した。


「うぐぅぅぅぅっ!」

「ぎゃはぁぁぁぁっ!」


 そこを、偽ルパート大佐が御者たちの盆の窪を手刀の早業で気絶させた。建物の裏に隠れていたミランが顔を出す。


「おおっ! タートル殿は人間にも変身できるのですね……」

「ああ……オレっちはこれでも、前はある国の情報部に務めていたからね。変装はお手の物さ。コードネームは〈モック・タートル〉――つまり〈亀まがい〉っていってね。もっとも、ロドニア連立王国の秘密情報部員みたいに、〈殺しの番号〉なんて洒落たものはないがね」

「モック・タートルというと……スープのあれですか? 海亀のかわりに仔牛をつかった……」

「ちゃはっ……案外くわしいね。さすが侯爵家につかえる執事だ。ともかく、今は急がないと……」


 タートルとミランは裏通りに御者を引っぱり、帽子とフロックコートを奪って御者に変装。御者台に乗り、馬を走らせた。ミランは箱馬車のなかで安堵の息をついて、介抱を始めた。

「アンドレア様……御無事で何よりです……」

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