二十一万石
ニシラケアイヌ首長は無事に湊の見物を終え、勝山館に割り当てられた客間で休むことにしたらしい。
そして休む間も無く次の来客である。
「殿、茂別館からの船が入港しました」
ということで次は下国師季と蝦夷検分役のご一行であるか。折角であるから彼らにも湊を見せて回ろうではないか。
「よくいらっしゃいました。明日からの数日、なにとぞ宜しくお頼み申す」
俺が慇懃に頭を下げると師季君はきまり悪そうな表情で礼を返し、周囲のアイヌの船を顔を引きつらせて眺めていた安東某もこちらに向き直り、こちらの態度に気を取り直したと見えて、ニタァと音が聞こえそうなほど嫌らしい笑みを浮かべて口を開いた。
「ようやく蠣崎殿のあらぬ噂を取り払えると思うと、喜ばしいことですなぁ?」
「まっことその通りに御座います。さて、折角アイヌの船で賑わっておる頃にいらっしゃったのですから案内でもしながら館に参りましょうか」
飛んでくる嫌味を適当に流しつつ湊を進むと、荷運びの男達が近くを通る。二人一組で運ばれていく大きな箱はふた部分が外されており、中身が丸見えになっていた。がちゃがちゃと金属音をたてるその中身は刀、小太刀に槍などの武具である。運ばれていくその箱の数は優に十を越え、いよいよ検分役も開いた口が塞がらないといった様子である。この荷運びはモチロン俺の仕込みだ。
いかにもな戦準備と見えてさぞや肝を冷やしたことだろうが、これはニシラケアイヌとの取引に使う予定の使い古された武具である。兵糧米(戦時の食糧)と誤認させるために、取引用の米俵を運ぶ人夫の姿も見せた。
その晩、検分役は体調不良を理由に宴を欠席した。彼の客室は、自領から連れてきた護衛の兵達に厳重に守らせているという。下国師季は宴に出席したが、その周りはこれまた厳重な警護がぴったりと張りついており、終始二人で話せる雰囲気ではなかった。
宴もそろそろお開きという段になって、師季君が動いた。当主を押しとめようとする家臣を落ち着かせ、俺に近づいて声を掛けてきたのだ。
「蠣崎様、歓迎ありがとう御座います。先ほどは奥方様より見事なアイヌの服まで頂き感謝しております」
えっ、おゆきのやつ師季君と宴の前に会ってたの? それよりアットゥシまだ残ってたのかよ!?
「はは、あれはアットゥシと呼ばれておるそうですが、下国守護ともあろう方に差し上げる品としては少しばかり恥ずかしいですな。しかし奥もアイヌの者と苦労しながら仕立てたそうですから、袖を通していただければ喜ぶことでしょう」
「実は先ほど、早速着てみたのです。本州からの品ではなく、この地で、この地の者が織ったと思うと居ても立ってもいられず。人の暖かみを……感じました」
それは良かったと答えつつ考える。わざわざそれを伝えに来たのか? 当主といえどまだ七歳か。しかし、周りの目もあるこの場で嘘の証言をしてくれとはさすがに切り出せないし困ったな……。
「松前湊に着いてからずっと考えておりました……。ここではアイヌと和人が対等な取引をしておられる。見渡せば沢山の和人とアイヌが居て、その中には不幸を嘆くものも、騙され不公平な取引を結ばされて腹を空かせるといった姿も、一つとしてありませんでした」
ん? なんかいつの間にか重い話になってる?
「蠣崎様を恨んでおらぬと言えば嘘になります。それに私にはまだ、蠣崎様がなにを見ておられるのか分かりません。しかし、きっとその先にはより多くの笑顔があるのではないか、などとも思うのです」
下国師季が離れていくと、宴の終わりという空気が強まったのでそのまま解散となった。七歳で当主となった少年の胸の内をさらけ出した言葉を聞いてからというもの、俺自身も周りで聞いていた者達もその真意を考えさせられることとなったのは言うまでもなかろう。




