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巨人ゴーレム

 粉塵がもうもうと立ち込めるなか、窓から別の腕が侵入してきて、アンドレアの胴をつかんだ。その腕は粘土のようだ。


「アンドレア様ぁぁぁぁぁぁっ!」

「ミランんんんんんん~~~~~!」


 巨腕は食堂の窓の外へ美しき侯爵令嬢を拉致した。〈金の角〉亭ホテルに身の丈10メートル以上の巨人が佇んでいた。その正体はゴーレムである。ずんぐりとした外見で、マッシュルームに似た不思議な髪形は古代の様式だ。

 ゴーレムとは古代ジュラダ人の魔術師が聖なる儀式のあと、土を加工してつくった泥人形に呪文詠唱して生み出す人造人間のことだ。

 今では西域のアルヴェイク製の作業用ゴーレムが有名だが、実はゴーレム発祥の地はここ、プラグセン王国の旧市街地である。1600年前、ジュラダ人街の魔法学者が召使として造りだしたものが魔術史上初の人造ゴーレムである、と魔術の教科書にも記載されている。

 もっとも、ゴーレムの身長は人間大であり、せいぜい、大きくて3メートルまでが主流だ。この三階立て建築物ほどもあるゴーレムは、ギャリオッツ帝国駐留軍がプラグセン王国を支配したとき、汎用ゴーレム製作のマイリンク社に、強大な軍用ゴーレムの作成を命令したものだ。試作品のこの巨大ゴーレムは、ルパート・エッガー大佐の思念によって動くよう調律されている。


「エッガー大佐! 何事ですか……これは……」

 ホテルの外側と食堂入口を見張っていた秘密警察の黒服たち六名が駆けこんでくる。その後ろには怯えた顔のホテル支配人もいた。


「うむ……少し、頭に血がのぼってしまってな……」


 念動力による疲労で、憔悴した顔を見せる大佐。本来は穏便に、人目にたたずにアンドレアを連れ去るために、私服で来たのだ。それが、食堂で大乱闘、ゴーレムによる破壊行為とは、我ながら常軌を逸した行動であった。


 大佐は、普段は冷徹でクレバーな男である。が、ついつい、あの悪態をつくグリフェとかいう男にムキになってしまった。それというのも、女衒、下賎な輩だと言い返されたからだ。ルパート・エッガー大佐、実は彼もギャリオッツの下層民の出自であり、幼少時に魔力者として養成所に入り、その後、軍隊に入り、ドラッケン中将の部下となった。ドラッケンは貴族出身であるが、有能な者は貴族でも、平民であっても取り立てた。高い上昇志向を持ち、野心に燃えるルパートは、出世のためならば、女衒の真似も、将軍の靴を舐めることもいとわぬほどの忠誠ぶりであった。


 しかし、それは貴族閥きぞくばつの軍人たちからの冷遇視、嫉妬、嫌がらせの対象であった。ルパートはそのストレスに耐えに耐え、目下の者をいたぶることでストレス解消をしていた。グリフェの悪態は強烈なコンプレックスの痛いところをつく猛毒であったのだ。


(はやく箝口令をしいて、この事を隠さねば……)


〈金の角亭〉支配人は大量のチップをはずんでもらっていたが、これは一体なにごとかと、店の修理代を請求した。秘密警察はそれをあしらい、事後処理にかかる。ルパート大佐はゴーレムの右肩に飛び乗った。

 ゴーレムのもう一方の腕も壁から引き下がって行く……だが、グリフェとタートルの圧死体はなかった。


「なにっ! ……まさかっ!」

「どっこい、生きたよ俺達は……」


 秘密警察メンバーがどよめく。粉塵が晴れていき、厨房カウンターに腰かけたグリフェとタートルがそこにいた。ゴーレムの破砕パンチが激突寸前に、横の厨房入口に跳躍して身を隠したのだ。壁と拳に挟まったコートは、さっきの戦いで破れた切れ端である。


「グリフェ殿! タートル殿!」

 ミランが喜色満面で叫ぶ。

「こんな莫迦でかいゴーレムなんぞ、初めてみたぜ……」

「生きていたか……グリフェ……だが、お前にはもう構っていられない。あとの処理はまかせる……」

「ははっ!」


 秘密警察の面々が巨人の肩にのる大佐に敬礼した。ゴーレムの左手には失神したアンドレアがいた。このまま、軍用馬車に運び、ドラッケンが接収した屋敷に連れ去る心算つもりだ。背後から銃撃の音が聞こえた。


(今頃、グリフェたちは蜂の巣だろう……)


 大佐は少し溜飲をさげた。巨人が方向を変えると、周囲の市民や観光客が恐れて飛び退いていく。時間は11時手前、目立つ時間だ。顔をしかめるルパート。このゴーレムはアンドレアを守護する兵士団がホテル食堂に待機している場合を想定して運んでおいたのだ。

 大概の敵兵士は、その巨大な威容を恐れて萎縮し、身動きができなくなる。いわば、無用の戦闘をさける抑止力のために用意したのだ。それが、裏目にでて、目立ってしまった……ゴーレムは膝をついて、身をかがめ、軍用馬車入口手前に失神したアンドレアを持ってくる。御者たちが受け取る。


 肩の大佐も飛び降りようと身がまえた。そのとき、大地をゆるがす衝撃があった。ルパートは慌てて、ゴーレムの肩に付属する手すり金具にしがみつく。

 はがねの巨人が蹴り上げたのだ。こちらも身の丈10メートル以上もある。その頭部にある操縦席には見知った顔があった……


「貴様ぁぁぁぁ……グリフェか……」

「ご名答!」

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