二十七万石
先ほど渡したアイヌ刀が田元屋の左手に座る男に手渡され、その後も順々に座衆の手を流れていく中で次の商品紹介を始める。さっそく田元屋が木箱をあけると、今度は中身が軽いと見たのだろう。納められた包みの布ごとそっと持ち上げて膝の前に置き、布を広げる。そこに現われたるは二枚の鷲の羽根。
先の世界で米国の国章にも描かれている鷲は高貴の象徴とされており、その羽根といえば檜山安東氏が家紋として採用するほどの一品である。
田元屋はふむ、美しいですな。と口にしたものの、商品の善し悪しは計りかねたようで今度も武蔵屋に手渡した。すると武蔵屋は丁度アイヌ刀を見終えた壁際の座衆の一人を呼びつけた。武蔵屋は武具商の中でも刀剣専門だそうなので、この手の品に詳しい者を呼んだのであろう。
「鷲の羽根ですな。それも石打と御見受けします……。傷も無いですから矢羽根に使えばよく飛ぶことでしょう。羽根色もはっきりとして見目も良い。これは御所様が喜ばれる姿が目に浮かぶようですなぁ」
その言葉に座衆たちがおぉ、とどよめいた。
御所、というのは浪岡御所と呼ばれる陸奥の名族浪岡北畠氏の現当主、北畠具永の事を指すはずであり、彼のお眼鏡に適う品だと言ったのである。具永は二十代の嫡男具統と共に領内の商業活動を活発化させようと精力的に動いているそうで、十三湊の増改築を推し進めたこともあり近隣商人からの評判は実に良い。またその税収から寺社の修繕にも熱心ということで、領民から広く親しまれてもいる親子である。
戦国大名といえば織田信長や武田信玄などの有名どころが真っ先に思い浮かぶ俺にとって見れば、大名というのは戦をしてなんぼというイメージがあったから、檜山安東氏にしても浪岡北畠氏にしても内政に力を入れているのが不思議に思えたものだ。
そんな彼らの趣味が狩猟らしい。ある程度社会的地位の高い者になると、生活の為ではなく娯楽の為に狩りを行うのは世界共通なようで、ヨーロッパの貴族が狩りを嗜むドラマや映画のワンシーンが思い出される。狩りには程よく身体を使うから健康的かつ紳士的スポーツに思えるし、成果次第では自らの武威を示すことにもなる。
また、見栄を張ったり実用性を考えるに、良い道具を揃えたくなるのも人情だろう。こちらはゴルフ道具や釣り道具に大金を注ぎ込む道楽社長の姿を幻視してしまう。
と、ここですかさず次の箱を差し出す。今度の中身は鷹の羽根だ。
「ははあ、南渡島会社さんは用意がよろしいですな。こちらもあるだけ買い取らせて頂きたいものです」
羽根の検分をしていた商人から商談成立とも取れる言葉を得ることができた。
なぜこんなにも話が上手く進むのかというと、彼が言ったようにこの羽根の使い道に答えがある。羽根を二つに割いたものを、一本の矢に対して二枚から四枚ほど矢羽根として取り付けることで矢の回転・安定性を向上させる。今回の品のように質が良いものはそれだけ威力・命中精度が上がると見込まれるから成果への期待も高まり需要が多いという訳だ。思うに矢羽根は恐らく、銃で言うところのライフリングと同様の役割をするのである。
更に共通点を挙げるなら、誰の者か判別が可能という点もある。刑事ドラマで良く聞く弾丸の線状痕が銃のライフリングと一致したとかいうやつだ。弓矢の場合には矢羽根を取り付ける際の羽根の処理や糸の種類、巻き付け方にも個人差が出るため、見る人が見れば誰が放った矢で獲物を仕留められたのかが分かるし、殺人事件でも起これば容疑者宅にある矢を押収して特徴が一致するか確認すれば良い。
そもそも贅沢に鷲の羽根を使うような者もなかなかいないので間違えようがないとは思うが。
ともあれ上位者が鷲の羽根を使うとなれば、お供の者もそれなりの品が必要だろうと思い両方を持ってきたのが功を奏した形だ。メインのターゲット層と思っていた道楽社長と少し格落ちの道具を持ってごまをする男の図がドンピシャだった。
ここで矢羽根の最上級の品は鷲の羽根とされており、それに次ぐのが鷹の羽根であるが、どちらも高級品である。先の通り、質が良ければ成果への期待が高まるものだ。しかし質が良いだけでは二級品もいいところで、見た目の良さも兼ね備えた一級品の道具を持つことが所有者のステイタスになるのはいつの時代も同じだろう。
鷹の羽根は黒と白の縞模様となっていて力強さを感じさせる一方、最上級の鷲の羽根、その中でもとびきり値の張る尾羽根の両端の石打と呼ばれる羽根は、丈夫で弾力ある軸と柔らかな羽根、艶のある白銀色が存在感を放ち、それこそ所有者の品位を高めるにうってつけなのである。
今度も二種類の羽根が座衆達に順に渡されていく。一羽の鷲からたったの二枚しか得られない極上の品であるから、この場に集まった選りすぐりの商人といえど一生に一度見れるかどうかであろう。随分と一人ひとりが時間を掛けて記憶に焼き付けているようだった。
そうして全員が検分を終えると、それぞれの羽根は丁寧に包みなおして箱に再び納められた。最初に検分した田元屋が、鷲の羽根が大層貴重な品であることを知って最後にじっくりと眺めなおしていたのを見て、なんだか微笑ましい気持ちになったのはこの場の全員が同じだと思う。
「さて、本当に良いものを見せていただきました。それでは、これらの品を座として買い入れることに反対の方はいらっしゃいますかな?」
座衆の興奮も落ち着いてきた頃合いをもって、中央に座る田元屋が採決を取り始めた。ここで既存の仕入れ先との利益相反や需要と供給の不一致などがあれば、反対意見が出ることもままあると聞くが。
田元屋が座衆たちに目を配っていく。
「……はい。全会一致で賛成ということで宜しいですな。南渡島会社さん、是非とも今後の御付き合いの程よろしくお願いいたします」
採決にあたり否の声は無く、座衆たちは俺との取引を歓迎してくれた。ここまでの商い合戦は大勝利といったところだが、高級品のアイヌ刀と鷲・鷹の羽根を定期的に仕入れることが出来るようになったといっても、羽根は自然の恵みであるから言うに及ばず、アイヌ刀についても手間のかかる仕事であるから大量生産はすぐには望めない。これだけでは商売として安定的な収入を得られないのである。
ゆえに……まだ終わらぬ。万が一にも先に出した品が不評だったときにゴリ押しするための切り札として最後に出すつもりでいた品が、このお祝いムードを更に盛り上げてくれるだろう。
「こちらこそ、皆様どうぞよろしくお願いいたします。ところで、商談が成った祝いに皆様に軽食を振舞わせて頂こうと思いますが、いかがで御座いましょう?」
これまた否の声は無し。後ろに控えるアクに視線を飛ばして促すと、すっと立ち上がって部屋を出て行く。
当たる矢羽根の次は当たらぬ――。
「かんから」様の「津軽藩以前(1568~1576)」
ほとんど津軽地方の知識が無いところに読んだため、人物の印象などが強く残っており今後の展開において作者が影響を受ける可能性があると思いましたので、あらかじめ紹介させて頂きます。




