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六万石

「では父上、行ってまいります」

 俺はこれから主家に当主交代の挨拶に向かうこととなっている。徳山館の目の前に構えられた松前湊から舟で能代のしろ湊まで行けば、そこからは徒歩で一刻(二時間)もあれば到着する。


 親父との戦いのあとすぐに安東家への使者を出していたが、使者が戻ってきて日取りを伝えてくれたのでそれに合わせて準備を進め、今日から向かうことになった。

 主家への大事な使者とあってはそれなりの格も必要であるから、一門格で従兄弟の基広に命じていたが特に問題もなく帰ってきたので安心した。基広はガキの頃から俺に対するライバル意識が強い上に野心家で、俺に代わって当主になろうという魂胆がありありと伝わってきていた。

 なので近くにおいていたら下克上されかねないと思って使者にした。これから俺がここを離れている間は親父が目を光らせているだろうから安心できるというものだ。


「うむ、失礼のないようにしっかりとな。それから下の者にも旨いものを食わせてやれよ」

「はい、みなで檜山の兵糧庫を空にして蠣崎のつわもの恐るべしと言わせてみせましょう」


 ガハハと大笑する親父や家臣連中に見送られながら、舟が進み始めた。


 俺たちが乗った舟は小早といわれる速度重視の小型船だ。漕ぎ手が両側に五人ずつ並んで船頭の掛け声に合わせてかいを操る。

 戦時なら漕ぎ手を日雇いの漁師にさせたりもするが、今回は舟の人員全てが家臣の中で若手といえるやつらで構成されている。元々余分なスペースはほとんど無い構造なので、食料と上納金を積んだらあとは俺と俺の話し相手として漕ぎ手免除の広益が座っているだけの狭苦しい舟である。


「今回はどのくらいで着くと思う?」

「そうですなぁ、今日のところはまだ漕ぐのに不慣れな者もおりますし十三湊まで三刻(六時間)も見ておけば間違いないでしょうな。明日からは明るいうちに舟を進められる時間は五刻がいいところかと。それも漕ぎ手が疲れ果てなければですが」


 漕ぎ手って相当きついんだよな、ローマで奴隷がやらされてるイメージあるし。家臣団のみんな、旨い飯が待ってるから頑張ってくれたまえ!


「五刻も漕げるものかな? 腕が上がらなくなるんじゃないか?」

「それは彼らの日ごろの鍛錬の成果を見せてもらうと思えばよいのではないですか?」


 他意は無かったのだが広益と話している声が船頭と漕ぎ手にも聞こえたようで、

「おめぇら、殿がみてらっしゃるぞ! 五刻でも十刻でも漕ぎ続けられるってぇとこ見せつけたれ!」

「「応ッ!!」」

 と、舟の上は大盛り上がりとなってしまった。張り切りすぎて早々にバテないでくれよ?


「ようし、お前たちその意気ぞ! して広益、仮に日に五刻進めたなら十三湊から二日で到着といったところか?」

「左様にございますな。松前から数えて片道三日、向こうで二泊し帰ってくるということになるかと」

 なお、二泊の理由は舟の遅れなどがあっても謁見に間に合うように、広益が一日長く見積もったからである。


「なるほどな、丸一日ひまが出来れば城下などよく見てまわりたいものよな」



 初日は漕ぎ手の努力もあり、僅か二刻で十三湊に到着してしまった。まだお昼過ぎだろう。急いだところで今日はここで泊まるんだから、無理させないほうがよかったよなと反省した。


 晩飯のあとで船頭と広益を呼び出した。俺用の個室に、注文しておいた酒が三人分用意されている。漕ぎ手の十人は酒も呑まずに疲れきってぐっすり眠っているだろう。俺達だけ悪いなと思いつつも、時間をかけてでも話し合っておきたいことができたから仕方ない。


厚谷あつや重政、殿のお呼びと聞き参りました」

「長門広益、殿のお呼びと聞き参りました」


「おう、二人とも入ってくれ。ちと長くなるやもしれぬゆえ、酒でも呑みながら話したいと思う」


 今回の旅で船頭を任せた重政は三十過ぎの大男で槍が滅法強いし、兵を幾らか預ければ必ず手柄首を獲ってくるという武辺者。彼の父重形しげかたは、花沢館南西の比石ひいし館の館主であり、昔からご近所さんだったこともあってかなり早期にうちの傘下に入っている重臣だ。もっと言えば俺の姉が重政に嫁いでいるため、義兄ということもあって縁が深い。

 

「それでな、話というのは舟の進む速さについてなんだが。なにか気付いたことはあるか?」


 二人が顔を見合わせた。最初に、船頭として漕ぎ手を見ていた重政が発言した。

「はっ、若い衆に発破をかけすぎたかと。早く着いたものの、無駄に消耗させたと分かりました。某の不徳の致すところにございまする」


「うむ、それもあるな。広益はどうだ?」

 重政が話している間も俺の表情の変化をじっと見て、俺が何を言いたいのか探っていた広益に意見を促す。 


「はっ、確かに今日の操船は焦りすぎでしたな。しかし某が思うに、殿は早すぎたことだけでなく、漕ぎ手次第でその時々の速さが変わることを憂慮されておられるのでは、と思うのですが」

 いかがですか? と視線で問われたので、うむと頷いておく。


 多分広益は以前に二人で話していた、陸地での兵の移動速度のことを思い出してくれたのだと思う。


 武装した兵は五十分で四キロ歩いて十分休むのが基本だ。一時間で四キロなら兵の質に関係なく無理なく進めるからである。そして四キロというのがこの時代でいうところの一里なので、兵は半刻(一時間)で一里を進むということになり、なんとも計算しやすくできている。

 これを聞かせてやった時はこいつも珍しく俺の言に感心してくれたのだ。もちろん経験則でなんとなくそのくらいの時間で歩けるというのは知っていたようだが。


 その話を知らない重政が疑問の声をあげた。

「はて長門殿、俺にはそなたの言がとんと分からぬのだが? 屈強な船乗りに漕がせれば早い、漕ぎ慣れぬ者や力のない者なら遅い。これは道理であろう」


 こちらを見る広益に説明は譲ってやろう。ほれ、教えてやれ。


「厚谷様、殿がおっしゃりたいのは海の上でもある程度一定の速度で進ませたいということなのです。陸地で百人の兵が脱落者を出さず、列を成して進むように、です」


「むむっ? 道無き海で列を成すのか? 陸ならば当然だが、海の上では聞いたことがないのう」


 重政の戸惑いももっともであるが、舟の速度が決まっていないと戦では困ってしまう。現に今日だって三刻かかると予想していたのを二刻でついてしまった。多数の舟が入り混じる海戦であれば、俺の舟は味方を後方に置き去りにして敵中に単独で突っ込んでいることになる。逆に遅すぎれば、味方が戦っているのに大将が遅刻ということになってしまう。


 という説明を広益がして、武辺者の重政も戦に関わるならと頷いてくれた。


「重政、蝦夷に戻ってからで良いゆえ、すべての舟を無理なく進ませるための基準となる速度を考えておくように。更にその速度で半刻に進める距離、それを海の里と書いて海里と呼ぶことにする」

「はっ、全力を以ってのぞみまする」


 ということで旅の初日が終わった。俺の現代知識が本当に役に立たないということがよく分かる一日だった。舟の上でフィートとかノットとか海里とかのそれっぽい単語だけは思い出せたのだが、それがなんなのか、聞いたことがあるなくらいで理解していなかった。


 このもやもやを解消するために、重政には新しい蝦夷基準の単位を作らせることになってしまったが構うまい。先ほどの広益の言葉も正しいはずだし、問題無いったら無いのだ。

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