八万石
本拠地徳山館に帰ってからひとまず宴会、翌日からは大忙しであった。ただし従兄弟の基広が。
「季広ッ、またしても俺に使者をしろとはどういうことだ! ついこの間に、御屋形さまのところへ使者に行ったばかりではないか!」
正式に当主となった俺に対して怒りの声を挙げたのは当然基広だ。面倒くせぇなまったく。
「一門であり、誰よりも有能なお前にしか頼めぬ仕事なのだから仕方あるまい?」
「なっ……。ふむ、それならば確かに致し方ないか。俺に任せるとは多少は見る目があるようだな」
有能……と口だけでつぶやいていたの見えてるからな。
「そうだ、もうすぐ正月であるし当主交代もあり慶事が重なったのだから、今年の正月の宴には下国らも来るようにと伝えてくれ」
こんなやり取りによって、基広は冬の蝦夷を東奔西走することとなった。俺に対する口調からして忠誠という言葉は感じられないし、信用できないんだよなやっぱり。勝山館主である叔父の高広は病の床に伏せって長く、実務を任されている実質的な勝山館主の南条守継ともこそこそと話しているようだし、近くに置いておきたくない。
数日の内に、渡島西部の配下や商人から続々と祝いの品が届けられたけど、お返しはどうしようか。
アイヌ衆の方は友好関係にあるハシタインと使者を何度かやり取りした。(血は吸えてないけど)妖刀イペタムに助けられたと伝えたらやはり喜んでくれて、同盟にも前向きだった。
最終的に花沢館の工藤祐致に命じて、商人が適正価格で取引するように取り締まりをさせることを条件に同盟が成立した。このあたりの使者は流石に基広ではないぞ、過労死してしまうからな。
うちの東を支配するチコモタインは、俺が当主となったことに祝いの言葉と品を添えて送ってきたが逆に言えばそれだけだった。蠣崎派と下国派(諸豪族含む)の中間地点で暮らす以上、どちらかに肩入れするのは危険という判断だろう。それならこちらが優勢になれば靡く可能性大である。
最強の商人ことニシラケアイヌとはまだ連絡できていないが、今度近くに船団が来たら渡りを付けようと思っている。
内陸部の不穏分子代表の族長タリコナは「メデタイ」の言葉とともに、ホカホカのエゾ鹿の生首を送ってきた。
なにこれ全然メデタクナイ。宣戦布告か? とりあえず見張りを絶やさないようにしておくか。本当に祝う気持ちがあればせめてクマの生首であるはずだ。クマがカムイ(神様的存在)とされているのに対して、エゾ鹿は数が多すぎて軽視されている。鍋を火にかけてからエゾ鹿を獲ってくるというのが有言実行されるくらい沢山いるんだよ。
年が明けて正月。再び能代湊へ赴いて御屋形様に年始の挨拶を済ませた。館主達も各々挨拶を済ませて領地に戻った頃合いに、前々から伝えていた宴をするからと、招待してやった。
この宴のためには蔵の酒がまるで足りなかったので、「行軍速度」と「海里」の研究を任せた重政に、ついでに酒を大量に買わせて持ってきてもらっている。彼は現在松前湊と十三湊を往復する毎日を送っており、これでしばらく積載量や平均タイムなどの情報を収集していけば結果は出るだろう。
宴会当日、これから三日三晩の宴会が始まる。まだ到着していない人もいるけど好きに呑んで好きに食べて、勝手に騒がせておくつもりなので待つ必要もない。アイヌ衆も酒をたらふく呑めると教えたら是非にとやってきた。ノミュニケーションで関係を構築するつもりである。
「殿、ただ今戻り申した。タリコナ族長は予想通り欠席するとのことでしたが、すこしばかり手土産がございます」
ん? 広益には出来るだけ上から目線の傲慢な態度で招待しろと命じたから、欠席されるのは構わないし、むしろ下国派がいる今攻めてきてくれたら良いなと思っていたくらいだが。手土産ってなんだ?
宴会を抜け出して裏に回ると、首の無い子グマが倒れていた。
「げ。このクマどうしたんだよ?」
「タリコナの集落に飼われておりました。おそらく祭事用に育てていたのでしょうな」
「それで? その大事なクマをあの族長がくれたわけないよな?」
「夜陰に乗じて首を斬り飛ばして盗んでまいりました。殿は、かの者からエゾ鹿の首を頂いておりましたから、その礼に首は捨て置きとしました」
おお、なんて大胆なことをするやつだ。イオマンテ(祭事)の為に、アイヌの民は子グマに口移しで飯をやるほど大事に育てると聞いている。結局は殺して食べるのだが、それはカムイの住む世界に送り届けることになるのだとか。
それを勝手に殺されたら激怒するだろうなぁ……。しかも広益の言ったように首が残されていれば、俺の手のものがやった意趣返しとすぐ気付きそうなものだし。
となると攻めてくるのか? あれ? 俺が密かにそうなるといいなと思っていた展開になってる。なにこれ広益すごいな、有能すぎる。
「よし! 良くやってくれた。クマ肉を早速宴会にだそう、お前に一番に食う名誉をやるからな」
クマ肉が出てきた会場の盛り上がりは凄まじかった。主にアイヌが。みんなして、肉を額の高さまで捧げるように持ち上げてから食っていた。食べきると「カムイハル(神の食事)」だの「フンナ(感謝)」だの俺に言ってから酒飲み大会に戻っていった。多分、肉ごっそさんとか言われたんだと思う。
次いで、二日目。館主が揃った今日も再びの酒飲み大会となっている。前世の寒い国で酒は命の水とか言われてたと思うがその通りだね。呑めば身体が温まるからガンガン呑む。特にアイヌ人は異常なほど呑みまくる。
最初に数回酒を振りまいて神に捧げ、その後は神に近づくためか呑んだ分だけ尊敬されるというのが常識らしい。もうお気づきだと思うがアイヌの信仰するのは多神教である。詳しくは知らん。
今度は「トノト(殿様から貰った飲み物)」、「フンナ」とか言って俺のとこに酒を持って近づいて来るやつが沢山いた。殿と、って言ったのか? そんなに俺と呑みたいのか? でもタリコナがいつ来るか分からないから、俺と会場の外の兵士達は酒をあまり呑まないようにしてるんだ。
せっかく呑もうと誘ってくれたのに悪いな、と思いつつ鷹揚に頷いてスルーしておいた。
三日目、今日も今日とて酒飲み大会である。下国守護の下国家政が上機嫌で孫の師季を伴って近づいてきた。お互いに守護の家だが、下国家は主家檜山安東家の分家筋でもある。今は表立って敵対するわけにはいかないので、にこやかに対応しておかねばならぬな。
「これは下国様、今日で宴も最後となりますが存分に楽しんでいただけましたかな?」
「おお、もちろんだ。身体が火照って仕方ないわい。蠣崎の倅が急に当主となったと聞いたときはしばらく家中も纏まらぬだろうなどと考えておったが、これだけ豪気な催しをしてみせたのだから無用な心配であったか」
ガハハと笑うじいさんを横目に、孫の師季が俺に招待の礼を言ってきた。まだ七歳とは思えないほど、できた孫じゃないか。この子の父親は早くに亡くなっており、次期当主として厳しく教育されてきたというだけある。
「ところで蠣崎の。お前さんのとこはタリコナと上手くいってないそうじゃな。近々やりあうつもりなら……危うくなれば、態度次第では助けてやってもよいぞ。礼はいらんよ、宴の礼じゃ」
「じいさま! 御言葉が過ぎますぞ!!」
千鳥足で高笑いしながら宴会に戻っていった。なんだったんだ一体。
誰がお前に頭下げるもんかよ。
そして、その時が来る。
ドタドタと無遠慮に会場に駆け込んで来た兵が叫ぶ。
「殿、一大事です!! タリコナ族長、挙兵!! こちらに向かっております!!」