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二十五万石

 謹慎が明けても特段騒ぐようなことは無い。挨拶にきた嫡男の信広が俺を押しのける形で当主になったことを申し訳なさそうにしていたので励ましてやり、あらためて御用商人の件を頼んだこと。一の家臣であった広益が俺についてくると言うのを押し留めて、信広を近くで支えてくれと伝えたこと。南条守継がしきりに俺の顔色を伺いに来るので、下国との縁組が済み次第必ずそちらとも行うと伝えると安堵の表情を浮かべたりなどなど、些細なことばかりだ。


 ようやく公に人と会うことが出来るようになった為、文のやり取りをした商人達を集めて詳細を詰めた。彼らはわが社にとって、いわば出資者ということになる。今回は御用商人に取り立てるという目に見える対価を支払っているが、将来的に株式会社として資金を調達するようになれば目に見えない対価、経営へ口出しする権利である議決権を与えるなどということも考える必要があるだろう。

 これを与える場合、出資者は出資額に応じた発言力を有することになるためこぞって出資してくれるものと思われるが、結局のところ経営者である俺が議決権の過半数さえ握っていれば多数決に負けることはなく、経営方針を思うがままに出来るという素晴らしい仕組みだ。



 商売に使う船の調達はすぐには出来ないので、しばらくの間は蠣崎家で戦時にしか使われていない(つまりほぼ遊休資産の)舟を借りることにする。来年からは自前の舟に乗りたいので、その道のプロに注文しておいた。蝦夷で最も舟を所有しているニシラケアイヌ首長なら春までに数隻はアイヌ印の頑丈な舟を用立ててくれるだろうし、その造り立ての舟に商品を積んできてもらえば積み替えの手間も省けて一石二鳥というものだろう。


 慢性的に人手不足の蝦夷において最大の懸念であった船員集めであるが、こちらはつい最近、蠣崎領に残った商人達が規模を拡大した際に地元の漁師らを雇用した前例もあったことから、転職に積極的な者達が早々に集まってくれた。戦で受けた傷が原因で今までの仕事ができなくなった者も雇用したし、その中には少数ながら集落での狩りに着いていけなくなってしまったアイヌの民もいる。

 名誉の負傷をした兵に人種を問わず退役後の安定した職を提供すれば一層励んでくれるはずだし、アイヌとの結びつきも強化される。同じ職場にいれば互いの民族への理解も深まるだろう。


 彼らの負傷部位は人それぞれなので足の負傷なら櫂を漕がせ、腕の負傷ならかごを背負って荷運びをさせることになる。戦傷者が自分は役立たずの穀潰しになってしまったと絶望して自ら命を断つケースは非常に多かったので、負傷兵の雇用先確保はただでさえ少ない人口を維持するために必要なことでもあった。



舟、人、荷の全ての準備が整い、多くの人に見送られて出港したのが今朝のこと。舟は暖かな風に送られて無事に対岸の十三湊に着いた。


「シャチョー様、ココ和人ばかり。コチラ側にはアイヌがいないのですね」

 俺のすぐ横に並んで物珍しげにキョロキョロしながら歩くのはアイヌ人の少年で、名はアク。冬の間の面倒を見ていた内の一人で、物覚えがよく好奇心旺盛、片言ながらおしゃべりな性格であり、酒の席以外では寡黙な印象が強い一般的なアイヌからは少し外れた子なのだが、会社設立に際して本人の強い希望と関係強化に努めたい族長の思惑が一致した結果、推薦を受けてわが社へ送り込まれてきたのである。


「うむ、そうだな」

 返事を返すと今度は、なんで? どうして? の連続口撃が始まる。好奇心が強いのはいいことだが、なぜ? と問われても俺だって答えは知らない。歴史や民俗学とかの専門家にでも聞いてくれ。


「集中しなさい、ここからが商人の戦場だ」

 困ったときは話をそらすに限るね。いつの時代も大人は卑怯なのだよ。とはいえ、ここからが大事な場面なのも事実だ。蝦夷からの最寄りである十三湊を疎かにできないのは、商売上も軍事上も同様だからな。


 先ほどとは一転、アクが真剣な表情を浮かべた。

「マズは座にご挨拶に行かレルのでしたか」


「左様。この地を治める浪岡北畠氏も含め、本州の者らは我らとは違って武士が商いを取り纏めるということをせぬ。地元の有力な商人共が集まってこの品を扱うのはどこそこの誰だ、などと取り決めてよそ者が商売を始めようとすれば団結して追い出しにかかる厄介な連中よ」


 座はいわゆる同業者組合で、座に参加する者達は座衆と呼ばれる。ここで座衆は座に対して上納する義務を負い、座は領主に銭を納めたり寺に寄付するなどしてその存続と権威を認められる。これによって実力をつけた座は、新規参入者を追い出し市場を独占する大義名分を得るのだ。

 新規参入者がいない独占状態では価格競争も起きず、革新的な商品も開発されないということで色々とよろしくない気がするのだが、武士というのはこのあたりのことには疎いらしい。信長が楽市楽座を施行するまでは座の影響力は揺るがないのだろう。

 ちなみに我が蠣崎家領内では、取引所の相場監視を強化していることからも分かるとおり領主自らが商いを管理しているため、座による独占などは起こっていない。だからこそ商人達は他所よそより良い品を他所より安く提供するための努力を欠かさずに、日々切磋琢磨しているのだ。


 まあ、これらの座のデメリットはあくまで内向きのことである。俺はここに支店を構える訳では無いため、座に参加する必要はない。取引相手として見た場合、座というのはそこまで悪いものではなかったりもする。

 俺達は座に対して売り込みを掛け、契約が成れば座が座衆の分を纏めて購入していってくれる、いうなれば卸問屋のような役割もしているからだ。


 舟いっぱいの荷を捌くのに個別に店と交渉しないでいいというのは有り難いことだが、逆に一度交渉をしくじればどこの店も扱ってくれないというハイリスク・ハイリターンの、まさに商人にとっての戦場へとこれから赴くのである。

楽市は信長以前に六角氏などが実施していたようですが、現時点で主人公は知りません。


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