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三十万石

 商談が決まり、早速今回持ってきた商品全ての引渡しを済ませての帰り道。荷運び人たちも引き連れて舟へと戻る一行は成功を喜ぶ声でにぎやかである。生牡蠣は今日中に食わなかった分は安全を保障できないと伝えたから田元屋もさっそく宣伝を始めて通りが賑わっている。


「シャチョー様、商談成立おめでとう御座いマス」

「ああ、アクも良く働いてくれたな。あれだけの人数を前に臆せず口上を述べられるなら、充分に仕事を任せられる」

「ありがとございマス。みんな良い人達デシタ!」


 良い人ねえ。本当に商人共が良い人ばかりなら、いつもいつもこの風景ってことは無いと思うがね。


「俺はちょいと寄るところがある。帰りの荷は少なくしておけ」


 年かさの船頭に命じておけば大抵はなんとかしてくれる。帰りの荷は基本的に米と酒だと相場が決まっているし、彼ら船乗りは個人的に漁の成果を取引して生計を立ててきたのだから俺よりよっぽど慣れている。

 それより俺が気になったのは湊の隅でたむろする一団だ。何をするでもなくボウっとしている。そいつらは痩せて目に力が無く、生きることを諦めているようにも見える。


 大方、食い詰めて流れついたよそ者だ。日銭を稼ごうと湊に来たものの、荷運び人に荷をくすねられては堪らないから地元の住民や顔見知りが優先して選ばれやすい。そうでなくとも力仕事なのだから、見た目からして何日も食っていなさそうな奴より体力がありそうな奴を雇うものだろう。すると自然、彼らのようなよそ者は飢えて死ぬより他にない。


「お前達」

 声を掛けられたのに気付いて集団の目がこちらを向いた。


「海の先で生きたいやつはいるか? 飯は食わせてやる、仕事もある」


 半分ほどの男が目を逸らした。故郷からは逃げてきたくせに、いまだに本州を離れるには未練があるらしい。


「生きたい奴だけ来れば良い。舟が出る前に決めろ」


 そう言って仲間のところへと戻ることにした。人はいくら居ても足りない。よそ者だろうがなんだろうが、生きる意志があって蝦夷へ来るというなら迎え入れる。元の住民とのトラブルも懸念されるが発展の為にはどこかから人を集めるしかない。そして将来の為に今の内から徐々によそ者を迎え入れる心構えを持たせておきたい。


 出港間際、帰りの荷を積み込んで船員達も乗り込もうといった時に七人の男がいそいそと寄ってきた。代表して一人が進み出てお願いしますと頭を下げると残りの男達もそれにならった。


「よかろう、二人乗れ。踏んだりして荷を汚すなよ。残りは別の舟で来い。船頭!」


 船頭を呼びつけて、近くで暇を持て余している船主を探させる。比較的身形のきれいな二人を荷の隙間に詰め込んで、残りは小遣い稼ぎに来た船主に預けて出港した。


 よそ者二人は初めて舟に乗ったと見えて舟の揺れに酷く動揺していた。しばらくすると挙動がおかしくなったので船べりに移動させると、すぐになけなしの胃の中身を吐いた。

 船乗り達は二人の肩を軽く叩きながら根性の無い奴だなどと言ってみな笑っていたが、俺も最初の頃は同じようなものだった。海の洗礼というやつだろう。


 二人は恥ずかしそうな顔をしていたがすぐにもう一度吐いた。


 今度もウケていた。



 松前湊に着き、後続の五人を乗せてくれた舟に駄賃を渡して別れる。よそ者七人はひとまず兵舎にでもぶち込んで置くことにした。先輩達が親身になってくれるだろう。


 その夜、妻のおゆきと当主になった信広と共に夕飯をとる。二人とも初の商談成功の話を喜んで聞いてくれた。ちなみにヒザの上にずしりと感じる重みはペットのカイロである。

「実はな、おゆきにもう一つ土産話があるのだぞ」


「まあ、なんでございましょう?」

 くりくりした目をこちらに向けて、ちょこんと首を傾げて先を促す。


 その仕草の前に男はイチコロだろうと思ってしまう。


「父上、いつまでも母上を見つめていないで教えてください」


「……ッ! うむ。実は副座長の衣掛屋にアットゥシを見本にと思い渡してみたのだがな、既に欲しがっている客を知っていると言いおったのだ」

 恥ずかしさから咳払いを一つして完璧に誤魔化してから、おゆきの喜ぶであろうことを伝えた。


「あらっ嬉しいわ。それはどちらの目の肥えたお客さんなのかしら」


「それがだな、なんと客は浪岡御所におる――」


「「ええっ!?」」


 二人が揃って声を挙げおった。おゆきなど、御所様が……などと完全に勘違いしておる。話は最後まで聞いて欲しいのだがなあ。


「いや、あのな。浪岡御所におるアイヌ人達が欲しがっておるそうなのだ」


 聞いたところによると、北畠親子は海で流されてしまったり、村にいられなくなって逃げて来たアイヌ人を複数名保護しているらしい。物珍しさからということもあるだろうし、彼らの狩猟の技術を自らの趣味に活かすためということもあって、女は御所内で働き男は狩りに付き合わせたり弓を習ったりしているらしい。

 大層大事にされている彼らにとって、着慣れた服であり故郷を思いだせるアットゥシはおねだりする価値のある物だった。本州では手に入らない品であったが、これからは違うという事である。


「それからアクが着ているアットゥシを見て、同じ舟に乗った者達がうらやましがっておったぞ。あれは水も風も通さぬゆえ、舟の上で使う用に船乗りや漁師を狙えば存外売れるのやも知れぬ。御手柄じゃおゆき」


 やりましたね母上! と言って二人で喜んでいる母子、手は自然とカイロのふわふわの毛を撫でる。みんな俺の大切な家族だが、もうじき離れ離れになる家族も……。


 娘二人の結婚が、間近に迫っている。

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