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二十六万石

お待たせ致しました。

 座の寄合所に着いてしばらく、ひとまず通された部屋にて出された茶を啜る。俺に茶の良さなんぞは量れないが、湯飲みの出来が良いことくらいは分かる。これはどうやら粗略な扱いを受けることはあるまいと思えた。


 男が来て奥に通されると、座衆の中でも上位の役についていると思われる者達が集まっている一際大きな部屋へと案内された。彼らの着物の見栄えがその辺の商家の主よりも良いのは、彼らが相当に商いに長けている証左、なのであろうな。


 部屋の奥側で迎える格好の三人に相対し、挨拶を交わす。


「本日はこのような場を設けて頂き感謝致します。南渡島会社の主、蠣崎季広に御座います」


「これはご丁寧に……私は田元屋文右衛門と申します。どうか気軽に田元屋とお呼びください」

 俺の後ろに控えたアクを見て彼らが驚いた。しかしそれも一瞬のことで、すぐに驚きの表情を消してにこりと元の営業スマイルに戻したのは流石であった。


 真ん中に座る、四十絡みで頭部に苦労が見え隠れする小太りの男が田元屋。傘下に組み込んだ商人に聞いたところによれば十三湊周辺の食糧品売買を仕切り、この座の長も務める大物だという。やはり胃袋を掴んだ人間というのは女にしても商人にしても強いらしい。

 その大物が新参者に対するにはいささか丁寧が過ぎる口調で挨拶を返し、左右の二人を副座長だと紹介してから続ける。彼らはそれぞれ食糧・武具・衣料品の組合のトップらしい。正面以外に座る十数名のモブ商人達は紹介されなかった。


「さっそくですが、御用件は我らの座との商いを始めたい、とのことと伺っております。これは……松前湊を治めておられる蠣崎様との取引と考えてよろしいのでございましょうか?」


 遠慮がちに質問を投げかけてきたのを見てしっくり来た。彼らも事前に俺のことを調べていたということだ。恐らく俺が先代の蠣崎家当主であった事を掴んでおり、だからこそ初対面で下手したてに出ていたのだろう。その上で、俺が来たのは現当主の意向なのかと確認している。


「いえ、我らが商いを始めるに当たって蠣崎家当主様のご了承を得て御用商に任じて頂いておりますが、あくまでそちらとの取引は私どもの南渡島会社が行わせていただきます。蠣崎家には関わりのないこととご承知ください」


 こちらが頭を下げて更に下手に出ると、戸惑いながらも間を置かずに承知しましたと返してきたあたりの切り替えの早さは、商人としての経験の積み重ねが成せるところであろうか。

 ともすればこちらの後ろ盾を失くすような発言であるが、南渡島会社と蠣崎家を同一視されては南渡島会社を隠れ蓑に銭と舟を蓄えるという作戦目的を達せられなくなってしまうのだから、ここは否定する他なかった。このあたりのけじめをはっきりつけておかねば、噂はすぐに広がってしまうであろうから。


「では南渡島会社さんが扱う品を拝見いたしましょうか。商いの話をしようにも、まずは品を見ないことには話が始まりませぬので」

 取引相手の立場をしっかりと確認したところで、田元屋が人好きのする笑みを浮かべながら話を進めた。


 後ろに控えていたアクが長方形の箱をこちらに差し出すのを受け取り、俺がそれを更に前へと差し出す。田元屋は自分の正面に置かれたそれの蓋を開けて包みを広げると、ほぉと小さく感嘆の息を吐いた。そして箱から慎重に取り出されたのは、繊細な装飾のなされたアイヌ刀だ。田元屋の左右に座る男達もそれを興味深そうに見ている。


「見事なモノですなぁ。素人目に見てもこれは良い品と分かります」

 田元屋はそう言って鞘を抜くことなく角度を変えてひとしきり眺めたあとで、武蔵屋さん、と声をかけてこちらから見て右隣の男に渡した。この武蔵屋は刀剣商を生業なりわいとしているそうで、近隣の鍛冶屋との繋がりが深い武具組合のトップだ。この地を治める浪岡御所への武具提供も武蔵屋が主体となって行っていると聞いた。


「アイヌ刀のようですが、こんなにも状態が良いのは珍しいですな。綻びも汚れも全く無いようで」


 武蔵屋の言葉通り、通常こちらに出回るアイヌ刀は戦場で獲得されたものになるから泥汚れがついているのは当然として、長年の手垢にまみれて最悪は元の持ち主の血が染み込んでいたりもする。だが今回持ってきたのはそういった戦利品の類ではなく、ニシラケアイヌ首長との交渉によって彼の領地の中でも特に貧困が深刻な問題となっている地域で作成してもらった新品のアイヌ刀であるから、武蔵屋が驚くのも無理はない。


「最近ではアイヌとの関係もかなり改善されておりますから、今後も定期的に仕入れることが出来るはずですよ」


 儀式用の道具として大切に扱っているアイヌ刀を売ろうというアイヌ人は今までいなかった。それはもしかするとアイヌの魂を切り売りするようなものと考えていたのかもしれないし、あるいは単に元となっている刀を和人から手に入れているのに、それを加工してから売るという発想が無かっただけかもしれない。とはいえそれも、戦場で運良くアイヌ刀を手に入れた領民が売り払った当時の値を聞いた、商売っ気の強いニシラケアイヌ首長の鶴の一声で意識改革が成されたようであったが。

 このアイヌ刀には貧困村の一縷いちるの望みがかけられている。商談が失敗すれば村はそう遠くない内に滅びるだろうし、俺と首長の関係にも悪い影響を与えかねない。


 失礼しますと言って刀を鞘から引き抜いて検分を続ける武蔵屋をよそに、話の流れから自然に後ろのアクを紹介する。彼をこの大事な場に出したのは相手に強烈な第一印象を与えることで、記憶に残る取引相手になってやろうという意図もあったが、より重要なのはアイヌとの良好な関係を強調することで定期的な取引が現実に実現可能だという印象を持ってもらうことだった。


 一通りの検分を終えた武蔵屋が口を開く。

「特に業物という訳ではありませんでしたが、この装飾一つとってみても良い仕事をしておられるのが分かります。是非とも取引をお願いしたいと思います」


 その後、武蔵屋が目利きして選んだ刀に装飾を施すことが可能かどうか、デザインをある程度指示することが出来るかどうかといういわゆる受注生産の話になりかけたのだが、田元屋がまあまあ、そのあたりはおいおい詰めればいいでしょうと言って武蔵屋を宥めていた。



 これだけ食い付いてきたのだから、この商談は成立、と見て良いだろう。


 残るは二品、自信は……ある。

商談パートが終わるまで、数日続けて一日一話ずつ投稿させていただきます。

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