二十二万石
檜山城大広間にて。正面最奥にはこの地を統べる大名たる檜山安東家当主、安東尋季が座り、一段下がった両脇には重臣が、それより手前には傘下の大小の諸豪族らがいかにも興味津々といった顔で並んでいる。
その中央で、三方を囲まれるようにしてかしこまっているのが俺だ。
すぐ後ろには信頼篤く武芸に秀でる長門広益と厚谷重政が控えており、万が一にも切腹を命じられようものなら切った張ったの大立ち回りでもって城を抜けて配下の兵と合流。その後は追っ手を撒けるようなら能代湊より海に、封鎖されてしまうようならば陸路でもって浪岡北畠氏の領地まで北上して十三湊より海に出て帰還する手筈である。たとえ成功の見込みが薄くとも、やらねばならぬならやる覚悟はあるのだ。
御屋形様が諸将の顔を一通り眺め回し、充分にもったいつけてから口を開く。
「さて、みな遠路はるばるご苦労であった。既に知っておることと思うが、渡島の下国家当主であった家政がここにおる蠣崎殿に斬られた。理由は家政が戦の折にアイヌと通じ、反旗を翻したからだという」
全員の目が俺に突き刺さる。特に安東家に近しいほどその視線は厳しいもので、端から全て俺の嘘と思っているようだった。
「これが事実であったのか否か。今後の当家の結束を揺るぎないものとするために、この場ではっきりさせておきたい」
御屋形様が口を閉じ、ここからは側近が司会進行を務めるようだ。
「下国家政様が御嫡孫、下国師季様を証人としてお呼びしております。前へどうぞ」
諸豪族の列から、師季君がズズッと前に出てあの日のことを順を追って話していく。あの日現場を見ていたのは、彼と彼の家臣を除けば戦に参加していた当家の将兵だけで、そいつらを呼んだところで俺に都合の良い話をするのが目に見えている。だから幼い彼一人が証言台に立つことになったんだろう。特に実際に家政を捕縛した基広なんて蠣崎家一門であるし、はたから見ればこちら側だ。余計な証人は不要と考えてもおかしくない。
「~。そのとき兵達の声が聞こえまして、蠣崎様の軍勢は兵数でアイヌに劣ることが分かりましたので、家政は手勢を率いて加わると申しました。私がお止めしても聞かず、駆けていったところを……」
当時の状況やいきさつなど要点をかいつまんで説明していき、話がそこまで進むと御屋形様がほう! と大きな相槌を打った。おかげで話が止まってしまったが、やはり真実を語ることにしたんだな……。思わせぶりな態度をしていたから少しは期待していたのにッ。
後は御屋形さまがどこで手打ちにしてくれるのか、気が気じゃない。
「それでは丸っきり話が違うではないか!! 援軍に駆けつけた家政を討つなどとは言語道断であろう!! 蠣崎季広にはこの場でせっ――」
御屋形様ッ、と小さな声で諌めたのは蝦夷検分役の安東某であった。そして小刻みに首を左右に振っている。師季君の都合の良い証言に身を乗り出し興奮して逸る御屋形様であったが、それを見てなにか思い出したように頷き、一度呼吸を整えてから口を開く。
これは……ニシラケアイヌの船団が効いたのか? 立ち上がりかけていた身体を戻しつつそう思った。
「よし、もう充分に話は聞いたであろう。蠣崎家の領地を召し――」
「今思えば私がもっと強くお止めすべきであったのです!!」
今度は涙をこぼしながら師季君が大声で遮った。
「なにしろ戦場でのことに御座います。タリコナ勢が兵数で勝り、蠣崎家の全軍が緊張しつつ正面の敵を注視している中、ふと振り返ったところに武装した一団が後方より駆けてきたのです。敵と見紛われても致し方無きことやも知れませぬ!」
師季君がうぅっと時折声を詰まらせつつも語ると、大広間は多種多様な表情が浮かんだ。
「終わってみれば戦は蠣崎家の圧勝でした。元より当家の援軍など不要であったのです……」
奥に座る安東家家中の者達は、思ってもみなかった蠣崎家を庇うような証言に呆然として声もなく、手前では自分がその戦場に立っていたらと想像したのだろうか悩ましげな顔をする者がおり、師季君や俺にまで同情の視線が向かっていた。
「つきましてはこの一件。御屋形様におかれましては渡島の安寧を願った我が祖父の意を汲み、どうか遺恨の残らぬようにお裁きくださいますようお願い申し上げます」
おぉっとどよめきが広がり、豪族の中からは「よくぞ言うた!」と、下国師季の私怨より民を優先する決意を賞賛する声まで上がった。
面白くないのはこの機会に戦に発展しない程度に蠣崎の力を削いでしまいたかった安東家の中核を為す面々であったが、既に大広間を包む空気を覆せるものではない。御屋形様は側近らを呼んで小声で相談をした後で裁きを決した。
一.タリコナ征伐による新領地を含めた蠣崎家の所領は安堵。
二.蠣崎家と下国家の両守護家は婚姻を結ぶ。
三.蠣崎季広の隠居および五十日間の謹慎処分。
首は繋がった……か。いやそれどころか、身内を殺されたにしては異常なまでに穏当な処分だろう。師季君、俺はずっと助けてくれると信じていたとも!! しかし婚姻という名の人質……俺の可愛い娘を差し出さねばならぬとは、我が事ながら不甲斐ない。
帰路、松前湊にて別れる師季君と話す機会を得られた。
「先日の裁きの場での御言葉、まことに有り難いことにござった。これまでのこと、詫びさせて頂かねばなりませぬな」
頭を深々と下げる俺に対し、師季君は言い放つ。
「頭を上げてください、あれは蝦夷の民のためを思っての本心からの言葉です。それに義父が子に頭を下げていては格好が付きませぬ」
そして義父と呼ばれて動揺した俺の目を、真正面から受け止めると真剣な表情で告げる。
「私から義父上への願いは一つ。どうか蝦夷を、ヒノモトにお導きください」
別れ際の言葉の意図はなんだったのか。
「日ノ本」と考えるのであれば蝦夷から打って出ようという野心剥き出しの意味になろう。
「陽の下」であれば蝦夷の民を陽を浴びて成長する植物に例え、蝦夷を陽の当たる地にしようということ、すなわち蝦夷を富ませるということに他ならないだろう。
謹慎中の五十日間、再び今後の当家の方針について悩まされることとなってしまった。
悩みすぎて筆が進まなかったです。ハゲそう。
当主になって即隠居とは誰も思うまいよ、ドヤ。




