迫りくる魔手
「おのれ……下等民の分際で私に口答えをするだと? 無礼にもほどがある……貴様ら、さっさと始末しろ!」
銃身を分解され動揺した巨漢が、口を引き結び、拳銃の残骸をすて、軍用ナイフを取り出した。さらに、テーブルにひっくり返った大男が頭をふらつかせて立ち上がろうとしている。
「大層な切れ味の刃物だが、壊れやすそうなオモチャだな……プロなら柄のしっかりした武器を使う……」
巨漢が両足を肩幅よりもやや開き、わずかに両の踵を上げ、膝のバネを蓄えた。ナイフを持つ手を少し前にだし、左手も防御のため構える。そして、体をゆら~~り、ゆら~~りと揺らした。グリフェが六賊爪をくり出した時、どこからでも迎撃できる構えだ。
「ギャリオッツ軍のナイフ格闘術を教えてやろう……白髪頭の青二才!」
「安い挑発には乗らねえよ……木偶の坊!」
グリフェがロングコートを翻し、壊れたテーブルの脚を蹴り上げた。巨漢が咄嗟に反応し、コンバットナイフで弾く。その間、一挙に接近したグリフェが六賊爪を振りかぶる。が、美しい金属音がして弾かれた。いつの間にか巨漢の左手にもナイフが握られていた。
「二刀流ナイフか……少しはやるようだな……デカブツ!」
「これで終いだっ! 長爪の若造!」
黒服の右ナイフがグリフェを水平に斬りかかり、今度はグリフェが六賊爪で弾く。そこを左ナイフが上段から斬りこむ。が、それも弾かれた。両手のコンバットナイフの猛攻ラッシュが続き、火花が飛ぶ。グリフェは防戦一方だ。
(ふふふ……このままいけば、俺のナイフのほうが刃厚で勝る……六賊爪とやらも金属疲労でポキリと折れるはずさ……)
そして、グリフェは食堂の壁際まで追い詰められた。黒服は右ナイフをグリフェの心臓めがけて振りかぶる。
「くたばれっ! …………なにぃぃぃぃっ」
両手のナイフがさきほどの銃身のように、大根の輪切りの如く分解して落下。グリフェは呆然とする巨漢のアゴの先を蹴り上げた。強い衝撃により、巨漢は脳震盪を起こして倒れる。強靭に鍛えあげられた肉体も、人体の急所までは鍛えられない。
一息つくグリフェ。――その背後から、さっき投げ飛ばされた大男が首を絞めようと忍び寄る。
「おっと、オレっちもいるのをお忘れなく……」
タートル・ピッグの肉体に細波の振動が走り、肉体が細く変形。網目のような縞のニシキヘビへと変身し、大男の全身に巻きつき、締め上げる。
「ぐええええええっ!!」
失神するまで数分で足りた。アンドレアとミランが驚嘆した眼差しで、元の人間の姿に戻るタートルを見る。
「なんと、タートル殿は〈魔力者〉でしたか……しかし、何故、亀ではなく、蛇に変身を?」
「それもそうだな……ミラン君。それに、正確にいうと、オレっちは〈魔力者〉じゃないけどね……」
「?」
「まあ、いいじゃねえか……でかした、タートル! さて、残りの片眼鏡大佐はどうするね?」
屈強な部下を失い、旗色が悪くなった秘密警察室長のルパート・エッガー大佐。体格では巨漢の部下にはるかに劣る男。だが、焦りは見えない。
「役立たずどもめ……この私の手を煩わせるとは……はあああああああああああああっ!」
ルパート大佐は両手を前に突き出し、前方を怖ろしい眼差しで凝視。すると、食堂のテーブルとイスが、カタカタと振動し、まるで見えない糸に引っ張られるように浮かびあがっていく。
「なにぃぃ……まさか、〈魔力者〉なのかっ!」
〈魔力者〉とは、生まれつき人間が持つ魔力値が高い人間のことだ。この大陸では全人口の3割にみたない比率で存在する。なぜか、特に北域と西域に魔力値が高い者が多い。
大国では、病院・学校などの検査で、生後3歳から15歳くらいの間に急激に魔力値が高くなった者は、半強制的に魔道士学校か僧院、軍の魔力者部隊養成所へ送り込まれる。アルヴェイクの魔道士、教団僧侶の治癒術、メルドキアの超能力者など、名称は違うが同根の能力である。
「その通り、私は念動力系の魔力者だ……喰らえっ!」
念動力とは、意思(念)の力を増幅させ、物体を動かすことができる能力のことだ。
テーブルとイスたちが空中で死の武闘を舞い踊りながら、大きく輪を描いて回転。グリフェとタートルを円陣に閉じ込める。そして、次々に二人のスレイヤー目がけて飛来していく。
グリフェは家具を魔爪で斬り裂き、バラバラに分解する。だがそれは、今度は破片の凶器となって再び舞い上がり、攻撃する。木片といえども、目や急所を突かれる危険性がある。無限の地獄ループだ。
「こりゃいかん……」
タートルはウミガメに変身して念動力空間に割り込む。頭部と両手足をひっこめ、硬い甲羅部分を盾にグリフェの背後を守る。
「背中はまかせてくれ、グリフェは前にだけ集中しろよ……」
「けっ……余計なマネを……だが、助かる」
グリフェが六賊爪で応戦し、木片をさらに細断。
「むっ!」
にわかに金属音がまじった。ルパート大佐が投剣ナイフを飛来させたのだ。グリフェの驚異的反射神経が、間一髪で弾いたが、念動力空間に浮き上がり、木片にまじって襲撃する。
「ふふふふふ……」
ルパート大佐はさらに厨房の包丁、ナイフ、鍋なども念動力で加えた。
「このままじゃ、ヤバいよグリフェ……」
「こなくそっ!」
グリフェのロングコートにも斬り裂き跡が目立ち、銀髪の一部が斬られて散乱、頰に小さな切り傷まで生じた。タートルの甲羅までヒビが広がっていく。
「ふふふふふ……さあ、チェックメイト(王手)だっ!」
突如、食堂の外側にある窓ガラスが砕け散り、馬車ほどもある巨大な手が突進してきた。腕の直径2メートル以上。その手は拳を握りしめ、グリフェとタートル目がけ、暴走蒸気機関車のように激突!
耳が痛くなるほどの轟音がして、ホテルが倒壊したかのような振動。巨大な拳はコンクリの壁にめり込んでいた。グリフェのコートの切れ端が壁と腕に挟まって見える……
「きゃああああああああああああああああああああああああっ!!!」
「グリフェ殿! タートル殿!」
アンドレアの悲鳴とミランの絶望の声が、瓦礫の山と化した食堂内部にコダマする。グリフェとタートルは謎の巨大腕によって、虫のように圧殺されてしまったのだろうか……