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七万石 <地図有り・渡島半島~出羽 簡略図>

後書きに地図があります。ぼたもち様より頂いたものです。

 十三湊を出て二日目。行きかう舟も増えてきて、陸地には馬に荷駄車を牽かせて歩く商人の姿や農夫らの姿も見える。そして、それらの者たちが目指す先に立派な湊町が姿を現した。

 能代湊――海に道をひらくを合言葉に、多数の船団を駆使して日本海を通じた交易路を開拓してきた檜山安東家の御膝元である。


「殿、湊が見えてまいりましたぞ!」

「おう、もうひと踏ん張りだ。頼んだぞ!」


 船頭と漕ぎ手に声を掛けてやって、湊を眺める。やはり海ではまだ敵わぬな、と自分の考えが正しかったことを再確認できた。丁度これから湊を出て行く船団がその理由だ。


 丸に安の字の旗を掲げる一団は、安東水軍のものと一目で分かる。安東水軍というのは基本的に、檜山安東家の分家である湊安東家の海上戦力を指して呼ばれる。その実態は銭と引き換えに通行証を売りつけて、買わないなら海賊働きをするという荒くれ者集団で、ここより南に湊城なるものを築いている。まあ、こんな奴らでも銭を払えばその分の護衛と道案内はちゃんとしてくれるので、そのお陰で蝦夷まで商人が来られるとも言えるがな。

 

 上陸するまでの暇つぶしに、他の家紋についても思い出してみよう。

 つまらない家紋が多い世の中で我が主君、檜山安東家の家紋はかなり派手である。まずは一昔前まで正式に採用されていたという「獅子牡丹ししぼたん」の家紋。名の通り、牡丹の花の傍にいかつい獅子が描かれているのだが、この2つがセットで描かれるのにはかっこいい以外にもちゃんと理由がある。


 獅子とはもちろん百獣の王ライオンであるが、この獅子でさえ勝てないのが獅子身中の虫、つまり病や寄生虫など身体の中を犯すものだ。この虫を退治できる薬こそ、牡丹の花の夜露よつゆと言われており、獅子はその傍を離れられないという事になる。転じて主家たる安東家が牡丹であり、傍に集まる獅子が俺たち豪族なのであろうかと中々面白い想像ができる家紋だ。今でも使う者がいるほど根強い人気がある。


 新しく採用された方は「檜扇ひおうぎたがわしの羽根」の家紋だ。いつだかに偉い人から檜扇に乗せた鷲の羽根を頂いたという、そのまんますぎる理由で現在主に使われている。由来はしょぼいが、扇子の上に交差した羽という柄は俺の評価ではかなり格好良い。


 最後に我が蠣崎家の家紋は「丸に割りひし」である。丸の中にでかい菱形を書いて4分割したやつで、いささか地味に過ぎると思う。武田家とお揃いなのは、武田の血をひいていると自称する人物が蠣崎家の婿養子に入ったからだったはず。俺のひいじいさんだけど流石に俺が生まれる前に亡くなっていた。当初は客将として招かれたが、アイヌとの戦振りを見て是非うちに婿に来い! となったらしい。剛勇無双の毛だるま男だった、とじいさんに聞いたことがある。


 おっと、上陸だな。


 能代湊に着いてすぐ、たむろしていた大勢の日雇い労働者の中から腕っ節の良さそうなのを荷運び人として雇い、船頭の厚谷重政に指揮を命じて檜山城へと歩く。


「誰か」

「渡島徳山館主、蠣崎季広である。当主交代の儀により参った」


 城門前で門番の誰何すいかに答えると一人がすぐに確認に駆けていき、確かと分かったようで中へ通される。俺達は用意された客間に荷を置いて、ここでやっと人心地つけることとなった。


「みな、そのままでよいから聞け。ここまでご苦労であったな、予定通りに着けてよかった。疲れもあろうし、今日の宴会のあとは出歩かずに休むように。御屋形様との謁見の予定は明後日であるから、明日一日はどこぞに遊びに行っておってもよいが、荷物番を交代で任せる者を重政に決めてもらうこととする。明後日の面会はなるたけ早い時間に済ませてもらい、湊でついでに交易品でも積んで帰ることとする。以上じゃ、解散」


「「はっ」」



 翌日は広益を連れて檜山城下の賑わいを楽しみつつ、町の造りや商品の品揃えを確かめるなどして当初の目的を果たした。重政のほうも若い衆をずらずら引き連れて町に繰り出し、大人の遊びを教えてやっていたようでなによりである。

 更に翌日、御屋形様が早々に帰り支度をせねばならない俺達をおもんぱかって早朝から面会してくれた。上納金百貫を差し出すとにんまりして当主交代を認め、引き続き松前守護にも任じて頂けた。

 

 予定通り、湊で各地から届いた品を買い付けて帰ることとしよう。と思ったのだが、先ほど到着した舟から運ばれてきたものを見て驚いてしまった。木製の台座の上部にくしのようにいくつもの鉄の歯が生えたそれは、千歯扱きではないのか……? 慌てて人夫を呼び止めた。

「そなた! それはなんじゃ? なぜそのような物がここにある?」

「へい? あっしは頼まれて運んでるだけなんで何に使うのかも知りやせんが、あの舟は越後の長尾様のご領地から来たそうで」

 その後の聞き込みによって、千歯扱きは珍しい物好きの御屋形様が取り寄せたもので、長尾家の男子、四歳の虎千代が遊びでこれの小さいものを作ったと分かった。最初は子供の作るものに意味など無いと思っていたが、ふと、これの有用性に家臣の誰かが気付いてからは一気に広まったという話だった。

 今までちまちまと稲穂の脱穀をしていたのが、千歯扱きによって一度に大量に櫛を通して脱穀できるようになり、作業効率は数倍になったらしい。



 帰りの舟の上では他の転生者のことで、頭が一杯になってしまった。俺だっていわゆる転生物のお約束とも言える千歯扱きのことくらい知っていたさ。作らなかったのは稲も麦も育たない蝦夷では必要なかったからに他ならない。


 しかし……史実ではまだ当分は先で作られたであろう千歯扱きが既に広まりつつあるというのは、俺が知らずの内に歴史に影響を与えていたのか? いやいや、俺以外の転生者がいるからに決まっている。

 虎千代なる子供が転生者なのか、虎千代の傍にいるものが隠れ蓑として虎千代が作ったことにしたのかはまだ分からない。


 もしかしたらもっと大勢の転生者がいるのか? いるとしたらそいつらは大名や世継ぎなのか、はたまた身分もそれぞれ違ったりするのだろうか? 松前に帰るまで、疑問は尽きなかった。


 が、居たとしてもそいつらがわざわざ蝦夷を目指してくる訳もないか、と思ってそれ以上考えるのをやめた。いつか南進してから考えれば済むことだ。


 一応、次の正月には領内の者に片っ端からあけおめ! と言ってみようかなと思ったが。

なお、史実では海賊っ気が強いのは檜山安東氏だったようです。

挿絵(By みてみん)

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