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二十四万石

 夢を追うと決めたからには早さがものを言う。複数枚の文を手早く書き上げると、いまだに俺を慕ってくれている者達に託す。


 一通目は家督争いの当事者である嫡男の信広へ宛てた手紙だ。同じ館にいるにも関わらずわざわざ文を出すのは、謹慎中の俺と直接会ってしまうと信広の立場が悪くなるのではと思ったからである。基広陣営に隙を見せる訳にはいかぬのだから。

 俺が俺の夢を追うと決めた以上、基広が当主になってしまっては色々とやりにくい。手紙の内容は至ってシンプルで、突然のことに戸惑っている信広に対する「立派な当主になれ」という激励だ。そのためのお膳立てはこっちでやるので、信広は自らが当主になるという気概を内外に示してくれれば良い。


 二通目はもう一方の当事者である基広を背後で操っている南条守継に宛てたもので、俺の娘の一人を嫡男の広継に嫁がせるのはどうかという話を持ちかけた。この縁談が成れば南条家は一門格となり、どちらが当主になった場合でも重用される確約を得るに等しい。現在の旗色としては基広側は劣勢であるからまず断らないと見ていた。こちらの要求は此度の家督争いへの不介入だけという破格の条件だしな。


 南条守継の動きは早かった。文を届けた翌日には近親者が危篤きとくという知らせが届いたようで、南条家ゆかりの地である脇本館へと発ったというが、家督争いが終結すれば近親者の体調も快復に向かうと思われる。



 南条守継が居なくなった勝山館は荒れた。怒号が飛び交い、昼間から酒をかっくらっている若者の姿が散見されたのだとか。派閥を陰で支えていた南条守継が不在となり若い将兵しかいなくなったいま、基広陣営では武力に訴えるくらいしか家督争いに勝つ手段は考えつかなかったのだろう。


 にわかに戦の気配が見え隠れし始める中にあって、親父が第三勢力として中立の立場で動き圧倒的な兵数を集めるとそれも瞬く間に霧散した。基広に残された道は俺と同じように一騎打ちで状況をひっくり返すくらいであるが、十歳の少年を相手に一騎打ちで家督を奪ったところで誰も着いてこないのは目に見えていたし、あいつの真っ直ぐな性格からしてそんな格好悪い真似はしないと思っていた。


 かくして俺の隠居から一月弱が経ってようやく、蠣崎家の当主には家中の賛成の多かった俺の嫡男、信広が選ばれることとなったのだ。



 行く末を決める三通目以降の文は、蝦夷の中でも蠣崎家領内に居を構える地元商人達へと送られた。その内容は「蠣崎家御用商人の選出について」である。


 今まで蠣崎領では商人が湊に船を泊める度に運上金という税が徴収されていたが、御用商人というのは領内での税が免除されることに加え、蠣崎家で入り用となった物品の調達について指名依頼を受けることがある、という特権商人だ。商人にとって仕入れる前に売却先が確定しているというのは、在庫を抱えるリスクが無くなる大きな魅力なのは間違いないし、商人がなによりも大切にするもの、すなわち信用を御用商人という肩書きによって得られるという訳だ。


 ここまでは商人側のメリットだが、俺にとってのメリットはなにか。


 当主という絶対的な地位を失い部下も失った俺には、手足となって動く者が必要だった。そこで考えたのが会社の設立だ。条件付で御用商人にしてやるから銭を寄越せと言って集めた金で、自前の舟を揃えて会社を立てる。


 その名も「南渡島会社」である。本拠地の松前湊は渡島半島の南端に位置するからという安直だが分かりやすい名だろう。会社とはなんぞやという無粋な質問には人の集まりのことだと答えた。いずれは株式会社という馴染みある名に変えて更に資金を調達し、蝦夷の商売を独占する腹である。


 晴れて当主になった信広の最初の仕事は、南渡島会社を御用商人に取り立てることだ。これによってわが社が御用商人となったら、会社設立にあたって銭を出した商人達は南渡島会社傘下の子会社ないし支店とみなして各々に御用商人の肩書きを与えることが出来る。


 最後の当事者である蠣崎家にも利が無ければ信広も重臣らも納得しない。その利は御用商人を任命することで蠣崎家が得る運上金が半減して主家への上納金も半減するがその実、蠣崎家と同じ財布の南渡島会社に利益が蓄えられていくという点が一つ。これは今までちまちまとやってきた裏帳簿業務を拡大したと思えばいい。


 本命は、交易用という名目で主家の監視の目を誤魔化して船を大量に保有することにある。俺たちがいずれ本州へ出るためには津軽海峡を渡らねばならないが、俺の代で青函せいかんトンネルを掘るのは不可能だろうから海路を使うしかない。

 しかし、各館が保有する舟だけでは一度に輸送できる兵の数はたかが知れている。ご先祖様が渡島に来た頃は百を優に越えたという舟も見る影は無く、このまま兵を小出しにすれば海岸で上陸したそばから各個撃破されるのが目に見えているので、それを回避するために単純に舟を増やして一度に上陸できる人数を増やしたいのだ。


 これは裏を返せば、渡島を外敵から防衛するのは容易ということになる。いくら海上貿易で栄えた檜山安東家でも一万の大軍を一気に上陸させるだけの舟数は用意できないだろうし、北陸奥の南部家なら舟の数はより少ないはずだからだ。

 

 商売相手である浪岡北畠家の十三湊に兵を入れさせてもらうのが一番良いんだが、いくら噂に聞く公家かぶれのまったり系当主でも、自領に他家の兵が入ってくるのはさすがに拒絶するだろうし、今のところは舟を増やして将来に備えるくらいしかできないだろう。


 ともあれ家中の者を説得するにあたってのポイントは、舟が増えて本格的に水軍を設立するとなれば水軍にまつわる重役ポストが増える点であった。誰しも出世欲には抗えないものだからね、舟管理奉行だの舟修繕奉行など適当な名称をつけてやればそれっぽく見えてくるもので、その座を得ようと目論む重臣らの後押しもあって南渡島会社はすんなりと設立を果たした。

 我が社の舟は、出世した気になって喜んで働く蠣崎家水軍衆の手によって整備され、維持費がかからないのである。



 謹慎が明けるまでの残り一月、この時間を有効に使いたかったが店舗も舟も商品も無いというないない尽くしなので、せめて従業員の教育だけでもすることにした。とはいえ俺が謹慎中の身であるから、社長夫人のおゆきしか熱血指導を受けられないのだが。おゆきは地元商人に自分たちの作った商品を押し売りした前科があるので再発防止に努める必要がある。


 おゆきの押し売りの原因となったのは商人側の売れるかどうか分からないという不安を無視して、機能面だけで値を決めたことにあった。豊かな国で欲しいものが買える世の中ならばその値で売れたかもしれないが、戦国時代の蝦夷ではだめだ。

 見慣れない服を買うという冒険を、凍死のリスクを賭けてまでする酔狂な領民もいないだろう。まずは家計を圧迫しない程度の値で売って機能性をアピールしてから、徐々にメーカー希望小売価格に近づけていくべきだった。そのあたりの商売のやり方を教えながら謹慎が明けるのを待つことにしよう。

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