マリウス2000
「役立たずの部下どもめ……奴にしてやられるとは……」
「俺にかかれば、秘密警察でもチョロイもんよ!」
少し前、六人の秘密警察メンバーが拳銃でグリフェとタートルを一斉に狙い撃ちした。だが、再び厨房入口に身を隠した二人。彼らを追って、入口に迫る秘密警察の面々。だが彼らの視界は白い闇に包まれた。厨房にある小麦粉を大量にぶちまけて目隠しにしたのだ。
製粉の煙のなかをグリフェが得意の六賊爪と東域武術で六人を倒し、残り二人は、タートルが暗黒大陸に住まう巨猿ゴリラに変身してなぎ倒した。グリフェとタートル、ミランは二手に分かれて階段を駆け下りる。
グリフェは朝、ホテルに戻るとき、旧市街の建設現場で土木作業用ロボットの巨影を見かけた。マリウス2000――チャペック兄弟社製の巨大ロボットだ。全長10メートル、体重12トン、蒸気エンジンで、最大70万馬力。その姿は優美な曲線をえがく、古代の甲冑戦士を模したものだ。
「さすが、ロボットの本場プラグセン――メルドキアのロボットと違って、まるで芸術品の彫像よのう……」
メルドキア共和国は科学が発達して、軍用・産業用のロボットが製作されているが、合理主義者の国らしく、四角い箱を組み合わせたような実用一辺倒のものばかりだ。そして、非人間的な姿をしているものが多い。軍用ロボットでは偵察用の小型無人飛行機、キャタピラ装甲の爆弾処理車、小型の遠隔操作潜水艇など。産業用ロボットでは、人間の腕のような多関節アームが取り付け、溶接、塗装などをおこなう。人間型のものも研究中であるというが、下半身がキャタピラやタイヤ車両となっている。二足歩行は技術的に難しいし、量産に適していないからだ。
南北戦争以前、メルドキアの著名なロボット工学者がプラグセンのチャペック兄弟社に技術見学にきたことがある。二足歩行制御システムが完成しつつあったからだ。そして、チャペックの技術主任に、なぜプラグセンではロボットを非合理的な人間型に開発するのか質問した。
さらに、神話において創造神は大地の土から人間を作ったとされており、中世ほどではないが、光神教団と闇神教団に遠慮しているところもある。
「それはきっと、プラグセン王国では大昔から人形劇が流行っているからでしょうね……」
「人形劇?」
この答えに、メルドキアの学者は眉をよせて当惑した。プラグセン王国では、大昔からある理由によりパペットやマリオネットなどの人形劇が盛んにおこなわれ、国民的に愛されている。
子供のオモチャではなく、国を代表する文化だ。
国立の人形劇作家養成所があり、小学校に人形劇団が巡回してくる。
観光用のお土産として、2000ゼインほどから買えるカラフルなマリオネット、パペット人形は人気の商品だ。
だから、子供のころから人形好きな子供が、大人になってロボット工学者になり、人型のロボットの製作に熱中してしまうのだろう。人型のゴーレム製作会社も同じようなものだ。プラグセンの宗教家も大らかで、人形劇を愛し、異議を唱えない。
さらにいうと、〈ロボット〉とは、プラグセン語である。およそ120年前のプラグセンで自動人形の興行師だったチャペック氏は、自動人形をゴーレムのように自在に動けるものにしたいと構想していた。自動人形とは、ゼンマイ仕掛けの機械人形であり、一定の動きしかしない。そこで、魔術師である兄に相談して、ゼンマイのかわりに魔導エンジンと魔法水晶をくみこみ、機械魔術という分野を開拓した。ゴーレムほどではないが、単純労働をこなすことも出来た。
そこでこの新自動人形を、自国の〈労働〉の単語をもじって、〈ロボット〉と名づけた。それが、科学史における機械式ロボット第一号である。現在のチャペック兄弟社では、高価な魔導エンジンに代り、蒸気エンジンが主流である。
建設現場で中休みをしていた土木作業員は、さきほど〈金の角〉亭ホテルの方角で大地を揺るがす轟音があり、戦争でも始まったのか? と、動揺し、若い者が偵察しに走る。そして、青ざめて戻った。
「大変だ……〈金の角〉亭ホテルの二階窓ガラスに莫迦でかいゴーレムが腕を突っ込んでいたぞ……」
「莫迦でかいゴーレムって、マリウス2000くらいでっけえ奴け?」
「……そうだ、同じくらい巨大だった……」
「莫迦いうない……そんなゴーレムなんて見たこともないっぺ。あったら、おらの商売あがったりだなや……」
マリウス2000の操縦免許を持つ男が一笑した。実に不思議な話であるが、この大陸では工業用ロボットは、クレーンやショベルローダーなどと同じ大型特殊車両に属するのだ。タイヤなど一輪もないのにもかかわらず、だ。ロボットの胸には、陸軍省発行の特殊車両用ナンバープレートがついている。
「それがなあ……ハンス。帝国の命令でな、マイリンク社で大型ゴーレムを研究中だって噂を聞いたことがあるっぺよ……」
「本当かそりゃ……嘘くせえなあ……」
「いや、本当本当……俺は巨大ゴーレムにあやうくペシャンコにされる所だったぜ……」
作業員がギョッとして振り向くと、粉塵と小麦粉まみれのロングコートを着た銀髪のタフそうな青年がいた。
「誰だなや……おめえ……」
「マリウスを借りるぜ……」
グリフェは釜(火室)を落してないマリウスに乗り込み、蒸気機関を作動させた。
「こらああああああっ! 素人には操縦できるシロモノじゃねえぞ! はやく降りろ!」
だが、マリウスは優雅に立ち上がり、白煙を吐いて大通りを歩み出した。