十九万石
「~。これらにつき、御屋形様より松前守護殿にお褒めの言葉を預かっておる」
検分役の安東某との初対面を迎えた今日。挨拶も早々に切り出した検分役殿は、先のタリコナ戦から下国の謀反及び粛清までの一連の騒動に対し、当家が行った対応についての御屋形様の所見を伝えてきた。
あらかじめ使者に立てた広定が御屋形様の言質を取っていたし、大名たる者、前言を撤回する可能性は低いだろうとは思っていたが、これで主家が当家に対しすぐにどうこうする気のないことは分かった。もちろん裏ではこちらを攻める準備をしているかもしれないが、湊安東氏を吸収したい御屋形様にとってそれは北と南に敵を作る悪手となろう。
「ハッ。臣下として当然のことをしたまでですが、有り難い御言葉に感謝し今後も忠誠を誓う所存に御座る」
「うむ。しかしだな、言い難いことだが家中には、仮にも主家に連なる家柄である下国家当主を、そなたの一存で裁いたことを疑問視する声があるのも事実なのだ」
先ほどから検分役が、終始丁寧な言葉を重ねてくるので意外に思っていたのだが――。
「そこでな、御屋形様のご厚意で折を見てそなたを檜山城に招き、諸侯の前で釈明の機会を設けようと仰せなのだがどうだろうか?」
なるほどこういう裏があったか。内心はどうあれ御屋形様は既に俺の一連の行動を褒めてしまっている以上、それを一方的に反故にして罰するのは難しい立場にある。そんなことを公然とやる主では、次は自分の番かもしれないと不安を持つ者が絶えないだろう。
釈明の機会を与えるということにして俺に証言をさせて諸侯の前でボロを出させるつもりなのは明白。しかし散々持ち上げられた手前断りにくいし、なにより断れる訳のない命令のようなものだが……行けば最悪は殺されるのではないか? 使者と会ったのに今更病欠では流石に無理があるし、どうしたものか。
「折角のご厚意ですが、某如きのために御屋形様のお手を煩わせる訳にはいかないですし」
「いやなに、御屋形様はそなたを今後も重用したいと考えておられるのだ。しかし今回のことで、お主の立場が悪化するのではと憂慮されておられる。そなたとしても同じ家に仕える者同士でしこりが残っては不都合だろうし良い機会ではないか。やましいことなど何も無いと言ってやればよかろう? 痛くも無い腹をいつまでも探られているのでは気分も悪いと思うがどうか?」
「そうですな……。はは、真に有り難いことで」
そういえばこの検分役も安東と名乗ったからには主家の一門格なんだよな。こいつ自身、下国の件で俺を恨んでいたか? 嫌味なやつだな、気に食わん。ここは腹を決めて、釈明までに隙の無い原稿を練るほかないか。
「うむ、そうでしょうとも。その時にはもちろん、裁きの場で証言したという下国師季殿も招くゆえご安心召されよ」
な……んだと? その情報を後出しするなんて酷いじゃあないか!! あのガキンチョによって事が露見すれば俺の切腹は免れないぞ! ああッ、腹が痛くなってきた!
「なんと……。あっ、しかし!! それでは蝦夷の三守護の過半が不在となってしまいますが!!」
どうだ! 松前守護と下国守護が檜山城に行ってしまっては、留守番の守護は花沢館城代の工藤祐致のみになってしまうぞ!
「むむ? 斯様なことで揺らぐ統治でもございますまい? 正月などには三守護とも不在ということもありましょうし」
なんということだろう、この窮地にあってまるで起死回生の一手を思いつけないとは。
……しかし、このまま検分役の思い通りに進むのは気に食わぬ!!
「左様ですな。では、御屋形様と諸侯の皆様の都合がつき次第伺いましょう!」
見栄を張ることに決めた俺がフッと含み笑いをして自信有りげに答えると、検分役が眉をひそめた。
「そんなに釈明の日が待ち遠しいので?」
「いえ、それも有り難いことですが。下国家政討伐を殿にお褒め頂いたのですから、釈明の後にその褒美を頂けるのが待ち遠しいのですよ。御屋形様は豪気な方ですから、きっと北国船の一隻くらいは頂けるのでは、などと考えてしまいましてな」
検分役は何を愚かなことを、とでも言いたげな顔であったがどうにか口には出さずに済んだようだ。
そうだ、俺にはなにもやましいことなどない!! 逆賊征伐の正当な報酬を受け取りに檜山城に行くだけだ!!
よし。そうと決まれば、まずは師季君を呼んで大人の話し合いをしなくてはな。ふふふ……。
会談はその後二刻程も続けられ、話題の中には検分役からの半ば命令のようなものもあった。
第一に茂別館付近の危険は既に薄いため、速やかに兵を引き上げること。そろそろ漁に戻ってもらう必要があるから丁度良い。第二に蠣崎家は下国家に対し一切、賠償の類を請求しないこと。兵達の食費が浮いただけで充分だ。
それからは怒涛の質問攻勢が始まり、禰保田館の再建について位置を変更する理由や、アイヌとの取引相場の引き下げについてなど質問は多岐に渡った。
結局主家と検分役の目的は蠣崎家の力を減じることのようであり、館の再建にかかる費用を当家が全て負担することを伝えると機嫌良く頷いたし、取引相場を低くしたことで多くの商人に逃げられたと言えば、さもありなんと表向きは同情の顔をしながら、民のためにその相場で取引を続けさせるようにとそれらしいことを語り始める始末だった。
安東某がひとまず帰っていったことに安堵した俺であったが、やつが次に来る時は招待状を持ってくるときなのだろうと思えば心労は絶えない。
今回は台詞を増量(当社比)してみました。